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第五十話 桜の夢

「魔王様。

お戻りになられましたか」


メガネをかけた執事風の、側近の魔族が恭しく礼をしながら魔王を迎える。

魔王はつかつかと歩き、どさっと自身の玉座に座った。


「いかがでしたか?

マリアルクスの王は?」


側近の魔族の男が礼をしたままで尋ねる。

魔王はそれに頬杖をついて溜め息を吐く。


「いかがも何もないよ。

なんなの、あいつ?

殺しても殺しても死なないんだけど。

あれでも人間のつもり?

どうなってるのよ、まったく。

面倒な奴ら」


魔王はその姿からは似付かないほど若く可愛らしい声で文句を言っていた。


「どーせ、スキルなんだろうけど、私のスキルを使っても、あれは奪えなかった。

ほんとにめんどくさい」


魔王はそう言うと、頬杖をついていた右手を、やれやれと振ってみせた。


「魔王様でも始末しきれないとなると、いかがいたしましょう」


魔族の男は顔だけを上げて魔王を見つめた。


「まあ、やりようはいくらでもあるわ。

前に不死のスキルを持つ転生者を始末したこともあるし。

でも、面倒だからあれは最後でいいわ。

まずは、守るべき臣下を根絶やしにしてやればいい」


魔王はそう言って、ニヤリと笑みを浮かべた。


「それにしても、」


魔王はそう言うと、窓から覗く、鮮血に染まる満月を見上げた。


「まさか、あなたまでこっちに来ちゃったとはね。

でも、何もかも遅すぎよ。

…………残念だわ」


「魔王様?」


魔王の呟きに、魔族の男は首を傾げた。










「よお。

お前ら、聞いたよ。

大活躍だったそうだな」


俺たちは翌日、<マリアルクス>のギルド付けの病院に来ていた。

<マリアルクス>に来ていた、リルダールのギルドマスターであるカイゼルが魔王と対峙して重傷を負ったと聞いて、様子を見に来たのだ。


カイゼルは全身に包帯を巻いていて、何ヵ所か骨折しているのか、腕や足を固定されていた。


病室に入るなり、ミツキがカイゼルに飛び付いて泣き出した。

カイゼルは「大げさだな」と、ミツキの頭を撫でてやっていた。

ミツキはいつもは嫌がった素振りを見せていたが、何だかんだで、こっちの世界で父親のように面倒を見てくれたカイゼルを慕っているようだ。

カイゼルも大ケガではあったが、命に別状はなく、しばらくすれば復帰できるだろうとのことだった。

フラウが俺の影からひょこっと顔を出すと、無駄に嬉しそうにしていたから、きっと大丈夫なのだろう。


カイゼルによると、魔王は突然、王城の入口に出現したらしい。

そして、門をぶち破り、行く手を阻む兵士たちを、歩みを止めることなく蹴散らしていき、悠然と王のいる玉座の間まで進んだという。

カイゼルはそこで駆け付けて魔王と対峙したが、魔王の攻撃で城外まで吹き飛ばされてしまったそうだ。

他の兵士たちは跡形もなく吹き飛ばされていた者も多い中で、原型を留めて、なおかつ生存しているカイゼルはやはりとんでもない実力の持ち主なのだろう。

それでも、魔王の足元にも及ばないのだが。

その後、魔王は玉座の間で王を守る兵士たちを、わざとゆっくりと始末していったそうだ。

そのために、あそこの兵士たちは原型を留めていたのだと言う。

そうして、しばらくしてから、俺たちがあそこに転移してきたようだ。

俺たちが着くまでの間に何があったのかは、魔王と王にしか分からない。


魔王侵入による被害は甚大だった。

城下町に被害が及ばなかったのは幸いだったが、宰相以下、当時、城にいた<マリアルクス>の要職と、近衛騎士団は全滅。

兵士もほとんどが死亡。

城外や国境の警備についていたわずかな兵士と、公務で城を外していた一部の職位の者、国外演習で神樹の森に出向いていた国軍の一部の部隊のみが生き残った。


今は残った戦力を集め、城の復興に全力を尽くしている。

ライズ王子も、復帰した王とともに、陣頭指揮に当たっているようだった。


俺たちは病室を後にすると、復興を手伝っていたプルと合流して、瓦礫の撤去や負傷者の治療を手伝った。

そして、気付いた時には日が沈もうとしていた。

宿に帰ると、リードが待っていて、明日、マリアルクス王が俺たちと会うという。

まだまだ忙しいのに、わざわざ時間を割いてくれたことを無下にはできないため、俺は快く、それを受けた。


そうして、夕飯と風呂を済ませて部屋に着くと、俺たちはそのままベッドに倒れ込んだ。


「あー!

疲れたー!」


ミツキがそう言いながら、ベッドの上をごろごろ転がっている。

カイゼルがひとまず無事なことも分かって、肩の荷が下りたのだろう。


「足りない、足りない」


プルは治癒魔法を使いまくって魔力を消費したとかで、宿に着いてから常に何かを口に入れている。

今は夜食だそうだ。

魔力って、そうやって補給するものではないだろ。


フラウは丸一日復興を手伝って疲れたのだろう。

ベッドの上で、すでにうとうととしていた。

俺がそのまま布団をかけてやると、すぐにすやすやと寝息を立て始めた。


俺もベッドに寝転がると、昨日からの疲れがどっと押し寄せてきた。

魔王のことや、明日の王との謁見のこと。

あれこれとまとまらない考えを巡らせているうちに、いつの間にか俺も眠りについていた。







その日、夢を見た。



幼い頃に救えなかった、幼馴染みの女の子の夢だ。

その子は夜空に浮かぶ桜を見上げながら、キレイだねと笑っていた。

俺はそれを、後ろから眺めていた。

きっと、俺も笑っていたんだと思う。


しばらくして振り返ったその子は、魔王と同じ仮面をつけていた。



だが、目を覚ました俺は、その夢を覚えてはいなかった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 魔王の存在は影人のトラウマもえぐるなんて、精神的にも追い詰められているのが伝わります。
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