第四十八話 緊急入電
「あー、しんどい」
翌朝、ライズ王子との面会場所となる建物の入口でミツキと待ち合わせをしていると、ミツキはお腹を抱えながら現れた。
どうやら、昨日の食べ過ぎが原因らしい。
あれだけ食べれば当然だろ。
「おはようございます!
ミツキお姉ちゃん!」
「おはー」
フラウとプルが元気よくミツキに挨拶する。
いつの間にか仲良くなったようで、昨日は遅くまで2人で楽しそうにおしゃべりをしていた。
「なんで2人はそんなに元気なの。
これが若さかしら。
うぅ……」
溌剌とした2人とは裏腹に、ミツキは二日酔いのように、青い顔で口を抑えている。
頼むから出さないでくれよ。
「さて、揃った所で、行くとするか」
そうして、俺たちはライズ王子との面会場所である建物の中に入っていった。
建物に入ると、すぐにザジが出迎えてくれた。
そのままザジの案内に従って、建物内を進んでいく。
ここはライズ王子の滞在用にわざわざ貸し切っているらしい。
かなり豪華なホテルのようだが、さすがは王子といったところか。
護衛なのだろう。建物の至る所に、怖い顔をしたムキムキが立っている。
プル。
腹筋をつんつんするのはやめなさい。
フラウ。
真似してつんつんしないの。その人は参考にしちゃ駄目です。
ミツキ。
いま何か懐に入れたでしょ。
最近金欠?知らんわ。
お前はせめて常識人枠であってくれよ。
そんなこんなで、待機部屋に着く頃には俺は疲れていた。
「では、こちらでお待ちください。
王子の準備が整い次第、お迎えに参ります」
ザジはそう言うと、部屋を後にした。
俺はドサッと倒れるようにソファーに座り、侍女の淹れてくれたお茶を飲んだ。
三人官女はさっそくお茶菓子に夢中だ。
なくならない内に、こっそり1つしまっておく。
『草葉様!』
「うわぁ!」
突然、頭の中に女性の声が響いて、俺は驚いてソファーから飛び起きた。
皆もびっくりしたようにこちらを窺っている。
『カ、カエデ姫ですか?
いきなりどうしました?』
俺は少し落ち着いてから、声の主であるカエデ姫の名前を呼んで、念話を返した。
『あぁ、良かった!
通じた!』
ひどく動揺しているのが、声だけでも十分に分かった。
『どうしました?
何か、ありましたか?』
俺は少しでも落ち着かせるために、ゆっくりと聞き返した。
『あ、すみません。
なぜか<マリアルクス>の関係者には念話が通じなくて……』
カエデ姫はふうと一呼吸してから続きを話した。
『実は先ほど、北の<マリアルクス>から緊急の伝書鷹が来まして、
魔王が!
魔王がマリアルクス城に攻め行ったと言うのです!』
『なんだって!?』
カエデ姫の話に、俺は驚きを隠せずにいた。
「ご、ご主人様?」
フラウが俺の動揺した様子に驚いて話し掛けてくる。
「念話?」
プルが首を傾げて尋ねる。
「ああ。
カエデ姫からで、マリアルクスが魔王に襲撃されているらしい」
「えっ?」
「なんですって!」
俺が皆に説明すると、皆も驚いた顔を見せる。
「王子には?」
「それが、<マリアルクス>関係者には念話を繋げないらしい」
プルが冷静に尋ねてくるので、俺も落ち着いてそれに返す。
「私は《念話同調》を使える。
直接、カエデ姫から王子に説明してもらう」
プルはそう言うと部屋を出て、ライズ王子の部屋へと走った。
俺たちもそれを追う。
カエデ姫には状況を説明して、待ってもらうことにした。
「ライズ王子!」
「おや?
草葉殿。
時間にはまだ少し早いのでは?」
ライズ王子の部屋のドアをバン!と開けて入ってきた俺たちに、ライズ王子は目を丸くした。
部屋にはライズ王子とリード、ザジの3人がいた。
「カエデ姫から緊急の念話だ!
<マリアルクス>が魔王に襲撃されているらしい!」
「えっ!?」
「なんだってぇ?」
「……どういうことでしょう?」
俺の言葉に、3人それぞれ驚いた様子だったが、ライズ王子は努めて冷静に、俺に説明を求めてきた。
「プル!」
「ほーい」
俺がプルに指示を出すと、プルはいつの間にか持っていた杖を振るった。
《念話同調》
きらきらした光が部屋中に舞い、しばらくしてそれが消えた。
「これでいい。
カエデ姫の声はこの部屋にいる全員に届くし、こちらの声も聞こえる」
プルがそう言うのを確認すると、俺はカエデ姫に詳しく説明するように促した。
『ライズ王子!
先ほど、<マリアルクス>の伝書鷹が<ワコク>に飛んできまして、どうやら、魔王は単身で王城に攻め込んできたらしいのです!』
『そんなバカなっ!』
『いったいどうやって!?』
皆が口々にリアクションを返す。
『<ワコク>からの援軍は?』
『すでに向かわせています』
『向かわせる?
転移魔法を使わないのか?』
『それが、<マリアルクス>に対する転移魔法も妨害されているようで』
『なんだとっ!?
では、<ワコク>からそのまま兵を向かわせている訳か』
『はい、そうです』
『カエデ姫の結界はどうなっている?』
『結界には異常ありません。
私の結界は、結界内の感知の機能はないですが、結界の外から転移は出来ないですし、結界の壁を越えれば分かります』
『それはつまり?』
『魔王は転移魔法を使わずに、いつの間にかマリアルクス城内に侵入していた、ということです』
『そんなことが、あり得るのか?』
ライズ王子が動揺しながらも、カエデ姫に質問を繰り返し、疑問点を解消していく。
この判断力や冷静さは、彼が伊達に第一位の王位継承者ではないことを示しているのだろう。
だが、焦っているのか、カエデ姫に対する言葉に余裕がなくなっている。
『……私にも、分かりません。
それに、特定の所属の者に対する念話を妨害したり、<マリアルクス>への転移を阻害するなんて』
カエデ姫は困惑している様子だった。
だが、その作用は……
『それは、あなたの結界と同じ性質なのでは?』
『そんなっ!
私ではありませんっ!』
ライズ王子の問い掛けに、カエデ姫はひどく動揺していたが、俺も同じことを考えていた。
だが、ライズ王子もカエデ姫を疑っている訳ではないだろう。
おそらく、
『別にあなたを疑っている訳ではない。
あなたのスキル【守護女神】と同系統のスキルを持つ者があちらにもいるのではないか、ということだ。
同じスキルは対消滅で打ち消し合うこともあるからな。
あるいは、魔王自身のスキルがそうなのか』
ということなのだろう。
『ですが、カエデ姫の結界を打ち消せるのなら、わざわざ単身で王城に侵入する意味が分かりませんね。
人間の領域に張られた結界を消して、大軍勢で攻め入れば良いだけでしょう』
俺の言葉に、ライズ王子も同意を示す。
『そうだろうな。
だから、魔王はそれ以外の何らかの方法で、転移も念話も封じた上で、城に侵入してみせたのだろう』
『あの~』
俺たちが念話で話していると、ミツキがそろーっと手を上げてきた。
『どうした?
ミツキ』
俺はミツキに発言を促す。
『とりあえず、私たちも行かなくていいのかーって、思って』
ミツキは恐る恐るそう言ってきた。
さすがに<マリアルクス>の王子と、<ワコク>の姫との会話に割り込むのは気が引けたようだ。
『ああ。
それならすでに、ザジに念話で兵を向かわせるよう指示を出してもらってある。
今からでは、間に合うか分からないが、な』
ライズ王子は発言したミツキに優しくそう言ったが、最後には表情を暗くしていた。
『ともあれ、俺たちも向かおう。
万が一、父上が魔王にやられたら、<マリアルクス>の最高責任者は俺だ。
現場で指示も出さなければならないし、間に合うのなら、間に合わせたい!』
ライズ王子はそう言って立ち上がった。
『俺たちも手伝おう』
『それはありがたい!』
俺の進言に、ライズ王子は素直に謝辞を示す。
『しかし、どうにか転移魔法を使えないもんかねー』
『私の結界と同じ性質ならば、やはり難しいかと』
リードが後頭部に手を当てながら言うと、カエデ姫がそれに難色を示す。
『あれは、』
今まで傍観していたプルが口を開く。
『たぶん認知妨害結界。
結界内の認知度を著しく低下させる。
本来は魔獣対策。対象も使用者1名で、効果範囲も使用者の周囲1メートルぐらいのはず。
それを強力な魔力で無理やり効果を引き上げてる。
念話は相手の認知。
転移は空間の認知が必要。
それが封じられれば、どちらも不可能。
たぶん、<マリアルクス>全体がそれに包まれてる』
と、魔王が使用したと思われる力を解説してくれた。
『なるほど、そんなものが…………
それで、それの解除方法は?』
ライズ王子がさらにプルに尋ねる。
『認知を低下させるだけだから、普通に通れる。
近くまで転移して、そのまま入ればいい。
もしくは、強力な魔力を込めて転移魔法でぶつかれば、結界そのものを破砕できる』
『なるほど。
<マリアルクス>全域を包み込むほどの魔力を打ち破るのは難しいでしょう。
少し遠いですが、神樹の森の北壁まで転移して、そこから<マリアルクス>に向かいましょう。
それで間に合えばいいですが、』
王子はそう言って、皆にすぐに出発するよう促した。
少しは落ち着いたのか、元の丁寧な口調に戻っていた。
『ちょっと待って』
それをプルが手を上げて制する。
『なんでしょう』
ライズ王子は手を止めずに聞き返す。
『ルルから念話。
いま共有する。
カエデ姫にも聞こえる』
『ルル?
神樹の守護者かっ!?』
ライズ王子の言葉に、皆が驚いて手を止める。
『あー、聞こえてるー?
大変みたいねー』
俺の脳内に、聞き覚えのある声が流れる。
相変わらず緊張感のない声だ。
『聞こえております。
この度は、お声をいただきまして、』
ライズ王子がその場に跪いた。
リードたちもそれに倣う。
『あー、今はそういうのはいいわ。
とりあえず、結界は私が何とかしてあげる』
『お手を貸していただけるのですかっ!?』
ルルは何でもないことのように言ってのけ、ライズ王子は驚きに目を見開いた。
『プルにちょっと魔力をあげるから、その子の転移魔法で結界をぶち破りなさい。
プル。いいわねー?』
ルルは初めはライズ王子に。
後半はプルに向けて話す。
『承知しました』
『おけー』
2人もそれぞれ返事を返す。
『あ、影人さー』
『ん?なんだ?』
『あ、やっぱりいーわ。
頑張ってねー』
ルルはそれきり念話を切った。
何を言おうとしたのか。
「じゃあ、行く」
プルはそう言うと、杖をくるんと一回しして、杖先を床につけた。
コンッという音とともに、床に大きな魔方陣が浮かび上がる。
「私は<マリアルクス>に行ったことない。
王子のイメージを借りる」
プルはそう言って、いつの間にかライズ王子の横に立ち、その手を取っていた。
「あ、はい!
分かりました!」
ライズ王子は返事をすると目を閉じた。
<マリアルクス>のイメージを練り上げているようだ。
「ん、おけー」
プルも目を閉じて、そのイメージを共有し終わると、再び目を開ける。
「あ、魔王は王様の所にいるみたいだから、そのまま玉座のとこに行く」
「えっ!?」
「うそっ!もう!?」
「ちょっ!」
皆が口々に驚くなか、
「じゃ、いくぞー、おー」
プルはマイペースに転移魔法を発動させた。