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第四十七話 カコバナ

俺は父親とともに、ある国に潜入していた。

その国は腐りきっていた。


他国からの入国禁止。

厳しい税。

完全な情報統制。

ヒエラルキー式の完全ピラミッド型身分制度。


それらによって、一部特権階級のみが贅沢な暮らしをして、平民以下はその日の食べるものにさえ難儀していた。


俺と親父はその国での情報収集や工作を終え、中型の船で脱出する所だった。

そこはド田舎過ぎて、国の監視の目さえ届いていない、国民は誰も住んでいないはずの場所で、定期巡回の隙をついて脱出する手はずだった。


そこに、一人の少女が網を引きずりながら、埠頭にいる俺たちに近付いてきた。


「親父っ!」


「……ああ」


俺と親父は武器を隠して構え、いつでも迎撃できるようにして、船の甲板で少女を待った。


「す、すいま、せん」


少女が声をかけてきた。


「どうした、嬢ちゃん」


親父は極力、優しく声をかけた。


「こ、これ、久しぶりに、でっけえ貝がとれたぁ。

だども、おらじゃ、どにかできねくて、食べられるよにしてくれねか?」


少女はそう言って、網から大きな貝を持ち上げた。

確かに、20センチメートルはある食用貝だ。


「ああ。

分かった。いいよ」


親父はそう優しく微笑むと、少女を船に上げ、貝を受け取り、ナイフで貝を開けると、一口サイズに捌きだした。

少女はぼろぼろの、かろうじて服の体裁を保っている布を身に纏い、その体は棒のように痩せ細っていた。


「君。

ちょっとその網の中を見せてくれないか?」


俺は嬉しそうに待っている少女に声をかけた。


「別にええが、なんもねえよ?」


少女はおずおずと網を差し出してきた。

網の中には確かに何もない。


「ちょっとごめんね」


「え?

わっ!

え?え?」


俺は少女の腹周りや首周りを触った。

何も持っていない。


「ごめんね。

ほら、海藻ついてた」


俺は少女がこちらに向かってきている時にポケットに忍ばせておいた海藻を、少女に気付かれない内にさっと取り出して見せた。

俺は親父に目線を送った。


『武器所持なし』


親父は黙って頷いた。


「あ、はあ。

ども」


少女は困惑しながらも礼を言った。


「……えちゃ……」


突然、少女がばっ!と振り返った。

俺にも、子供の声が聞こえた。


「おめたち!

家で待ってろゆーたやろ!」


少女が船から身を乗り出して、船外に向けて大声を出した。


その視線の先には、少女よりもさらに幼い女の子と、その子に手を引かれる男の子がいた。

男の子はビニール袋を引きずっている。


「なして来たんや。

ばかたれぇ」


少女は2人を叱りながら船にあげてやる。


「すんません。

妹と弟です。

かってについてきてしもたみたいでぇー」


少女は申し訳なさそうにしている。


「いやー、構わないよー。

お姉ちゃんについてきちゃったんだなー。

こいつは歯ごたえが良いから、坊主にはちょっと固いだろう。

細かくしといてやろーな」


親父はそう言って、捌いた貝の一部をさらに細かくしていった。

スライスしたものにも、隠し包丁を入れて食べやすくしてある。


「君。

その中には何が入ってるの?」


俺はビニール袋を大事そうに抱える男の子に声をかけた。


「うー、うー」


男の子はその袋をしっかり抱えて、見せたくないのか嫌々していた。

どうやら、まだしゃべれないようだ。


「そんなかにはぁ、とっちゃんとかっちゃんがいるんだぁ」


男の子の代わりに、横にいた妹がそう呟いた。


「形見ってことかな?」


俺の問いに、妹がこくっと頷いた。


「そっか。

ごめんね。

取ったりしないから大丈夫だよ」


俺はそう言って、男の子の頭を撫でた。

男の子はきょとんとした顔をしている。


「ほーら。

出来たぞー!」


親父は捌ききった貝を皿にのせてやった。


「そうだ!

このままだと味気ないだろ!

特別サービスで醤油をつけてやろう!


えーと、どこやったかなー」


親父はそう言って、少女たちに背を向けてカバンを探し始めた。


「いや親父。

そこだろ」


そう言って、俺もカバンの中を覗き込む。

もちろんわざとだ。


こういった国で施しは厳禁だ。

その場しのぎにしかならないし、他人は持っている、なら、他人から奪えばいい、という思考になりやすいからだ。

どんなに可哀想だと思っても、全てを救い出すほどの責任が取れないのなら、何もするべきではない。

今回も、やっぱり醤油はなかったと言う算段だ。


このまま、少女たちが何もしなければ。



がさっ



という音が聞こえる。

ぶつかった金属音からして、ナイフが2本。

俺と親父は溜め息を吐く。


仕方ない、か。


俺と親父は懐からナイフを取り出して振り向いた。


少女たちは泣きながら、こちらにぼろぼろのナイフを向けていた。

男の子はよく分かっていないのか、ポカンとしている。

俺たちのナイフを見て、妹がひっと言ってナイフを落とす。


「お、おらたち、食べるものねくて、とっちゃんとかっちゃんも死んじまって、とっちゃんが、これで、2人を守れって、でもおら、こんなの使ったことなくて、こいつは頭ええから、このやり方考えて、でも、今日が初めてで、」


少女は妹の頭に手を置いて、泣きべそをかいたままナイフを構えていた。

妹の方は俺たちの圧に怯えて、尻餅をついてしまっていた。


「これが、初めてなのか?」


親父はさっきとは打って変わって、とても怖い表情で、少女を見つめていた。


「こんなん、やったことねえ!

人だってめったにこねんだ!

でも、でも、もう食べ物もとれねくて、ど、どうしよもねくて」


少女は怯えながらも、何とかそう答えた。


「そうか」


親父はそう言うと、カバンから缶詰めを3個取り出した。


「今日は見逃してやる。

これもやろう。

貝とこれを持って、船を降りるんだ。

そして、二度とこんなことはするな」


親父はそう言って、少女たちにそれらを渡した。


「い、いいのけ?」


少女たちは震える手でそれを受け取る。


しょせんはその場しのぎ。

この子たちはじきに、順に死んでいくのだろう。


少女たちは何度も頭を下げながら船を降りようとした。


「ちょっと待て」


俺はそんな3人に声をかけた。

少女たちはびくびくしながら振り返る。


「おい。

影人」


親父が俺の肩を掴む。


分かってるよ。

分かってる。

それでも、俺は。


「君たち。

二度と、こんな馬鹿な真似はしないと誓えるか?」


俺の問いに少女が頷き、妹もそれに続く。


「影人。

おまえ、分かってるんだよな」


親父は確認のために、俺にそう言ってくる。


「ああ」


俺は少女たちを見つめたまま、そう答えた。


「分かった。

なら好きにしろ」


親父は溜め息を吐きながらそう言うと、船を出す準備をし始めた。


ありがとな。親父。


俺は心の中で親父に礼を言って、少女たちに再度尋ねた。


「君たち。

ウチで働かないか?」









「それで、その子たちは?」


フラウが俺にそう問い掛ける。


「彼女たちはすぐに頷いた。

そのあとは国に連れ帰って、亡命手続きをして、国籍を与えて、ウチの使用人として、住み込みで雇うことにした。

姉は立派な使用人になったし、妹は優秀だったから、勉強を教えて、今や立派なウチのSEリーダーだ。

弟は武道の才があったから、俺が手解きを加えて、今は親父のサポートをしている」


「そうですか!」


フラウはとても嬉しそうだった。


「まあでも、それは良い例で、そのまま突き放したこともあったし、やむを得ず始末しなければならないこともあった。

だから、俺はせめて自分が責任を持てる範囲の命には責任を持とうと決めたんだ。


昔に、救えなかった命もあったしな……


まあ、とにかく、それがフラウを保護しようと思った理由、かな」


あいつら、どうしてるかな。

皆、俺を慕ってくれていたから、少しは寂しがってくれているだろうか。

妹あたりはケロッとしてそうだな。


俺はあちらの世界に残してきた者たちを思い出し、思わずクスッと笑った。



「影人もいろいろあったのねー」


ミツキが頬杖をつきながら話す。


「ていうか、向こうでもずいぶんなお仕事してたのね。

呑気にただのJKしてた自分が申し訳なくなるわ」


ミツキはそう言って、空になったグラスをフリフリしてみせた。

それに気付いた店員がおかわりを注ぎに来る。


「ていうか、そんな話を私たちにしても良かったの?

あなた、あんまり人を信用してなさそうなのに」


ミツキとプルがこちらをじっと見つめてくる。

そんな素振りを見せたつもりはなかったんだが、意外と見られているものなんだな。


「まあ、仕事柄、簡単に人を信用しないようにしてるからな。

だが、そのおかげもあって、人を見る目にはそれなりに自信がある。

フラウ。

プル。

ミツキ。

お前たちは信用していいかなと思った。

それだけだ」


「そう、それは光栄ね」


ミツキは少し照れくさそうにしていた。


「そして、信頼した仲間を俺は絶対に裏切らない。

必ず守る」


俺がそう言うと、


「それは私と同じね!

仲間を大切にしない奴はクズよ!」


ミツキはズバッ!とこちらを指差しながら言ってきた。

俺のことみたいに言うなよ。


「うん。

ミツキもフラウも仲間。

影人も変態だけど仲間」


プルがこくこくと頷きながら答える。

今は良い話してるからツッコまないでおこう。


「ご主人様。

私も、ご主人様を命に代えてもお守りします。

だから、お姉ちゃんを探すのを手伝ってください」


フラウが一生懸命に言葉を考えて、お辞儀していた。


「命に代える必要はない。

皆で生きて、お姉ちゃんを見つける。

いいな?」


俺がそう言って頭を撫でると、


「はいっ!」


と、フラウは嬉しそうに返事をした。


「よーし!

盛り上がってきた!

メニューもう一周いくぞー!」


「おー!」


「おー」


「はっ?」


ミツキの号令で、再びテーブルに大量の料理が並べられるのだった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど、この過去の話を聞けば、今までの影人の行動は説明がつきますね。 [一言] やっぱり、影人の生い立ちは連載当初から考えていたのですか?
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