第四十六話 みんな、よく食べるね
翌日。
俺たちはリルダールの街に戻ってきた。
明日のライズ王子との面会に備え、いろいろな準備と、フラウの慰労を行うつもりだ。
「さて、まずはフラウもギルド登録しないとな」
俺はあのロリコンギルマスのカイゼルにフラウを会わせるのは心底嫌だったが、
ミツキが、
「ギルマスなら北の<マリアルクス>に出掛けてるから、今はいないみたいよ」
と言っていたから、安心して向かうことにした。
ギルドに着くと、前回と同じようにカミュが対応してくれて、ジョブの選定も無事に終了した。
フラウは短剣使いと踊り子のジョブを修得していた。
独学で1つのジョブを修了するだけでもすごいことらしく、2つも修了しているフラウに、ミツキもカミュも驚いていた。
あれ、俺は?と思ったが、プルの「影人は変態だから!」の一言で片付けられてしまった。
そして、やはり魔法系の適性は著しく低いらしい。
だが、それを補って余りある程に、剣への適性が高いようだ。
結果、本人の希望もあって、忍のジョブを修得していくことになった。
これなら俺でも教えられると言うと、ものすごく嬉しそうにしていた。
「ふふふ。
ご主人様と一緒」
と呟いていたようだが、俺には聞こえなかった。
ついでに、神樹の森で倒した魔獣が消える時に落としたドロップ品を換金してもらう。
プルの食欲に見合う量だから、それなりの金額になった。
お金はプルの亜空間収納に入れておいてもらう。
そして、次に俺たちは洋服屋に来ていた。
俺は転生してきた時に着ていた服と、<ワコク>でもらった黒の上下と外套しかなかったし、フラウも、<ワコク>でもらった短パンとTシャツのような簡素なものと外套しか持っていなかったため、さすがに王子に会うのにそれではいかんだろうと、それなりの格好をすることにしたのだ。
「こういう世界だと、古着とか仕立て服がメインだと思っていたが、そんなこともないんだな」
俺は服屋に並べられた洋服を眺めながら呟いた。
「前はそうだったみたいだけどね。
転生者に、服飾関係に興味のある子がいて、スキルを駆使して洋服の大量生産に励んだらしいわ。
最終的には会社を設立して、スキルに頼らなくても安価な洋服を大量に仕立てられるようにしたんだって。
そのおかげで、向こうの世界並みのラインナップの中から、新しい服を選べるようになったってわけ!」
ミツキはそう言って、楽しそうにワンピースを自分に当てながら、くるりと回ってみせた。
なるほど。
そういう形で、スキルをこの世界で活かすのはいいな。
おかげで、服が必要になる日の前日に買いに来ても、お目当ての洋服を選ぶことが出来るって訳か。
「ご、ご主人様~」
「むう。慣れない」
俺が物思いに耽っていると、フラウとプルがふらふらしながら試着室から出てきた。
フラウは、フラワーガールのような可愛らしい白いドレスに身を包んでいた。
フリルや白い花の装飾が浅葱色の髪によく映えている。
プルも同じ形で、色は薄い水色だ。
こちらも、プルの黄金色の髪をよく引き立たせている。
着慣れていないのか、2人ともふらふらと歩きにくそうにしている。
「きゃーーーっ!」
これはミツキの叫び声だ。
2人の愛らしさに飛び込んでいきそうだったが、さすがに服を汚さないようにという配慮があったのか、2人の周りをぐるぐる回りながら奇声を発し続けている。
ミツキさん。
店員さんが笑いを堪えきれてないから、そろそろ落ち着きましょう。
その後も、2人はいろいろと試着していった。
否、ミツキと店員さんにさせられていった。
浴衣。ワンピース。オーバーオール。熊とウサギの被り物。
うん、店員さん。
あなたもノリノリなんですね。
分かりました。
外にいるので、終わったら呼んでください。
結局、最初のドレスと、動きやすい格好のもの、あとは虫が出るような場所で着るための、布地の多い洋服なんかをいくつか買うことにした。
今はとりあえず、みんなTシャツにパンツというラフな格好だ。
プルだけは、ローブにとんがり帽子という魔女っ子スタイル貫いていた。
本人曰く、「ポリシー」らしい。
「きゃーーーっ!
お肉!
お肉!
すんばらしいお肉ですー!」
フラウはテーブルに所狭しと並べられた料理に歓声を上げていた。
買い物を終え、辺りも暗くなってきた所で、俺たちはミツキの勧めで、料理が美味いと評判の酒場に来ていた。
フラウの修行達成を祝って、今日はたっぷり肉を食わせてやろうというわけだ。
あ、プルはたっぷりじゃないからな。
え、分かってる?
別にそこそこの量でも平気?
ならなんで、いつもあんなに大量に……
あ、食べられるからですか、そうですか。
あの、今日は節度を持ってお願いしますね。
ミツキさんに紹介してもらった手前、食材食い尽くして出禁とか困るので。
ステーキ。鳥の丸焼き。ローストビーフ。チャーシューに、焼き鳥。合鴨のロースト。ビーフストロガノフ。唐揚げ。しょうが焼きなんてのもある。
料理好きの転生者がけっこういたみたいで、馴染みのある料理が次々出てきた。
しかも、どれもものすごく美味い。
どうやら、この店の創業者が転生者だったらしい。
その味を、代々受け継いでいるそうだ。
個人的にはこちらの世界の料理も食べてみたいとは思うが、これはこれでやっぱり美味いので、嬉しいことに変わりはない。
それにしても、君らよく食うね。
ミツキさんもフラウさんも、けっこう食べるのね。
プルさんも2人の様子から遠慮はいらないと思ったのか、本領発揮してますね。
ミツキが予め言っておいたようで、さっきからものすごい勢いで料理が運ばれてくる。
店員さんたちも必死だ。
料理を運んで皿を下げて、次の料理を運びに来たら、また食べ終わった皿が積んであるのだ。
これには周りのお客さんも、
「すげーな、あの子たち」
「底無し沼じゃん」
「あ!あの子。
伝説の魔女っ子ケーキフェスタ!」
などと、3人の爆食に目を奪われていた。
なんか、2つ名を襲名している人もいるし。
君ら、完全に自分たちの体積以上食べてるよね。
「ふー!
お腹いっぱいですー!」
フラウはパンパンになったお腹を抑えて椅子にもたれかかった。
出された料理を完食して、他のお客さんから拍手をもらう人を初めて見た。
「でしょでしょ!
ここは量も味も最高なのよ!」
ミツキさん、確かにここで良かった。
予めミツキが爆食なことを知っているなら、出禁にはならなそうだからな。
「うん、腹八分目」
プルさん、少し黙ろうか。
君らが爆食してる間、俺が何回コーヒーをおかわりして、何回トイレに行ったと思ってる。
「さて、じゃあ、これからの予定を確認しておこうか」
俺はフラウたちが落ち着いたのを確認してから、話を切り出した。
テーブルの上には、全員分の飲み物と、プル用のケーキだけになっている。
ケーキはもう見なかったことにした。
「まず、明日はライズ王子との面会だ。
そこで、マリアルクス王への謁見を設定してもらう。
まずは正攻法として、王にもフラウの姉の行方を聞いてみよう。
マリアルクスが最も情報の集まる所のようだしな。
あとは、俺のことも教えに行かないとな。
変に情報だけで判断されて、余計なちょっかいを出されたくはない。
で、そこで情報が得られなければ、地道に聞き込みをしたり、そこそこ金はかかるだろうが、裏の情報屋あたりに当たったりしよう」
ギルドにはフラウの姉に関する情報はなかった。
<ワコク>でも調べてくれるとは言っていたが、やはり裏ルートでフラウの姉が売られていたりした場合、正攻法では限界があるだろう。
「マリアルクス王に会いに行くのね」
俺の話を聞いて、ミツキが顔をしかめた。
「マリアルクス王には、何か問題があるのか?
王に会いに行くことを言うと、みんな含みのある言い方をするのだが」
俺が尋ねると、ミツキは言いにくそうにしていたが、その理由を話してくれた。
「マリアルクス王はあまり良い噂を聞かないのよ。
とても厳しい方だって聞いたこともある。
優秀な味方には好待遇だけど、そうじゃないと、容赦はしないって。
魔法やスキルの研究所では、人体実験のようなことをしてるって噂もあるわ」
ミツキは嫌そうな顔をしながら話していた。
「それに、ものすごく強いらしいのよ。
戦乱の絶えなかった時代に、他の種族を差し置いて、人間の領域を神樹を中心として展開させたぐらいだから。
それと国を分けるぐらいだから、<ワコク>の殿も相当だけど。
外見も、本来は<ワコク>の殿と同じぐらいの年齢だから、40代のはずだけど、見た目は20代ぐらいで、下手したらライズ王子よりも若く見えるみたい。
とにかく、詳細不明で悪い噂の絶えない人物ってことよ」
なるほど。
会うにも気を付けろってことか。
カイゼルは言っても行政側の人間。
大っぴらに言うわけにはいかないから、それとなく注意してくれたのか。
俺はカイゼルの気遣いにふっと笑う。
「そうか、ありがとう。
くれぐれも気を付けるとするよ」
俺がそう言うと、ミツキも「せいぜい気を付けなさい」と言って、グラスを傾けた。
「あ、あの、ご主人様」
「ん?どうした、フラウ?」
話が終わるのを待っていたかのように、フラウが話し掛けてきた。
「ご主人様は、どうして私のことを保護しようと思ってくださったのですか?
そんな危なそうな王様に、お姉ちゃんのことを聞きに行くなんて、私とご主人様はまだ会って、そんなに会ってないのに……」
フラウはそこまで言うと、下を向いてしまった。
言いながら、不安になってしまったようだ。
「ああ。
昔、似たような子を助けたことがあってね」
俺はそう言って、過去に助けた命の話を始めた。