第四十五話 あの子を迎えに
ライズ王子との面会の2日前。
俺とプル、ミツキの3人は神樹の森の入口に来ていた。
<リリア>に入った時と同じ場所だ。
今日は修行を終えたフラウを迎えに行く日だ。
あのあと、俺はエレメントマジシャンのジョブを一通り修得し、今はスペルマスターを修得中だった。
そのスピードに、当然のようにミツキに呆れられ、プルからはやはり「変態」と罵られた。
なんだかそれに慣れてきてしまっている自分が怖い。
「まったく!
影人も急に言わないでほしいわよねー!」
「……別に、ミツキが来る必要はないんだが」
ミツキが伸びをしながら言ってくる。
実は昨日、風呂に入っている時に、サポートシステムさんに突然言われたのだ。
『マスター。
明日はフラウさんの修行終了日ですね。
新たなスキルをリストアップしておきますか?』
と。
『あ!
……ああ、よろしく頼む』
『…………』
うん、忘れてなんかいないぞ!
断じて、忘れてなんかいるわけないぞ!
『…………』
『…………』
と、いうわけだ。
風呂から上がってプルに話していたら、プルの頭を乾かしていたミツキに、
「なんか面白そうだから私も行く!」
と言われて、今に至るのである。
「いやいや、影人がどんな可愛い子を千尋の谷に突き落としたのか見たくってさー!
それに、可愛い幼女が影人の毒牙にかからないように見張るのも、先生の役目でしょ!」
ミツキはどこから出したのか、かけたメガネをくいっとやって、そんなことを言っていた。
めんどくさいので、俺は無視して森を進むことにした。
「この辺りか」
俺たちはフラウの気配をたどって、森の南西部に来た。
「フラウー!
修行は終わりだ!
出ておいでー!」
俺は近くにいるであろうフラウに向けて声を上げた。
「ご主人様ー!」
ぼふっ!
「ぐはっ」
フラウは突然俺の前に現れて、俺の腹に飛び込んできた。
「お、おおう。
元気そうで何よりだ」
俺は軽く悶絶しながら、フラウの頭を撫でた。
「会いたかったですー。
寂しかったですー。
あー、ご主人様の匂いー。
終わったー。
良かったー」
フラウは俺の服に顔を埋めながら、そんなことをずっと呟いている。
「い、【隠者】か。
俺に目前まで気付かせないとは、やるじゃないか」
俺はようやく呼吸を落ち着かせながら、フラウを褒めてやる。
「ご主人様ー。
私、頑張ったんですー。
すっごく頑張ったんですよー。
魔獣さんが私ばっか追いかけてくるし、人もいっぱい追いかけてくるし、ご飯食べれないし、いっぱい大変だったんですよー」
フラウは俺の腹にくっついたまま、顔だけを上に上げて、瞳をうるうるさせていた。
「お疲れ様。
頑張ったな。
偉いぞ」
そう言って、頭をぽんぽんしてやると、
「うー!」
と言って、再び俺の服に顔を埋めて泣き出してしまった。
本当に、頑張ったな。
「落ち着いたか?」
「あ、あいー。
すみませんでしたー」
フラウはミツキに淹れてもらったお茶を飲んで、ようやく落ち着いたようだ。
俺はフラウをじっと見てみた。
魔力量はあまり変わっていないが、以前よりも安定している。
気配も落ち着いていて静かだ。
無事に成長したようだ。
あとは、
「フラウ。
修行はどうだった?」
「あ、はい。
初めは魔獣さんに追いかけられてばっかで、木の実をいっぱい食べました。
そのあとは果物を見つけて、それをいっぱい食べて、5日目に、ようやく、お肉を食べました。
あ、もちろん!
お野菜もいっぱい食べましたよ!」
いや、食べ物日記を聞いているんじゃないんだが。
まあいいか。
それよりも、
「そうか、肉を食べたか。
どうだった?」
「あ、はいー。
最初にウサギさんを捕まえた時は、怖くて逃げられてしまいました。
でも、生きていくためには、ご飯を食べていくためには、やっぱりお肉になってもらわなきゃいけなくて、今までは、お父さんがそれをやっててくれて、今は私がやらなきゃいけないんだと思って、お肉になってもらいました。
大変だったし、怖かった、けど、やっぱりお肉は美味しかった、です」
「そうか」
俺は下を向いてしまったフラウの頭にポンと手を置いた。
一度だけ鼻をすすってから顔を上げたフラウは、もう涙を流してはいなかった。
「良い顔になったな」
そう言うと、フラウはとても良い笑顔で笑ってみせた。
「いい!」
「はっ?」
「いいよ!
フラウちゃん!
そのご主人様を健気に思って頑張る感じ!
お姉ちゃんキュンキュンしちゃったわ!」
「え?ふぁっ!」
ミツキが突然フラウをぎゅっと抱き締めた。
「あー!
こんなにちっちゃいのに、生命の尊さと重さを知っちゃったのね!
大丈夫!
あなたは良い女になるわ!
私が保証する!
ううん、私がしてあげる!」
ミツキさん大暴走だ。
その頬擦りはやめてやれよ。
ちょっと可哀想だぞ。
「え、えっと、あの、あなたは?」
「あ!そうだったわね!
私はミツキ!
ミツキお姉ちゃんって呼んでね。
はい、呼んでみよう!
ミツキお姉ちゃーん!」
「ミ、ミツキお姉、ちゃん?」
「きゃー!
よくできましたー!」
「あ、あううー」
もう、放っておこう。
「プル。
今日はここで一泊しよう。
薪とご飯集め、どっちがいい?」
俺はフラウを見捨ててプルに話しかけた。
「ご飯!」
プルは即答だった。
「お前、ちゃんと皆の分を取ってこいよ。
つまみ食いしすぎて、皆の分がないとかなしだからな」
「も、もちろんじゃ!」
プルはギクッとしすぎて、自分のキャラを忘れていた。
「ミツキ!
フラウ!
気が済んだら、寝床と窯を組んどいてくれよ!」
俺はまだぎゃあぎゃあ言っている2人にそう言い残して、薪を集めに向かった。
「おっけー!
もうちょいしたらねー!」
「ご、ご主人様!
た、助け、」
フラウが何か言っていたが、俺は自分に飛び火しないうちにさっさと離れることにした。