第四十話 主人公召される
というわけで、俺はなぜかギルドマスターであるカイゼルと戦うことになった。
「言っただろ?
既得ジョブを確認するって。
だが、数が多くて面倒だ。
俺がこれで判断するのが一番手っ取り早い」
だ、そうだ。
まあ書いたのは俺だし、仕方ないか。
俺とカイゼルは大広間の中央に立ち、距離をとった。
2人とも渡された木剣を構える。
黒影刀はプルに預けることにした。
「さて、じゃあ、始めるか」
カイゼルはそう言って、肩に木剣を担いだ。
カイゼルは強い。
おそらく今の俺では勝てない。
だが、魔法士のマイナス補正も確認したかった。
実戦でない所で確認できるなら良い機会だ。
胸を借りるつもりでやってみるか。
まあ、負けるつもりもないが。
じり。
と、2人が地面を踏みしめる。
さて、まずは小手調べっと!
俺はそこから、あえて力を抜いて、ゆらりと前に倒れるように動き出す。
人は挙動する時に必ず力を込める。
戦いに慣れた者ほど、その過多で相手の挙動を認識する。
この歩法は脱力することで、相手が無意識に油断するように仕向けるための技法だ。
本来、諜報や暗殺がメインの忍や暗殺者、スパイなんかが、正面から敵と戦わなければならなくなった時によく使われる。
正面から戦わなければならないとはいえ、ド真面目に勝負してやる必要はない。
実戦では、負ければ死ぬからだ。
くだらん矜持では生き残れない。
生きて、任務を成功させること。
それが、常に俺に求められることだった。
ふらっと前に倒れる次の一歩で一気に相手に近付く。
そこで強く踏み込んではいけない。
相手の実力がそこまでじゃないなら、あえて強く踏み込むことで身体を強ばらせる効果も期待できるが、カイゼルは歴戦の猛者だ。
ただ迎撃の準備をさせるだけだろう。
なので、俺は一気に接敵するための二の足にも力を込めない。
その前に力を抜いているから、それでも十分相手に近付ける。
むしろ、その方がスピードが出る。
羽のように舞え。
ふっ
「うおっ!」
俺は一気にカイゼルの目前まで近付いた。
俺よりも遥かに大柄なカイゼルには、ここまで近接してしまった方が戦いやすい。
俺は自分の腹の辺りにピタリとつけた木剣を、一気に上に突き上げる。
剣先はカイゼルの顎だ。
ヒュオッ……
という風切り音が鳴る。
カイゼルはそれを、首を後ろに倒してかわす。
俺はすかさず手首を上にひねり、木剣の柄の先でカイゼルの顎を打つ。
ごっ!
鈍い音が響く。
「ぐあっ」
だが、声をあげたのは俺の方だった。
カイゼルもまた、肩に担いでいた木剣の柄を俺の横っ腹に振り下ろしていた。
俺の剣の柄はカイゼルの顎にかすっただけで、ダメージはほとんどないだろう。
骨の軋む感覚に、俺は思わず後ずさった。
カイゼルは追撃をしたりせずに、再び肩に木剣を担ぐ。
「いやー、えらく速いな、お前。
それにその歩法。
忍系のジョブ持ちは厄介だな。
さすがの俺も油断したぞ」
カイゼルは肩に木剣をパシパシ当てながら呑気に言ってきた。
あー、はいはい。
ナメられてるのね。
オッケーオッケー。
殺す気でいくわー。
俺は木剣に魔力を通す。
プルと手合わせした時よりもスムーズに、多くの魔力を通せる。
魔法士のジョブ補正のおかげだろう。
「ほう。
魔刀か」
カイゼルはそう言うと、肩に担いだ木剣を下ろし、片手のまま、正面に構えた。
ズッ!と、その木剣に一気に魔力が立ち昇る。
「それは……」
カイゼルも魔刀を使ってきたのだ。
「さすがに魔刀を木剣で受けるのは厳しいからな。
俺も使わせてもらおう」
見ただけでも、俺よりも密度の濃い、強力な魔力が込められているのが分かる。
さすがに一夕一朝では差がありすぎるか。
まあそれは仕方ない。
それなら、工夫すればいいだけだ。
ドンッ!
今度は思いっきり力を込めて地面を蹴る。
先ほどの倍近いスピードでカイゼルに接敵する。
「おいおい、確かにとんでもないスピードだが、真正面から来られたら、さすがに迎え撃てるぞ」
カイゼルはそう言って、魔刀状態の木剣を構え直す。
俺は構わずそのまま突っ込んで、木剣を振り上げて、カイゼルに切りかかった。
「やれやれ」
カイゼルは呆れたように呟くと、容赦なく俺に剣を振るう。
ドバッ!
「なにっ!?」
俺はカイゼルの振り下ろす剣で、見事に真っ二つにされた。
が、それは魔力によって作られた幻影だった。
「忍のスキルか!
バカなっ!?
そんなすぐに使えるはずがっ!」
「俺には、優秀なサポーターがいるんで、ね!」
バゴンッ!
「ぐはっ!」
俺はカイゼルの背後から、飛び上がって思いっきり脳天を叩いてやった。
魔刀に魔力を割いていたから、さすがに少しはダメージを与えられただろう。
先ほど使ったのは、忍のジョブを修得すると得られる【幻影身】というスキルだ。
本来ならば、既得ジョブだったとしても、スキルを獲得できるとは限らないし、獲得できても、すぐにアクティベートされるとは限らないのだが、俺にはスキルのスペシャリストであるサポートシステムさんがいる。
彼が既得ジョブに紐付けされるスキルを導きだし、その仕組みを演算し、すぐに使用できるように調整してくれていたのだ。
時間的に間に合ったのがこのスキルだけだったので、とりあえずうまくいって良かった。
一本取れたし、これで十分だろう。
俺がすっかり安心していると、膝をついて鼻から血を流しているカイゼルがゆらりと立ち上がった。
「ふふふ。
やるじゃあないか、影人。
まさか俺に一撃くらわせるとはなぁ」
カイゼルはそう言って、木剣を頭上に掲げた。
「どれ。
俺もちょっと実力を見せておこう。
下手にナメられても困るからなぁ」
カイゼルは尋常ではない魔力を木剣に注ぎだした。
「は?
え?
ちょっと」
いやいや、その魔力は反則だろ。
バキィッ!
木剣が強靭な魔力に耐えられずに崩壊する。
だが、注がれた魔力は剣の形を保ったまま、なおも増大していく。
「え?
いや、ほんとに無理なんだが」
俺はカミュに助けを求めて視線を送る。
いやいや、南無ーじゃないよっ!
なんでそんなこと知ってんの!
プルも真似しない!
てか助けて!
「ぬううううんっ!」
カイゼルがその魔力の塊を俺目掛けて思いきり振り下ろす。
「あ、死んだ」
俺は昇天する覚悟を決めた。
ズガアアァァァァァンッ!!!!
そして、ギルドの地下が崩壊する音が、街全体に響いたのであった。