第三十九話 カミュさん、辞意を示す
「さて、では、ジョブの選定を始める」
ギルドマスターのカイゼルに誘われ、俺とプルはギルドの地下にある大広間に来ていた。
カミュが大きな水晶を持ってきて、部屋の中央にある台座にのせる。
「これは触れた者の力を感知して、既得ジョブ、適性ジョブを調べ、推奨されるジョブを選出してくれる魔導水晶だ」
カイゼルは水晶にパシッと手を置いて説明した。
「では、さっそく順番に調べていこう。
まずは影人からだ」
「わかった」
俺は水晶の前に行き、右手を水晶にのせた。
水晶はホウッと柔らかな光を放つ。
カイゼルはそれを反対側から覗き込むようにして水晶を見つめている。
「なんだこりゃ!?」
カイゼルが驚いたように水晶をさらに凝視する。
「既得ジョブ。
戦士、剣士、弓士、盾士、武闘士、忍、暗殺者、盗賊。
さらに、
狂戦士、ソードマスター、拳閃士、影長、死神、シーフマスターって、上級職じゃねえかっ!
おまけに適性ジョブは、全ジョブ取得可。
ははっ!
笑うしかねえよ」
カイゼルは呆れたような顔をしていた。
「お前、どこの戦場からやってきた?
向こうの世界にはないっていう、魔法や僧侶系以外の戦闘ジョブをほぼ網羅してるぞ。
最近、転生してくる転生者たちは、ずいぶん平和な世界からやってくると話に聞いていたんだが。
ミツキも、部活とやらで経験があった弓以外には適性がなかったしな」
弓道部とかか。
基本的には、あちらの世界での経験が、こちらのジョブ適性になるのか。
それならまあ、そうなるだろう。
「平和な世界にも、戦いの場はあるってことだ」
俺は多くを語らず、それだけ言った。
「ふん。
まあいいだろう。
別にアレコレ詮索するつもりはない。
有能な人材が増えるのは願ったりだからな」
カイゼルもそれ以上聞くことはなかった。
下手に詮索して、せっかくの人材に逃げられるのを避けるためだろう。
「推奨ジョブは、魔法系。
まあ順当だな。
ソードマスターや影長を持ってるんだ。
魔法系を修めれば、さらに上が見えてくるからな」
「ふむ。
魔法は確かに覚えたい。
未知なものを未知なままにしておくのは勿体ないからな」
「はっはっはっ!
その探求心は良いぞ!
それこそ冒険者だ!」
カイゼルは豪快に笑った。
「魔法系を修めると、どんなジョブが増えるんだ?」
俺は気になった部分を尋ねてみる。
「まあ、そもそも魔法系と言ってもさまざまだからな。
基本的な魔法を扱う魔法士から始まり、得意な系統によって、道が分岐する。
火や水や風や雷や癒しや強化など、属性ごとのエレメントマジシャンにな。
それらを極めていくと、賢者やスペルマスター、さらに上に、大賢者や魔導王がある。
また、魔法系と他のジョブを組み合わせて、強力な戦闘ジョブにする者もいる。
ライズ王子なんかは、雷のエレメントマジシャンと、ソードマスターを取得してあるから、雷系の魔法剣を扱う雷撃剣士という魔法剣士のジョブにある。
魔法剣は魔刀よりも遥かに強力だ。
影人は忍の上位ジョブである影長も持ってるからな。
速さと強さを兼ね備えた超スピードパワーアタッカーになれる」
カイゼルはジョブについて詳しく説明してくれた。
なるほど。
それなら俺の性に合ってそうだ。
魔法か。
「分かった。
それじゃあ、魔法士にしてくれ」
「了解」
カイゼルが水晶に魔力を流すと、パアアーーッと、水晶の光が増幅した。
「あ、そうそう。
魔法系、特に魔法士は魔力補正がつく代わりに、身体機能にマイナス補正がかかるんだが、まあもう止められないからいいか」
カイゼルは今になって、そんなことを言い出した。
「はっ!?
おいっ!」
俺のツッコミもむなしく、水晶はさらに光を大きく放ち、光が消えるとともに、ジョブの選定は終了した。
「あ、ちなみに、一度選定したジョブは2/3を修了しないと変更できないが、まあいいか」
「いい加減にしろ!」
俺とカミュは同時にカイゼルの頭を殴った。
身体機能にマイナス補正が入ったのはだいぶショックだが、魔法はやはり必要だ。
こうなれば、早いとこ魔法士を修了しないとな。
そんなことを考えていると、今度はプルが水晶に手をのせていた。
俺の時と同じように、水晶が光る。
「さてさて、プルさんはっと」
カイゼルが同じように水晶を覗き込む。
さん付けなんですね。
カイゼルよりも年上なことが判明しちゃいましたよ、プルさん。
「ははっ。
もう勘弁してくれ」
カイゼルは水晶を二度見したあと、見るのをやめてしまった。
「もう、ちゃんとしてください」
その様子に、カミュが溜め息を吐いて、代わりに水晶を覗き込んだ。
「えっ!?」
すると、カミュも驚いた様子で、口元を手で覆った。
「既得ジョブ。
魔法士。
全エレメントマジシャン。
スペルマスター。
適性ジョブ。
魔法系全ジョブ。
現在、
賢者を修得中?
そ、そんなことって」
カミュは信じられないものを見たような顔をしている。
「プルさん。
あんたいったい」
カイゼルが恐る恐る水晶を見ながら、プルに尋ねる。
「プルはルルの弟子!」
プルは相変わらず、えっへん!と胸を張った。
「ルル!?
あの、ルル・ド・グリンカムビか!?」
「えっ!?」
カイゼルとカミュが心底驚いた顔をしてこちらを見る。
「そうだ。
神樹の守護者のルルだよ」
俺はそう説明してやった。
「なるほど。
だから、こんなとんでもないジョブなのか」
カイゼルは納得したように水晶を眺めている。
ザッ。
ん?
カミュさん?
カミュが突然プルの前に跪いて、両手をしっかりと包み込んだ。
「プルさん。
いや、プル様!
私をあなた様の弟子にしてください!
これから一生!
私はあなたのお世話を致します!」
カミュさん、目がヤバイよ?
それ、あっちの世界で見た、狂信者と同じ目だよ?
「あー、エルフからしたら、神樹の守護者は神に最も近しい存在らしい。
その弟子が目の前にいるんだ。
天使みたいなもんなんだろう」
カイゼルが豹変したカミュの様子をそう解説してくれた。
なるほど。
それは大変だ。
「プルはまだ弟子。
弟子はとれない」
プルはカミュの申し出をそう断った。
カイゼルがほっと息を漏らす。
カミュはやり手だろうから、それにいきなり抜けられたら、ギルドマスターとしてはたまったものではないだろう。
「っ!
…………分かりました。
それでは、せめて身の回りのお世話をさせていただきます」
カミュはそう言うと、カイゼルの前に立った。
「カ、カミュ?」
カイゼルが顔をひきつらせている。
「マスター。
ただいまを持って退職させていただきます。
お世話になりました」
「「いやいやいやいや!
ダメダメダメダメ!」」
丁重にお辞儀するカミュに、カイゼルは必死にすがり付く。
カミュに抜けられたらギルド的にも困るだろうから、俺も一緒に引き止める。
「おい。プル。
お前も止めてくれ」
俺は先ほどの部屋から持ってきたお菓子を食べているプルに耳打ちする。
「プルはどっちでもいい。
カミュの好きにすればいい」
プルの言葉に、カミュはいっそう顔を輝かせる。
「はいっ!
好きにします!」
ああもう!
助長させるんじゃない!
こうなったら、
俺は再びプルに耳打ちをした。
「今度、向こうの世界のうまい料理を食わせてやるから」
「…………」
プルがすっとカミュの元に近付き、カミュを指差す。
「私の同行者など100年早い!
まだまだここで修行!」
プルはそう言い放ち、カミュはガーンとショックを受けて崩れ落ちた。
カイゼルはほっと安心したように息を漏らした。
やれやれ。
何とかなったな。
「ま、とりあえず落ち着いて良かった」
カイゼルは台座を片付けながらそう笑った。
カミュはまだ落ち込んだ面持ちで水晶を運んでいた。
「よし!
では影人!
俺と勝負しようか!」
え?
なんで?