第三十八話 ギルドマスターはアレでした
コンコンッ。
カミュがドアをノックする。
「入れ」
部屋の中から男性の声が聞こえた。
低い、威圧感のある声だ。
「失礼します」
カミュがドアを開けて中に入り、俺たちもそれに続く。
ちなみに、ミツキは1階で待っていると言って、途中で抜けた。
カミュがぼそっと、
「逃げましたね」
と言っていたのが気になる。
「よく来たな。
そこに座りなさい」
正面の執務用のテーブルで書類仕事をしていた男は立ち上がり、目の前の来客用のソファーを勧めてきた。
俺とプルはそこに座り、カミュはお茶の用意を始める。
「私がギルドマスターのカイゼルだ。
よろしく」
カイゼルと名乗る男は向かいのソファーにどかっと座り、自己紹介をした。
「影人だ」
「プル」
俺とプルも名前を名乗る。
冒険者は敬語を使わないとアニメで見た気がする。
「さて、君たちが記入した用紙を見せてもらったよ」
カイゼルは先ほど俺たちが書いた用紙を手に持っていた。
「まずは草葉影人。
君が討伐した魔獣、キマイラと書いてあったが、これは本当かね」
カイゼルはじろっとこちらを見つめてくる。
…………こいつは強いな。
鍛え上げられた鋼の肉体が、歴戦の猛者であることを現している。
右目につけられた大きな古傷からも、過去の激戦が想起できる。
しかも、隙がまったくない。
こちらの一挙手一投足をつぶさに観察してくる。
何かあれば、俺をすぐにでも取り抑えられるためにだろう。
「ああ。
その通りだ」
俺は素直に首肯した。
「しかし、出現場所は神樹の森とある。
あそこには、キマイラほどのレベルの魔獣は出ない。
しかも、この世界に来たばかりの転生者が討伐できるとは、到底思えないのだがね。
どれだけ強力なスキルを持っていても、いきなり使いこなせはしないだろう」
どうやら、俺が転生者であることは既に聞いているようだ。
それならばと、俺はライズ王子やカエデ姫との一件を話すことにした。
キマイラが出現した理由は不明だが、俺はライズ王子たちの攻撃を受けて瀕死だったキマイラに止めを差しただけで、個人での討伐ではないということにしておいた。
実際、そこまで間違ってはいない。
おそらく個人で十分倒せるレベルの相手だったなどと言う必要はないだろう。
「なるほど。
ライズ王子と<ワコク>の姫もいらしたのか」
どうやら信じてくれたようだ。
さすがにそんなビッグネームで嘯こうという馬鹿はいないだろうとのことだった。
おそらく、入国した際にザジに出迎えられたことも情報として入っているのだろう。
「まあ、君が個人でキマイラを討伐できる実力があるんじゃないか、などと疑ってはいないよ」
カイゼルはそう言って、はっはっはっと笑ってみせた。
いやいや、めちゃくちゃ疑ってるでしょ。
目が笑ってないぞ。
「では次だ。
スキルを書かないのはまあいい。
そういう奴もいるからな。
だが、この技能は何だ?
剣、槍、弓、斧、鎌、他武器全般。
および、徒手空拳全般だと?
どこの達人だよ」
…………やはり書きすぎたか。
いろいろ書いておいた方が依頼斡旋時に有利だと聞いて、やはり日銭はいるだろうからと、つい調子にのってやりすぎてしまった。
「出来るものを書いただけだ。
こちらの平均が分からなくてな」
と言っておけばいいか。
「言っておくが、これらはあとで実技で確認するからな。
これだけの数、大変だから覚悟しておけ」
…………よくはなかったな。
カイゼルが呆れ顔でそう言ってきた。
「まあ、ジョブを選定すれば適性技能も見えてくる。
今回はその実技だけでいくとするか」
そんなのがあるのか。
それは助かる。
「さて、次だ」
俺はひとまず済んだようで、カイゼルはすっとプルに向き直った。
プルさん。
さすがに両手に持ったお菓子を置こう。
いくらなんでも失礼でしょうよ。
お茶おかわりじゃないよ。
カミュ困ってますよ。
「名前、プル。
性別、女。
最大討伐レベル、レベル8角ウサギ。
スキル未記入。
得意技能、魔法。
以上」
プルさん、さすがに書かなすぎよ。
ギルドマスターさん困ってるじゃん。
「ふむ。
君のような少女が冒険者にね。
いくら魔法が使えるとはいえ、冒険者は少なからず危険が伴うんだぞ」
冒険者を夢見る少女を優しく諭すのか。
ミツキたちが怖がっていたが、何だか、見てくれほど怖い人物ではないんじゃないか?
「大丈夫。
プルは強い」
プルはえっへんと胸を張る。
「ふ、ふむ。
よし。
そこまで言うなら、俺の膝の上に来なさい」
ん?
「あ、ちょっと」
「ほい」
プルがちょこんとカイゼルの膝に座る。
カミュさん。その手が気になります。
え、なに?
止めようとしてますか?
「ふむ。
冒険は怖くて危ないんだ。
それでも、冒険者になりたいのか?」
「なる!」
「ふーむ。
しかしなぁー」
「大丈夫!
プルは強い!」
「そーかぁー。
強いのかー」
カイゼルはプルの頭を撫でている。
ずっと。
えーと、カイゼルさん?
「いー加減に、しなさい!」
ドボォッ!
「ぐはあっ!」
カミュさんが振り下ろしたハンマーは、カイゼルの頭に直撃した。
プルの頭にカイゼルの鼻血が飛ぶ。
プルさん。
よくその状況でお菓子食べれますね。
「ほんとーにすいません!
この人は可愛い女の子が大好きで!」
うん!
ロリコンだね!
カミュはひたすら頭を下げながら、カイゼルからプルを引き離した。
今はプルの頭に飛んだカイゼルの鼻血を拭いている。
その鼻血。
殴る前から出てたわけじゃないよね?
カイゼルは12歳以下の可愛い女の子を愛でたくなる人らしい。
つまり、ただの変態オヤジだ。
「私にとって、膝の上にちょこんと座る少女の頭をなでなですることが至高なのだ!
やましい気持ちなど一切ない!
それの何が悪い!」
うん。
十分変態の言い分だね。
ミツキは幼い頃に転生してきたらしく、その時はまだカイゼルの守備範囲内だったらしい。
そりゃ逃げたくもなるわ。
「マスター、そろそろ真面目に仕事を」
自説を説き続けるカイゼルに、カミュが溜め息を漏らしながら告げる。
「いや!
まだまだ語り尽くしていない!
いいか!
可愛らしい女の子というのは、存在するだけで神なのだ!
尊いのだ!
分かるか!」
この世界の神はパンダだけどな。
誰だよ、尊いとか広めた転生者。
カミュがより一層深く溜め息を吐き、プルに何か耳打ちする。
プルは頷き、カイゼルに近付くと、しゃがむように言って、口に手を添えてさらに耳元に近付いた。
カイゼルはものすごく嬉しそうな顔をしていたが、プルが何かを告げると、すぐにショックでうちひしがれた顔に変わり、その場にへたりこんだ。
「プルさん?
いったい何を言ったの?」
俺は恐る恐る聞いてみた。
「ん?
実年齢」
うわーお。
「えー、じゃー、とりあえずジョブから決めるかー」
カイゼルはようやく進める気になったようだ。
やる気は微塵も感じられないが。
「マスター……」
カミュがゆらりとハンマーを持ち上げると、
「よっし!
ついてこい!」
焦ってやる気を出すギルドマスターカイゼルだった。
なるほど。
真のマスターはカミュさんか。