第三十五話 こういう喫茶店っていいよね
「さて、と、まずはどうするか」
俺とプルはザジに見送られ、街をぶらぶら歩いていた。
ここは<リリア>の北部に位置するリルダールという街。
南の国境では魔王軍との戦いが繰り広げられているが、戦線から離れたこの地は落ち着いていて、閑静な住宅街が広がっていた。
俺たちはとりあえず店がある所に出ようと、にぎやかな方へと歩を進めていた。
「影人。
暑い。
お腹すいた」
「プル。
お前、さっきあれだけお菓子食べてただろ」
プルが俺の袖を引っ張ってそう言ってきた。
俺は呆れ気味に返す。
「お菓子は別腹。
冷たいもの食べたい」
「やれやれ」
とはいえ、暑いという気持ちは分かる。
南の国なだけあって、<リリア>は暑い。
湿気がないのが幸いだが、照り付ける太陽は容赦なく俺たちから水分を奪っていく。
「お!
あれは!」
暑さにへばっている俺たちの前に、喫茶の文字が書かれた看板が現れる。
「ご飯!
冷たいもの!
冷たいご飯!」
プル、落ち着け。
それは美味しくなさそうだぞ。
俺たちはその店に入ることにした。
「いらっしゃいませ~!」
店に入ると、元気の良い女性の声が聞こえた。
「2名様ですね!
こちらの席へどうぞ!」
俺たちは案内された窓際の席に座った。
店内は空調が効いていて涼しい。
原理は分からないが、魔法によるものらしい。
出された水はほんのり柑橘系の味がした。
俺はオススメだというスープカレーを。
プルは冷やしトッツォとかいう、よく分からないものを頼んでいた。
「なんで、こんなに暑いのに、わざわざ熱くて辛いものを。
理解不能」
プルは俺の注文に不服のようだった。
悪いね。
辛いものが好きなんで。
料理が来るまでの間、店内を軽く見回してみる。
レトロ感のある雰囲気だ。
アンティーク調で統一されたテーブルや椅子。
ランプ型の明かり。
店内に広がるコーヒーの香り。
ウエイトレスは、まんまウエイトレス服を着ている。
昔ながらの喫茶店って感じだな。
「お待たせしました~!」
しばらくすると、注文した料理がきた。
俺の頼んだスープカレーは、本当にスープカレーだった。
さらさらしたスープ状のカレーがご飯にかけられ、ナスやじゃがいもや肉や玉ねぎや人参がごろごろ入っている。
この輪切りのは、ズッキーニだろうか。
さっそく一口いただいてみると、
「うまい!」
何時間も煮込まれたのだろう野菜の旨味がスープに溶けだしていて、大きめにカットされているのに、ホロリと崩れる具材と合わさって、とても味わい深い。
辛さも、じんわり汗をかいてくるぐらいの、好みの辛さだ。
一方、プルに運ばれてきた冷やしトッツォは、どうやら魚料理らしい。
トッツォという魚を煮込んで、冷やしたものだと言うのだが、それ、うまいのか?
一匹まるまる皿に盛り付けられているが、正直、魚のビジュアルはなかなか強烈だ。
目玉は飛び出てるし、下顎は出てるし、
え?
それ足生えてね?
あ、目玉から食べるんですか。
ちゅるんて、良い音しますね。
軽くドン引きですよ。
プルがあまりに美味しそうに食べるものだから、俺も一口もらうことにした。
身は白身魚のそれだったので、その部分を食べてみる。
ほろりとほどけるのに、ぷりぷりする不思議な食感だ。
冷製にすることで歯ごたえが増すのだろうか。
煮込んでいても煮汁は固まっていない。
不思議な異世界料理ってやつだな。
食事を終え、食後のコーヒーをいただく。
懐かしい香りだ。
<ワコク>ではお茶がメインだったから、これはこれで嬉しい。
プルはショートケーキをつつきながら、クリームソーダ飲んでいる。
ほんとよく食べるね君。
ぼんやりと窓の外を眺めてみる。
街並みは西洋に近いが、どちらかというと、西洋風にした日本の街のような風景だ。
ちょっと都心から離れた、リゾート感のある高級住宅街って所か。
表の通りを子供たちが笑い合いながら走っていく。
ここは平和だ。
とても戦争をしている国とは思えない。
あっちの世界では、皆どうしてるかな。
俺がノスタルジックな気分に浸っていると、
「ねえ!」
「わあっ!」
突然、耳元で声をかけられて、俺はびっくりして飛び上がった。
そこには、先ほど料理を運んできてくれたウエイトレスの少女が立っていた。
休憩時間なのか、エプロンを外している。
「な、なにか?」
俺はまだ動揺していたが、とりあえず返事だけしてみた。
「あなたも転生者でしょ!?」
ウエイトレスの少女はそう言って、俺をビシッ!と指差した。