第三十四話 ザジプル
俺が使った、刃に魔力を流す技術は『魔刀』という技らしい。
剣士系が高位の魔法士と戦う際には必須と言われる技術で、王国の上級士官になるには、この技術の修得が絶対条件となるそうだ。
ちなみに、ライズ王子がキマイラ討伐の際に使ったのは魔法剣というもので、刃に魔法を纏わせられるのは魔法剣士という、ごく一部の者だけの高等技術らしい。
ルルは全部できる!と、プルがさりげなく師匠自慢をしてきたりもした。
そして、プルさんの魔法講義を終えた俺たちは、南の国<リリア>との国境まで来ていた。
「ここが<リリア>の国境門か。
なんか、普通だな」
<ワコク>の門が幾何学模様が刻まれた、物々しい雰囲気のものだったから、ここの木製の門を見ると、なんだか拍子抜けしてしまう。
「普通はこういうもの。
<ワコク>のは、カエデのスキルを補助するためのものだし。
それに、一国まるごと包むような馬鹿みたいなスキルはそうそうない。
簡易門と衛兵による見張りが普通」
「そうなのか」
まあ転生者のスキルだから、そりゃそうだよな。
カエデ姫にしろ、ユリエさんにしろ、転生者のスキルの話をよく聞くから、基準がおかしくなるな。
「神樹の森は魔獣が出る。
だから、ここは<リリア>と<ワコク>の間の国境よりは厳重」
言われてみると、門以外の壁には杭が打たれ、物見櫓からは遠くが見渡せるようになっている。
よく見ると、壁にも門にも小さな穴が空いている。弓を射るためのものだろう。
それらを見ると、確かに迎撃用に設置されたものだと分かる。
ちなみに、<リリア>の南部分、つまり、魔王軍との戦線の最前線では最新鋭の防備を備えた、とてつもなく堅牢な防壁が築かれているそうだ。
「まあ、とりあえず行ってみるか」
そう言って、俺とプルは国境門に向かった。
フラウはまだ修行中だったが、その間に出来ることはしておこうと、まずは<リリア>で情報収集をしながら、ライズ王子に会う手はずを整えることにした。
いくら俺が転生者とは言え、一国の王子に会うのは簡単なことではないはずだ。
手続きをしたとしても、数日から一週間はかかると見ている。
それならば、フラウの修行終了に合わせられるだろうから、ちょうどいいと思ったのだ。
門に着くと、身分と目的を聞かれた。
俺は<ワコク>から転生者認定証なるものを受け取っていた。
それがあると、他国で過ごしやすいそうだ。
それを衛兵に見せると、その男は顔を青ざめ、
「申し訳ありません!
少々お待ちください!」
と言って、奥に引っ込んでいった。
なんだか、嫌な予感しかしないんだが。
その後、上級士官を名乗る壮年の男性が現れ、俺たちは別室に案内された。
「うわーお」
その別室はとても豪奢な内装だった。
天井からはシャンデリアが下げられ、ふっかふかのソファーの背もたれには金細工が施されている。
俺とプルはそのソファーに座って、再び待つことになった。
プルはソファーでぼよんぼよんしながら、出されたお菓子を食べ続けている。
お行儀悪いからやめなさい。
でも、あまりに美味しそうに食べるものだから、俺もひとついただいてみる。
なんだこれ!
めちゃくちゃうまいじゃないか!
そのあとはお菓子の取り合いになったのは言うまでもない。
うん。
侍女さん。
笑いをこらえてるのバレてるよ。
みっともなくてすいませんね。
あと、これあとでちょっと包んでくれませんか?
お菓子を食べ尽くしてソファーで一息ついていると、ドアがノックされた。
プルは食べまくった結果、俺の膝を枕にして眠ってしまっていた。
俺が返事をすると、
「失礼します」
と、ドアからザジが現れた。
「ああ。
ザジさんじゃないですか。
いきなりあなたが来られるとは思いませんでしたよ。
っと、すいません。
このままでもよろしいでしょうか?」
俺は立ち上がって挨拶しようとしたが、プルが俺の膝の上ですやすやと寝息をたてていたので、ザジの許可を得て、そのままで居させてもらった。
ザジはくすっと笑っていた。
「お久しぶりです。
草葉様」
ザジはそう言って、深々と頭を下げてから、向かいのソファーに腰をかけた。
「お久しぶりです。
突然すみません」
俺もそう返して、座ったままお辞儀をする。
「いえいえ、またお会いできて光栄です。
<リリア>に来られたということは、王子への謁見がご希望でしょうか?」
「ええ。
北の、<マリアルクス>の王に拝謁賜りたくて、王子にご紹介いただけないかと思いまして」
「そうですか……
王に、ですか…………」
ザジはかけているメガネを指で抑え、何かを考えているようだった。
「なにか、問題でもありましたか?」
「あ、いえ。
そうではありません。
問題ないですよ」
なんだか引っ掛かる言い方だが、向こうが答えてくれないのなら仕方がない。
「王子への謁見も大丈夫ですよ。
よろしければ、今からご案内しましょうか?」
今から!?
普通、貴族とか王族って、会うまでに数日はかかるもんなんじゃないのか?
「あ、何かご都合が?」
俺の驚いた様子に、ザジがそう尋ねてきた。
「ああ、いえ。
数日はかかると思っていたもので」
「そうでしたか。
ですが、草葉様は貴重な転生者。
王子からは、草葉様が来られたら最優先で案内しろと仰せつかっていたのです」
そうなのか。
それは破格の待遇だな。
それほど、転生者の力が必要な状態ってことか。
「それは大変ありがたいのですが、実はいまフラウ、あの時いた少女に、神樹の森で修行をさせてまして。
その子と合流してから王子にお会いしようと考えてましたので、出来ましたら、6日後以降にしていただけたらと思います」
フラウの修行はあと5日だが、1日は休養に充てようと思い、そう提案した。
「え?
ああ!
その子があの時の子かと思ってましたが、また違う子だったのですね。
そういえば、背格好以外は全然違いましたね。
これは失礼しました。
日程の件はそれで構いませんよ。
6日後にお会いできるよう調整しておきます」
どうやら、ザジは俺の膝で眠るプルをフラウのことだと思っていたらしい。
まあ大きさは似てるし、一回ちらっと会っただけだから、間違えるのは仕方ない。
とりあえず日程が問題なさそうで良かった。
「ところで、それではその子は?」
ザジは細かい時間や場所を説明したあと、プルを見ながらそう尋ねてきた。
「ん?
ああ。
彼女はプルプラ。
神樹の守護者である、ルルの弟子です」
「は?」
ザジはそのまま思考停止してしまった。
「あのー、ザジさん?」
「はっ!
あ、いや、すみません。
まさかあの神樹の守護者様のお弟子さんとは露知らず」
ザジが恐縮しきっている。
もしかして、プルってすごい奴なのか?
「に、にわかには信じられないのですが、ね、念のため、鑑定させていただいても、よろしいでしょうか?」
「ん?
ああ、いいんじゃないでしょうか」
よく分からないが、確かに俺の言葉だけじゃ信じがたいだろう。
「で、では、失礼して、
【鑑定】」
ザジが震える手をプルにかざすと、ザジの手がポウッと光った。
「こ、これは!」
ザジは虚ろな目で空中を見つめている。
きっと鑑定結果を見ているのだろう。
「ほとんど隠蔽されて見られませんが、神樹の守護者様のお弟子さんなのは間違いないようです。
それに、
え?
じ、実年齢、い!?」
ザジがそこまで言うと、プルは杖をザジの喉元に突きつけていた。
「それ以上、しゃべれば殺す」
プルさん。
半端ない殺気ですよ。
それだけでザジさん死にそうです。
ていうか、ザジがそれだけ驚くって、あんたほんとはいくつなんだよ。
俺のうろんげな目をスルーして、プルは再び眠りについた。
ザジはしばらく動けなくなってしまっていた。
「と、とりあえず、約束の日時まではまだ数日あります。
その間、<リリア>の街並みをご覧になられてはいかがでしょう」
ザジはプルの方をちらちら見ながら、そう提案してくれた。
ようやく起きたプルは追加されたお菓子を再びパクついている。
「それは願ってもないことですが、フラウの修行も気になります。
なるべく近くにはいようと思ってまして」
「…………過保護」
プルさん?
何か言いました?
「そうでしたか。
転移魔法が使えれば問題ないのでしようが、あいにく私含めて、いま手が空いてるものがおりませんで」
ザジは申し訳なさそうな顔をしてそう言った。
「いやいや、こちらの勝手な予定です。
ご勘案いただいてありがとうございます」
俺がそう言ってお辞儀していると、
「私が転移魔法使えるから問題ない」
プルがそう呟き、
「それに、<リリア>は食べ物が美味しい。
ご飯屋さん巡り希望」
と言って、目をキラキラさせていた。
「……らしいので、そうさせていただきます」
俺はそれに溜め息を吐きながら同意し、ザジにそう報告した。
「承知しました」
ザジはくっくっくっと、口元に手を当てて笑いながら、1枚のカードを出した。
「これはこの国での身分証代わりです。
これがあれば、どの街でも邪険に扱われることはないでしょう」
それは助かる。
俺はありがたく受け取ることにした。
転生者認定証と同じ大きさだったので、一緒にケースに入れて懐にしまう。
「それでは、説明は以上になります。
また何かあれば、近くの詰所に来ていただければ私に繋げさせるので。
また王子とともにお会いできるのを楽しみにしております」
ザジは立ち上がって華麗にお辞儀してみせる。
「ご丁寧にありがとうございました。
ライズ王子にも、よろしくお伝えください」
俺も立ち上がって礼をする。
「ねえ」
「な!なんでしょう!」
プルに声をかけられ、ザジがビクッと反応する。
すっかり怯えてる。
さっきの優雅な所作が台無しだ。
「このお菓子、包めるだけ包んでほしい」
「あ、か、かしこまりました。
すぐに!」
ザジはそう言って、バタバタと侍女に命じていた。
プルさん。
さっきの良い感じの終わり方を返してくれ。