第三百三十八話 子守りと懇願と王
「……なんで、ここに破理がいる?」
魔王直属軍で、スキル無効のスキルを持ち、極限まで練り込まれた魔力で相手をぶちのめす対人最強レベルの男。
「……というか、何してんだおまえ」
「あん? 見て分かんねえのか、子守りだよ」
ルルの手で<ワコク>に転移させられると、そこにはたくさんの子供に囲まれたカエデ姫と、子供がよじ登る棒と化した破理がいた。
肩や頭に子供が乗り、破理はその子たちが落ちないようにバランスを取りながら手で支えていた。
「……そうか」
対人最強の男は、保育園の先生になっていた。
「影人様。ようこそいらっしゃいました」
「カエデ姫。状況の説明を求める」
破理がワコクにいることは聞いていたが、これはいったい……。
「じつは、始めは彼にはワコク兵たちの訓練をお願いしていたのですが、彼と兵との間に実力差がありすぎてですね。
その、彼の課す訓練に兵たちがついていけず、あまつさえ兵を辞めたいと言い出す者も出る始末でして……」
「はっ! あいつらは軟弱すぎんだよ!」
「あー……」
指導者には向かないタイプか。
「それで、彼がお休みのときに子供たちと接している所を見掛けて、これならと思いまして」
カエデ姫が破理に目を向ける。
「ちょっ! おい! 髪は引っ張るな!
成人男性の毛髪は貴重品だぞ!」
「はことはハゲなのー?」
「ハゲじゃねえ! 将来を展望して消耗戦に耐える準備を今からだなぁ!」
「かわいそー」
「可哀想ゆーな! そう思うなら優しくしてやれ!」
「わかったー。はことのハゲを守る!」
「……いや、それだとおれをハゲにさせるみたいだが……まあいいか。何かを守ろうとする気持ちを持つのは大事なことだ」
「……まあ、こんな感じです」
「……なるほど」
それなりに良い先生をやってくれるわけか。
「……」
「……カエデ姫?」
「あ! いえ!」
カエデ姫がしばらくボーッと破理を見つめていたので声をかけると、ハッと我に返った。
「まあ、いいんじゃないか。
破理も子供相手なら無茶はしないようだしな」
「はっ! 見ていろ影人!
今いる奴らが軟弱なら、俺はこいつらを今からバッチリ鍛えて育て上げてやる!
そして、この国に史上最強の兵団を誕生させるのだ!」
「のだー!」
破理と一緒に拳を高らかに掲げる子供たち。
なんだか怪しい方向に進みそうだが。
「……まあ、私が行きすぎないように、ちゃんと見ておきますから」
「……そうか」
カエデ姫の破理を信頼している顔を見れば、まあ何とかなりそうな気がするな。
「そういや、殿様は今どうしてるんだ?」
帰還時に会ってから会っていないが。
「父はマリアルクス王と魔王とともにさまざまな協議を続けています。
おもに魔王軍による被害に対する賠償などの話ですね」
「……そうか」
結局、桜は魔王として魔族を束ねる立場を降りなかった。
事の責任を取る必要があったし、何より魔族たちがそれを望んだから。
そして、魔王軍は全面的な降伏を宣言。
これまで被害を与えた所に謝罪と賠償を行うと宣言した。
当然、魔王に対して憎しみを抱いている種族もいたが、ルルとプル、最終的にはアカシャまでが出向いて間を取り持ったことで事態は収拾していった。
さすがに女神に言われたら大人しくする他ないだろうからな。
「ちなみにライズ王子は南の<リリア>の国主として正式に就任しました。副官にはザジもいるそうですよ」
「……そうか。それは良かった」
魔王直属軍の闇のゴーシュとして操られていたザジだが、どうやら無事に元の状態に戻ったようだな。
「ところで、西の<アーキュリア>はどうなっている?」
ギルドマスターであるゴリアテを中心に復興を再開させたと聞いてはいるが、
「あ、その件に関してはあとで新たな神樹の守護者様がお話があると」
「プルが? 俺にか?」
「はい」
……嫌な予感しかしないが。
「破理様っ!」
「あん?」
「ん?」
突然、園の入口に筋骨隆々の男たちが押し掛けてきた。
はた目から見たら襲撃に見えるが、どうやら破理の知り合いらしい。
「あ、あなたたち、どうしてここに?」
「姫様もおられたのですね。ならばちょうど良かったです」
「え?」
カエデ姫も知っている顔のようだ。
男たちはバタバタと破理を取り囲むように進入してきた。
子供たちは怯えるどころかキラキラした目で男たちを見ている。
「すみませんでしたっ!!」
「……あん?」
そして、男たちは一斉に破理に頭を下げた。
破理は意味が分からないようで首をかしげている。
「国を守る兵でありながら、破理様のご指導に音をあげて逃げ出してしまい、改めて考えるとお恥ずかしい限りです!
破理様はこの国を守る我々を強くしようとしてくださっていたというのに!」
「……いや、まあ、俺は別に……」
どうやら彼らはこの国の兵たちのようだ。
深く深く頭を下げられ、破理も困ったように頬をかいている。
「……つまり、あなたたちはもう一度、破理に指導をお願いしたいというわけですね」
「はい! その通りです!」
カエデ姫が間を取り持ってまとめた。
「だ、そうですよ? どうしますか、破理?」
「うーん……」
カエデ姫に尋ねられて破理は腕を組んで考え込む。
姫に対するこの態度が許されるのは破理だからだろう。
「……俺の修行は厳しいぞ?」
「存じております!」
「もう逃がしてやったりはしねえぞ?」
「覚悟の上です!」
「……」
どうやら決まりそうだな。
「よし! いいだろ! 引き受けた!」
「ありがとうございます!!!!」
再び、破理は兵の教官に返り咲いたわけだ。
「えー! はことここには来ないのー!?」
「ははっ! 俺を誰だと思ってやがる!
兵どもの稽古とおまえらの面倒、全部まとめて見てやらぁ!」
「やったー!!」
「スケジュール管理は私がやりましょう。
訓練の様子を子供たちに見させるのも勉強になりそうですしね」
「おう! 頼りにしてるぜ! 姫さん!」
「っ!!」
この国は、まあ上手いことやっていきそうだな。
ここに、俺の手は必要ないだろう。
「俺はもう行くよ」
「あ、分かりました。ありがとうございました!」
まあ、俺は今回は何もしてないけどな。
「影人! 今度来たときはまた勝負な!」
「……それは断る」
こいつは勝負にはガチだからな。付き合ってられん。
「なんでだよー!!」
破理の叫びを背中に受けながら、俺はワコクを去った。
『はい次ー』
『プル?』
そして、次に俺を転移させたのはプルの声だった。
「あら、影人」
「おお! ちょうど良いところに!」
「噂をすれば、だな」
「桜……と、殿様とマリアルクス王?」
「私もいる」
「プルもか」
どうやら次に飛ばされたのは三国会談の場のようだった。
立会人としてプルも参加しているようだ。
「……というか、ここは、アーキュリアか?」
「そそ」
ここは急拵えで建てられた塔のてっぺんのようで、開かれたこの場所ではぐるりと周りを見回せた。
辺りを見回すと、緑豊かな風景と、近くに要塞のような都市があった。
どうやら復興を俯瞰して見られる眺望台のようなものらしい。
「で? なぜ俺をここに?」
たしか今は桜の、魔王からの賠償について話し合っているんじゃなかったか?
べつに俺が必要なようには思えないが。
「いま決定した。
影人はここアーキュリアの王になる」
「……は?」