第三百三十六話 パンダに託す
「いやー、無事に再生していただけて何よりです~」
「残念ながらな」
「またまた~」
神樹の内部。ルルの部屋でくつろぐアカシャと、俺はなぜかお茶を嗜んでいる。
今はルルも月影の魔女も外している。
原罪龍との戦いの爪痕は深く、今も各地で修復作業が続いている。
俺はルルたちとともにそれを手伝っていたのだが、突然アカシャにここに連行されたのだ。
「それにしても良かったんですか~」
「何がだ?」
「影人さんの能力のほとんどを私に渡してしまってー」
「……俺には、過ぎた力だからな」
俺はもとの世界に帰還したあと、神としての能力もスキル生成も光の巫女の力も、自分の能力のほとんどをアカシャに引き渡した。
ルルに使った【全権譲渡】をアカシャに使った形だ。
フラウも、自分には光の巫女の力は必要ないと言っていた。ちなみにフラウの姉であるセリアも神託の巫女の力をアカシャに引き渡した。
これでもう彼女が苦悩に苛まれることはないだろう。
今は姉妹で仲良く<アーキュリア>の故郷近くの村で世話になりながら、両親たちをきちんと弔うために足繁く故郷に通っているようだ。俺たちもそれを手伝ったりしている。
「まー確かに、人の手には余る力かもしれませんねー。それどころか、神の手にさえ……」
「……」
神滅剣を使ってアカシャたちを再生した最後の力【《天地開闢》】。
魔法ともスキルともつかない創始の力。
分類的には第一天外魔法と呼ばれるらしい。
フラウも、傲慢に吸収された神々も、イリスに次ぐ高位の神であるアカシャでさえも復活させる神越の力。
「その力があれば、影人さんが第2のイリスとして世界を創り上げることさえ可能なのにー」
「そんなことには興味ないからな。
それに、そんなことをすればおまえたちが全力で止めにかかるんだろ?」
「あははー。再生してもらえる前なら、私たちに止める手段はなかったですけどねー」
「……」
それほどまでに俺のことを信用していた、と言いたいのだろうか。
もしかしたら、こいつはそうなのかもな。
だが、あのとき。
世界の崩壊に巻き込まれそうになっていた俺をイリスが助けてくれたとき、あいつは俺が帰還するより先にアカシャたちを復活させた。
もしも俺がそれを拒否したら、あいつは俺をあの場に置き去りにするつもりだったように思える。
最後の最後の防衛ライン。
助けた恩によって、そこに俺の意思が介在する隙が生まれる前に行動を決定させられた。
改めて考えるとそう思うが、あのときはそう判断することさえできなかった。
「おーい。影人さーん?」
「……いや」
イリスは人間というものを理解しつくしている。
結局は全てがあいつの掌の上での出来事のように思えてくる。
だが、べつにそれに不満があるわけではない。
そうだからといって、特段俺には、俺たちには、さしたる影響はないからだ。
イリスは、単にこの世界を守ろうとしただけなのだろう。
俺が万にひとつでも神々を復活させず、休眠中のイリスをも滅し、今ある世界を消して新しく全てを生み出すことがないように。
人間というものをよく理解しているからこそ、イリスはそこに予防線を張ったのだろう。
「……イリスは、もう完全に休眠期に入ったのか?」
「はいー。影人さんの【最高神の目覚め】の効果も切れて、今は星の記憶ですやすやしてますー」
「星の記憶で……」
自分が眠る前に、ブレることのない精神性と自分を裏切ることのない忠誠心を持つ神々を復活させて。
「……そうか。なら、起きるまであんたらが頑張らないといけないわけか」
「そうですねー。
原罪龍が消えたとはいえ、世界にはいろんな脅威が存在していて、いろんな問題が次から次へと発生してますからねー。
本来は世界間の問題はイリスが解決してくれてたのですが、お休み中は私が中心となって神々が対処していくことになりますー」
「そうか。まあ、せいぜい頑張ってくれ」
まあ、俺にはもう関係ないことだ。
というか、アカシャに能力を渡さなければ、俺がイリスの代わりにそれらの対応をしなければならなかったのだろう。
そんな面倒なのはゴメンだ。
所詮、俺に出来ることは俺の手の届く範囲にあるモノを守ることだけ。
俺は、俺の大切なものを守る。それだけだ。
人間に出来ることなど、その程度だ。あるいは、それさえ出来ないことがほとんどなのだから。
「頑張りますよー。ホントはずっとダラダラしていたいんですけどねー」
「おい神」
「ふふふ。嘘ですよー。
あ、私がいろいろ多忙になるので、この世界の管理はほぼほぼルルにお任せしてしまうことになりますー。なので、影人さんもルルのサポートをよろしくお願いしますねー」
「……ああ。ルルには世話になってるからな」
ようは、ルルがこの世界の神に格上げされるということだ。
各地の復興が終われば、神格を得たルルは天上に昇るらしい。
ま、本人は神樹からちょいちょい下界に遊びに来る気満々のようだが。
そして、ルルの弟子であったプルが正式に神樹の守護者に就任することになる。
俺とともに各地を回らせたのも、プルの存在を各国に示す目的もあったのだろうと今では思える。
「まあサポートと言っても、ようはルルの小間使いみたいなものだけどな」
「まー、影人さんのスキルはそういうのにちょうどいいですからねー」
そして、ほとんどの能力をアカシャに渡した俺の中に唯一残ったもの。
万有スキル『百万長者』。
闇の帝王の力を顕現させるのに他の万有スキルと融合したはずのこのスキルだけが、俺の中に残った。
アカシャいわく、これは本来の万有スキルではなく、俺が後天的に獲得したスキルなのだそうだ。
神の領域に踏み込んで、全てを手にいれた俺が最後に手にしたのが、最初に与えられたスキルというのは何とも皮肉なものだ。
「ようは、『百万長者』で各地の人々にスキルを貸し与えてトラブルを解決したりバランスを取ったりするってことだろ」
つまりは街の便利屋さんだ。
「人に力を貸すために人の手を借りる。
じつに影人さんにピッタリだと思いますよー」
「……皮肉だな」
前世で全てを自分ひとりで解決してきた俺に、今度は人と手を取り合って生きろというわけだ。
「影人さんの本当の転生物語は、これから始まるってことでー」
「……聞いたような終わらせ方にしようとするな」
なんか打ち切りエンドみたいで人聞きが悪い。
「……でも、今はもう、それもそんなに悪くはないって思えるんでしょう?」
「……まあな」
人の中で、人とともに、手を取り合って生きる。
それが存外、悪くはないのかもしれないと思える。
傲慢の姿を見たからというのもあるかもしれない。
結局、1人では生きていけないのだ。
皆がいないと俺は、人は生きていけないのだ。
ならば、その中の1人として生きていくのも悪くはない。
今なら、そう思える。
俺のことを待っていてくれる奴らもいるからな。
『影人~。ちょっと来てくれるー』
『!』
ルルか。
「さっそく呼び出しですかー」
「ああ。ちょっと行ってくる」
ルルからの念話を受け、席を立つ。
「あんたも、もう行くのか?」
「そうですねー。復活したばかりの神々と世界との調整がまだまだあるのでー」
「そうか。まあ、もう会うこともないだろうが、あんたも頑張ってくれ」
「いやいや、私はまたここに遊びに来ますよー!」
「……仕事しろ」
こいつは、ホントに最後まで。
「ふふ。いってらっしゃい」
「ああ……」
ふんわりとした赤毛に夕日色の瞳。
そののんびりとした元パンダな女神に見送られ、俺は転移魔法でルルのもとに向かったのだった。