第三百三十四話 世界を斬り、終わる世界とともに……
「くっ……」
世界が揺れる。
所々にヒビが入り、空間全体が非常に不安定になっているのが分かる。
「スキル生成【空間補修】……は、無理か」
傲慢の介入と、奴自身の意思によって進む世界空間の崩壊。
それを補修するスキルを創れば直せるかもと思ったが、世界自体が自身の崩壊を望んでいる以上、それを元に戻すことはできないらしい。
「……世界間転移も、ちょっと難しそうだな」
世界の次元の壁を越えるのは難しい。
これだけズタズタになった空間の間を縫って別の世界に飛ぶのは不可能に近い。おそらく途中で空間の崩壊に巻き込まれるのがオチだろう。
『あは、アはアハっ! おまえも! おまえモ一緒に消えてしマえば、いいんダ!
俺のモノにならナいなら、こんなセカイ、もういラない!!』
「……まだ、意識が残っていたのか」
だが、もうほとんど自我がない。
奴の切望する自壊による巻き添え。もはやそれしか考えられないのだろう。
そして、突然現れた意思決定機構にこの空間世界は引きずられるように従う。
「……もはや、この世界の消失は免れない、か」
そして、俺もまたこの世界から出られない。
ならば……。
「この世界ごと、斬るか」
おそらく、コトはここだけで済む問題ではない。
高位の世界として創られたここが自壊すれば、この世界と近い位相の、高位の世界も誘爆する形で崩壊するだろう。
そして、それは連鎖的に数多の世界を巻き込み、文字通り全ての世界を破滅へと追い込む。
「ならば、他の世界にまで崩壊が及ばないように、この世界を他の世界から隔絶するようにして斬ってから、自壊による爆発の余波が起きないようにバラバラに斬り刻むしかない」
……そうなると、俺はここから出ることもできずに、この世界と運命をともにすることになるんだが……。
「……ま、仕方ないか」
傲慢がこの世界を完全吸収しようとする可能性に早く気付いて、奴を仕留められなかった俺の落ち度だ。
俺がやらなければ、結局全ての世界が終わる。
「……だが、その前にやることはやっておかないとな」
空間の崩壊はどんどん進んでいく。
悩んでいる暇もない。
出来ることをさっさとやらなければ。
俺は神滅剣を掲げた。
「スキル生成【最高神の目覚め】」
今の俺でもイリスの格には遠く及ばないだろう。
だから発動することは出来ても、おそらくこのスキルはすぐに効果を発揮しない。
そして、効果を発揮したとしてもそれはごくごく短い時間のはず。
だが、それでもいい。
このスキルでイリスを休眠から少しの間だけでも目覚めさせられれば、イリスがアカシャとフラウ、そして傲慢に吸収された神々を再生してくれるはずだ。
……世界の崩壊に巻き込まれ、自分自身をもバラバラに斬り刻んだ俺以外は。
自分のいる世界を斬るというのはそういうことだ。俺自身が描かれたその一枚絵は、それをバラバラにするとそこに刻み付けられ、永劫的にそこに縛り付けられる。粉々になって消滅した魂はいかにイリスといえども再生することは出来ないだろう……。
「……次だ」
余計なことは考えるな。
時間がない。
「スキル生成【全権譲渡】」
俺の神としての能力。スキル生成。光の巫女の力。
その全てを、ルルに託す。
適任なのはアカシャだろう。
だが、イリスが復活しなければアカシャも再生されない。
イリスが目覚めるまでの間。そのあと、アカシャに俺の能力を任せるまでの間。
俺の能力を誰かに持っていてもらわなければならない。
俺の能力は、イリスが完全に目覚めるまで全世界を管理するのに役立つだろうから。
そうなると、まあルルが妥当だろう。
他の世界の神々もほとんどいないみたいだしな。
アカシャとともに奮闘してきたルルなら悪いようにしないだろうし、信用できるからな。
「……よし。だいたいこんなもんか」
アカシャとフラウと神々の再生に、俺の能力の譲渡。
出来ることはした。
あとは俺がこの世界を丸ごと斬り裂けばいいだけだ。
スキル【全権譲渡】は少し時間がかかる。
俺の中から完全に能力が消える前に、神滅剣で世界を斬る。
「……結局、最後は皆に託す形になってしまったな」
だが、まあ、それでいいのかもな。
結局、いち個人に出来ることなんて限られている。
皆の力を借りて、ようやく敵を追い詰めて、それで最後は皆にその力を返す形で託す。
「……前の世界での俺なら、考えられないことだな」
前世では、仕事は基本的に全部自分でやろうとしていたからな。
家族の助けを借りることはあっても、結局信じられるのは自分だけ。
最後を決めるのはやっぱり自分。
そう思って日々の仕事に向かっていた。
そんな俺が、最後は皆に託して終わることになる、か。
「……ホント、人間ってのは不思議なもんだ」
まあ、今の俺は人間じゃないらしいが。
「……さて」
世界が滑落してきた。
そろそろ限界だろう。
「感傷に浸る暇もないな」
ま、そんなのは柄じゃないが。
「……やるか」
神滅剣を強く握る。
斬るべき対象を見定める。
『あ……アァ……』
傲慢のうめき声が聞こえる。
もはや自我はないだろう。
「ああ。俺が一緒に行ってやるよ」
神滅剣を上段に構える。
何をどう斬るのかは分かる。
神滅剣が大きく輝く。
黒影刀の黒い刀身に散りばめられた星々。その中で大きく光る七つの星。
それらを覆う青白い光。
そして、それら全てを黒いオーラが包む。
その輝きが世界全てを照らすように広がっていく。
一振りで、全てを斬る。
「……じゃあな、傲慢」
神滅剣を一気に振り下ろす。
目映いばかりの光が世界を包み、そして同時に全てをバラバラに斬り刻む。
俺ごと……。
じゃあな、皆……。
意識が遠のく。
思念体である俺が、その自我も魂も、全てがバラバラになって消えていくのが分かる。
終わりか。
だがまあ、世界が、皆が無事ならそれでいいか。
フラウには怒られそうだが仕方ない。
どうか、幸せに生きてくれることを……。
…………?
消えないな。
世界はもう消えたはず。
にも関わらず、俺という存在が、まだここに存在する。
なぜ?
いったい、何が……?
『ふう。何とか、間に合いましたね、マスター』
『イリス!?』
そのとき、俺に届いたのはまだ目覚めていないはずのイリスの声だった。




