第三百三十三話 全てを斬る剣
「し、神滅剣、だと?
何を馬鹿なことを。貴方がそんなものを手にする未来は視え……」
「視えないだろう?
もはや、おまえに俺の未来は視えない」
「!!」
手の火傷を治しながら強がる傲慢の言葉を遮り、そして重ねる。
「……そ、そんな馬鹿な……」
俺の言葉に傲慢が目を見開く。
そして、すぐにさらに驚愕する。
「み、視え、ない?
嘘だ……そんな、ことが……」
傲慢が動揺している。
常に余裕を持った態度を崩さなかった奴が。
未来予知という完全なる先手を取る手段を奪われたから。
「……その能力もスキルなんだな。
おまえの固有の能力とかじゃなくて良かった。スキルなら、スキルで対抗することができる」
「……何を、したぁ!?」
傲慢が睨み付けるように問いかけてくる。そこにはプライドたる様子は微塵もなく、完全に憤怒が前面に現れていた。
「スキル【先見の兆し】。
なるほど。いま見ている実像とは別に、目とは異なる感覚的器官で好きな時間の未来を選択して視ることができるスキルか。破格だな」
「な、なぜ貴様にそれが分かるっ!?」
傲慢は困惑している。
当然だろう。
自分の切り札とも言うべきスキル。それを使えなくされた上に、誰も知るはずのないその詳細を把握されたのだから。
「……どうやら、斬ったスキルの内容を把握することもできるようだ」
「……は?」
「俺は、斬ったんだよ。あんたのスキルを。この剣でな」
神滅剣を振る。
黒いオーラに包まれた青白い光が舞う。
「……斬った? スキルを?
は? な、何を言っているんだ、貴様は?」
よく理解できていないようだ。
無理もない。
俺も、俺がやってのけたことを信じがたい。だが、それが出来ることはこの剣を完成させたときに理解した。
「神の領域に至った俺の能力は好きなスキルを生成できること。
だが、真の能力はそれだけではなかったんだ」
「……真の、能力?」
神滅剣から散るようにして舞っていく、黒く青白いキラキラとした光の粒が何もない空間世界に広がっていく。
目の前の景色が、世界が光で満たされていく様は星の記憶のようだ。
「簡単な話だ。
スキルを創れるということは、スキルを消すこともできるということだったんだ。
光と闇。
相反する力の融合は、俺の能力の相反性にも訴求したんだ。
自身はスキルを自由に生成し、そしてこの剣で相手のスキルを斬って消滅させる。
それが俺の能力の全容だったんだ」
おそらく本来の俺の性質的に、スキルを斬る方が俺の本質だったのだろう。
だが、光の巫女の影響で先にスキル生成の方が開花した。
それがイリスのテコ入れと神滅剣の顕現によって、本来の形を得たのだろう。
「そ、そんな馬鹿な能力が、あってたまるか……」
「ホントにな」
これに関しては同情するよ。
まあでも、神をも滅する光である光の巫女と、それと相反する闇の帝王の力のふたつを融合させたイリス肝いりの存在だ。
それぐらいの破格の性能があってもおかしくないだろう。
「そ、それに、私は、貴方に斬られてなどいない。なのに、なのに……」
「ああ。どうやらこの剣で直接斬りつけるだけが『斬る』という概念ではないらしい」
「……は?」
「この剣が放つ光に触れても、それはこの剣に『斬られた』ということになるようだ」
「っ!」
傲慢がすでに治癒させた手を見る。
神滅剣を生成した際に発生した光。奴はそれを受けて手傷を負った。
そのときに、すでに奴の【先見の兆し】は斬られていたのだ。
「くそっ! なんなんだ!
そんなの、そんなのズルすぎるぞ!
そんなのおかしい!
私が……俺様が、俺様だけが孤高なる存在のはずなのにっ!」
傲慢の高貴だか高潔だかの仮面がどんどん剥がれていく。
その正体は醜い自尊心の塊だ。
……そして、準備は整った。
「さて、無駄話はもういいだろう。
周りを見てみろ」
「……は?」
傲慢が俺に言われて顔をあげる。
「……こ、これは……まさかっ……」
「そのまさかだ」
傲慢の周囲には、というより、この空間世界は神滅剣から放たれた光の粒で満たされていた。
まるで星の記憶のような、銀河の中に飛び込んだかのような。
黒いオーラで包まれた青白い光が、世界に溢れている。
「この剣から放たれた光に触れても、『斬られた』ことになる」
「や、やめろ。やめてくれ……」
傲慢がその場にへたりこむ。
すでにいくつかの光に触れた。奴の中のスキルが消え、その情報が俺の中に入る。
「おまえは完全吸収の能力で全てを奪った。神でさえも。
なら、今度は俺がおまえから全てを奪ってやろう」
なんだか悪役のようなセリフだが、奴の自業自得だから別に構わないだろう。
「や、やめてくれ……せっかく、せっかく集めたのに……俺が、私に、なれたのにっ」
もはや言っていることもよく分からないな。
まあ、今さら慈悲の心もない。
「……じゃあな。自分をさらけ出せ」
俺は周囲の光を操作し、それらを一斉に傲慢にぶつけた。
「やめっ! ……ぐわあぁぁぁぁぁーーーっ!!!」
世界に満ちた光が一斉に傲慢を襲う。断末魔のような叫び声が響き渡る。
だが、別にこの光を浴びたからといって死ぬわけではない。
この光は俺の能力の作用。
奴を完全に殺すには、やはり光の巫女の力を宿す神滅剣で直接斬らなければならない。
「……あ、ああ……』
「!」
光がやむ。
眩しいほどに輝き、瞬いていた世界が再び静かな白い空間に戻る。
『いやだ……なくなった……俺が、俺がなくなってしまったぁぁぁぁ』
「……それが、おまえの本来の姿か」
白い空間に小さな黒い光。
手のひらほどの小さな、小さなただの黒い光。
これが、傲慢の正体。
『何もない。俺には何もない……何もないから、奪うしかない。
奪うしか、なかったんだぁぁ』
「……」
黒い光から思念として声が届く。
単体では声を発することさえできないちっぽけな存在。それが傲慢。
奴の中にスキルはひとつもない。
「……【鑑定】」
『やめろぉぉぉ! 俺を視るなぁぁぁっ!!』
試しに奴を鑑定してみる。
さっきまでなら鑑定なんて通るはずもないが、今はいとも簡単に奴の全容を掴むことができた。
「……完全吸収だけ。
おまえの固有能力としてあるのはそれだけなのか」
『ああぁぁぁぁ……』
他者を吸収し、その能力と生命を我が物とする能力。
俺はスキルとして生成したが、こいつにはそれがもともとの能力として備わっているようだ。聖女の瞳術みたいなものだろう。
だが、それだけ。
こいつには、それだけしかないのだ。
自分自身は何も持たず、ただ他者から奪うことでしか何かを得ることができない。
自分では何ひとつ生み出せない存在。
傲慢か。
なるほど、よく言ったものだ。
その自尊心を保つために、他者から奪ったもので本当の自分を覆い隠していたわけか。
「……まさに、化けの皮が剥がれたわけだ」
小さな黒い光でしかない今の奴には完全吸収しかない。
そして、ここには俺以外何もない。
で、今の奴に俺を吸収することはできない。力の差がありすぎるから。
「同情なんてするわけがないな。
さっさと終わらせよう」
『ひぃっ!』
俺が神滅剣を構えて近付くと、傲慢は、小さな黒い光はフラフラと飛んで逃げた。
逃がすわけがない。
おまえは奪いすぎた。
神を失った世界が今も苦しんでいるんだ。
悪いが、さっさと消えてもらう。
「俺にはおまえを消したあとにやらないといけないことがあるんでなっ!」
軽く地を蹴れば傲慢にはすぐに追い付く。
その小さな黒い光を両断すべく、神滅剣を上段から一気に振り下ろす。
『ひいぃぃぃぃっ!!』
自分に振り下ろされる剣を見て、傲慢が怯え、悲鳴をあげる。
これで、終わりだっ!!
『こ、こうなったらぁぁぁっ!』
「なにっ!?」
光を真っ二つに両断したと思ったら、傲慢が急速に下降し、姿を消した。
神滅剣が空を斬る。
「どこに行った!?」
逃がした?
馬鹿な。今の俺から逃げられるわけがない。
落ち着け。
気配はある。
奴は、まだこの世界にいる。
……だが、どこに?
この白い何もない空間で逃げる場所など……。
「……いや」
あるじゃないか。
この『白い何もない空間』という存在が。
『ああ……ああぁぁぁぁ……』
「……そういうことか」
世界全体から響く傲慢の声。
声、というよりはもはや呻きだ。
『これだけはぁ、これだけは嫌だったぁぁ』
「……この空間世界そのものを完全吸収したのか」
生命でもなく、意思があるわけでもない、空間という存在を。
だが、そんな膨大で甚大な存在の塊を吸収すれば……。
『俺がぁぁぁ、俺でなくなるぅぅぅ』
「だろうな……」
傲慢という意思はこの世界空間という膨大な質量に溶け込んでしまう。
ここはただでさえアカシャが創った無限に近い容量の世界。いち個体の意識などすぐに消えてなくなるだろう。
『だがぁぁぁ、俺が、俺でなくなる、その前にぃぃぃぃ!』
「……なんだ?」
世界が揺れる?
傲慢にそんなことができるはずが……。
「……そうか。
異物を排除しようとしているのか」
アカシャによって組み立てられた高位空間。それは繊細に組み立てられた存在。
わずかな歪みさえも許されない完璧な空間。
だからこそ内側でどれだけ派手に暴れても崩れることのない究極的な空間になっていたのだ。
それが、奴の侵入で崩れた。
「!」
空間に亀裂が入る。
傲慢がわずかに残る意思で意図的に崩壊を進めているのか。
これはマズい。
このままでは、この空間世界が崩壊する。
「……自爆か」
『俺のものにならないのならぁ! ぜんぶ! 全部いらなぁい!
全部、壊れてしまえぇぇぇぇっ!!』