第三百三十二話 ふたつがひとつになって生まれたモノ
『……提案、とは?』
傲慢の未来予知によって、まさに窮地に立たされていた俺だが、イリスが頭の中で提案があると呼び掛けてきた。
どうせ避けられはしないのだからと、疑似時間停止によって思考時間、イリスとの対話時間を確保する。
『……この状況。今の影人さんでも打開するのは難しいと思われます』
『……その通りだな』
ほぼ全知全能。スキルもほとんどが生成可能。そして神への特効である光の巫女の力。
それらがあっても傲慢に敵わない。
奴に攻撃を当てることができず、奴の攻撃をかわすこともできない。
……結局、前の世界でも途中で仕事を放って死んでしまったように、俺はどこに行っても最終的には自分の役割をこなすこともできずに終わってしまう。その程度の器なのだ。
……だが、
『今回ばかりは諦めるわけにはいかない。
どうしようもないと死を受け入れるわけにはいかない。
それは世界の終わりだから。
それに何より、俺を信じて、俺に全てを託してくれた2人のためにも、俺は負けるわけにはいかないから』
約束したからな。
必ず再び再生すると。
『……』
『だから、もし何か手があるなら教えてほしい。何でもやる。
奴を滅ぼし、2人を再び再生する力だけ残してくれるなら、俺はどうなってもいい。
なんなら、あんたが復活したあとに2人を再生してくれるなら、俺の全てを捧げても構わない』
『……ふふ』
『?』
『ダメですよ。そんなこと、あの2人はきっと望んでませんから』
『……アカシャの方は、どうだかな』
『ふふ』
あいつはむしろ俺も消えるならちょうどいいぐらいに思ってそうだ。
『……分かりました。
ここは世界のため。2人のため。
神も未来予知も全てを切り裂く力を創るのに、私も全力を尽くしましょう』
『……全てを?』
切り裂く、ということは……。
『影人さんの持つ黒影刀と聖剣をアカシャの力を併用して、ひとつにするのです』
『……だが、それは出来なかったぞ?』
その2つの相反する力を1つにしてはいけない。
なぜか本能的にそう思って、俺はそれができないと思っている。
『……出来ない、と影人さんが思っているだけです。アカシャの苦手分野では? という考えもあるのでしょう。
ですが、その本質は危険すぎる力を影人さん自身が本能的に忌避しているからです。
ともすれば、自分も世界も壊してしまうから』
『……それほどか』
神をも切り裂く光の巫女の力はまだしも、黒影刀は闇の帝王のメイン武器というだけだ。
たしかに力は膨大だが、これにそれだけの力があるとは思えない。
そもそも闇の帝王自体が全ての創世神であるイリスではなく、それに次ぐアカシャとルルの制作なわけだしな。
……だが、俺がその2つをひとつにすることを避けているのもまた事実。
『闇の帝王は本来、光の巫女と対をなす存在。
今でこそ光の巫女はその特性から傲慢に対して攻撃的な扱いをしていますが、本来は悪しきを滅し、浄化するための力。
そして闇の帝王は深き冥き闇の力で、有無を言わせず全てを滅ぼし、闇に墜とす力。
それらは相反し、相剋する存在なのです』
『……』
イリスの創った光の巫女と対をなす力を、アカシャたちが創った? そんな馬鹿なことがあってたまるか。
『……あんた、闇の帝王の作成にも1枚噛んでるだろ』
でないと、そんなこと不可能だ。
子が、親と同等の力を創るなど。
『……アカシャたちは知りませんけどね』
『……あんたは本当に抜け目がないな』
『……全てを生み出した者として、私にかかる責任は重大なので』
『……』
この世に存在する全ての世界、生命、神を生み出し、悠久の時の中でそれを管理し、存続させるのは、いったいどれほどのことだろうか。
『……俺には到底無理だな。
そんな重圧、俺の肩には重すぎる』
『……だから、ですよ』
『ん?』
『いえ。
提案というのは簡単です。
私が影人さんの中に眠るアカシャの苦手意識とやらを取り払いましょう。
そうすることで影人さん自身の認識も変異し、光の巫女と闇の帝王の力をひとつにすることが出来るはずです』
そうか。
完全吸収していても俺の中のアカシャの能力範囲にはアカシャ自身の認識が適用されるのか。たしかに、本人以上に本人を理解している者はそういないだろうしな。
そして、イリスがその固定概念を壊す、と。
『……俺の中の、ただのプログラムでしかない今のあんたにそれが出来るのか?
それは、今のあんたにはだいぶ無理な方法なんじゃないか?』
『……』
それこそ、こんなギリギリになるまで提案してこなかったぐらいには。
『……貴方も、たいがいですよね』
『お互い様だ』
『ふふ。そうですね』
イリスは自嘲気味に笑う。
『答えは簡単です。
今の私の能力を超えたことをするには、ここにいる私の全てをかけなければならないからです』
『……消える、ってことか』
『はい。影人さんの中にいる、外に出している私は消え去り、私は名実ともに完全に休眠に入ります』
『……俺に、全てを託すと?』
『……』
イリスは、不安だったのだろう。
下手をすれば世界を滅ぼし、新たに世界を創り出すことさえ可能なほどの力を得た俺が。
同じ力を有する傲慢を倒すために必要とはいえ、いち個人にそれを持たせて手放すことが。
……おそらく最終手段として、俺の中にいながら、そんな俺をどうにかする方法もイリスにはあったのだろう。
それら全てを投げうって、完全に休眠に入ることになっても俺に全てを託すと……。
『……影人さんならば、それでも大丈夫だろうと判断しました』
『……買いかぶりすぎだ』
俺にそんな器はない。
もしかしたら、傲慢を滅したあとにアカシャを復活させず、休眠していて無防備なイリスを滅ぼし、自分が実質的な全世界の支配者になるかもしれないのに。
『……買いかぶりだと、貴方は真に思っているからですよ』
『……』
『自分はその器ではない。それほどの度量はない。
そう思う影人さんだからこそ、私は全てを貴方に託せるのです』
『……ふっ。あんたは、本当に人間の影響を受けすぎたな』
アカシャのように、そうするのが世界のための最適解だと算出したわけではなく、単純に、俺のことを信用してくれたということなのだろう。
『……本当に、厄介なことです』
イリスが苦笑する。
だがそれは、それを嫌がっているようなものではなく……。
『……約束する。
アイツをぶっ倒したら、俺はあんたが目覚めるまで世界を見といてやると。アカシャとともに、な』
原罪龍が終わっても、どんな良からぬ輩が出てくるか分からないからな。
『ふふ。頼りにしてますよ、世界の騎士さん?』
騎士、ね。
俺には大それた称号だな。
『……任せろ』
だが、信用には信用で応える。
それが信頼というものだ。
『では……』
「!」
途端、イリスの気配が消える。
頭の中で呼び掛けても応えはない。
イリスが、俺の中から完全に消えたのが分かった。
もう終わったのか。
「……」
だが、たしかに分かる。
アカシャがやりたがらず、俺が本能的に忌避していたあらゆる事項が解禁されたことが。
今なら、本当に何でも出来る……。
「終わりです!」
「!」
時が進み出し、傲慢が聖剣を振り下ろす。
こいつには、俺がそれを避けられないと分かっているのだろう。あるいは、避けても即座にそれに対応して俺を斬るのだろう。
もしかしたら、これから俺がすることさえ視えているのかもしれない。
……いや、なんとなくだが、それはないように思う。
傲慢は俺の中にいるイリスのことを認識できていない。
未来予知といっても完全ではなく、傲慢本人が認識していない事項に関しては完全に読み取れないのだと思われる。
ならば、俺のやることは傲慢の攻撃を受けることでも避けることでもない。
やることはひとつだ。
「……スキル生成【聖魔合成】」
「……何?」
傲慢が顔を歪める。
おそらく、そんな未来は視えていなかったのだろう。
両手にそれぞれ持つ黒影刀と聖剣が互いに引かれ合う。
両手を合わせるように黒影刀と聖剣を重ねると、黒く青白い光を放ちながら2つがひとつになっていく。
「ぐ、う……」
まるで逆磁気の強力な磁石をくっつけようとした時のような、とてつもない反発力。
少しでも気を抜けば俺の腕ごと弾き飛ばされそうだ。
一分のズレさえ許さない究極的に繊細な魔力コントロール。
これは、アカシャどころか俺も無理だと思いかねない。
だが、今ならできる。
無理、という概念をイリスが取っ払ってくれたから。
出来ると確信している。
「チッ! させませんよっ!」
驚いて動きを止めていた傲慢が再び振り上げていた聖剣を振り下ろす。
「……残念だが、もう出来た」
「なにっ!? ……ぐわっ!!」
ひとつになった力が強力な光を放つ。
黒くて青白い光。
傲慢はその光に弾き飛ばされて吹き飛んだ。
いや、自分から飛んだのか。
その光の直撃はあまりにも危険だからと。
「……な、なんなのです。その剣は……」
傲慢の腕が焼け焦げている?
さっきの光がかすったのか……かすっただけで、そのダメージなのか?
持っている俺には一切のダメージがない。
それに、融合させる時の反発感も今はもうない。
それどころか、始めからこの形だったかのような、分かれていた2つが元の姿に戻ったかのような、しっくり来る感覚さえある。
ベースは黒影刀か。
その周りを聖剣の青白い光が覆い、さらにその上に黒いオーラが漂う。黒影刀の刀身に光る星の輝きも強くなっている。眩しいぐらいだ。
これは、万物を切り裂く光だ。
世界そのものを、あるいはそれを管理する神をも。
あまねく全てを斬る、刀であり剣。
まあ、ここは聖剣を立てて剣とするか。
「……神滅剣」
世界に頂点に君臨する俺たちを、殺すための剣だ。