第三百三十話 やられたらやり返し、そしてまた。
『はい。殺った』
傲慢の念話が俺の真上から送られてきた……と俺が認識した瞬間、奴は俺の直上に現れていた。
見なくとも、俺の頭の真上に奴の聖剣があるのが分かる。
死の予感。
上を向いている暇はない。
瞬間転移も間に合わない。
貫かれるっ!
せめて致命傷は避けなければ。
「くっ……はあっ!!」
俺は無理やり体をねじり、真上から突き下ろされる聖剣の狙いを少しでもずらそうとした。
「ぐあっ!!」
そのおかげで脳天を貫かれることは避けたが、代わりに右腕を肩から切り落とされてしまった。
「くそっ」
そこから急いで瞬間転移で距離を取る。
「くっ……【完全治癒】」
失った腕をスキルですぐに再生させる。
腕は何事もなかったように元通りになった。
「……く」
が、内に蓄積するダメージは一気に増えた。
拭えない痛みが体の内にズシリとのしかかる。
かなり手痛いダメージを受けてしまった。
これ以上のダメージはマズい。
「……ふふ」
「!」
再生の隙に追撃してくるかと思ったが、傲慢は不敵な笑みを浮かべて腰を屈めた。
そして、そこに落ちている俺の切り落とされた腕を拾い上げる。
「マズいっ!」
その手には聖剣が握られたままだ。
オリジナルの光の巫女の力を顕現させた聖剣。あれを取り込まれるわけにはいかない。
「消えろっ!」
慌てて聖剣を遠隔で顕現解除すると、聖剣はサラッとほどけるように霧散した。
「おやおや」
傲慢はいささか残念そうな顔を見せたが、すぐにそのまま構わず俺の腕を口元に運んだ。
「あー、ぐっ」
「……ちっ」
そして、それをそのまま口に突っ込むと、俺の腕を一気に飲み込んだ。
「ふふ……うまいっ! 美味です!」
「……」
目を閉じ、恍惚とした表情。興奮を伴う喜び。
色欲と暴食の性質が混ざったか。
俺は奴が目を閉じた一瞬で自分の影をチラリと見やる。
「うーむ。しかし残念です。
あなたの一部とはいえ、すでに再生がなされたあとの残滓ではなんの能力も残っていない」
「……」
どうやら肉体の一部を取り込むことで俺の能力の一部を削り取ることがメインの目的だったようだ。そんな馬鹿な真似はさせないが。
何らかの能力を奪われても再び生成すればいいだけだが、みすみす奴に新たな力を渡すこともないだろう。
「それに思念体だから物理としての肉でもないのも残念なポイントではあります、が、貴方の魔力が残った肉体はやはり美味です!
これは何としても貴方を全て頂かないとですねぇ!」
「……他の性質が混ざって下品になったな」
「ふふふ。何を世迷い言を。私ほど高貴で高潔な存在はありませんよ!」
「……」
人格が不安定。かつ自覚もない、か。
傲慢としての外面は保ちつつ、その内部では多種多様な性質が入り交じって混沌としている、といった感じか。
どうなるか分からない不安定な存在。
気分ひとつで何をするか分からない。
やはりこいつはここで倒しきるしかない。
「さて。では、そろそろ再開しましょうかぁ」
「……スキル生成【念話無効】」
「おやおや」
奴が動き出す前に対策をしておく。
奴は、俺が奴の存在を認識した場所に転移することが可能。それはもはや転移ではなく、新たに奴がそこに発生するような状態だ。
その速度に対応しきるのは難しい。
そしてそれは声だけでなく念話をスキルで飛ばすことでも可能なようだ。
ならば、どうせ念話を使う相手もいないのだから念話自体使えなくしてしまえばいい。
さらにオフにしていた【聴覚封印】もオンに。音が拾えないのは不利だが、目と感知を使えば十分カバーできる。
気付けない速度で背後に回られるよりはマシだろう。
「ふむふむ。私の存在を認識する手段を自ら封じることで【認知移送】を封じますか」
「……」
どうやら奴の使っていた技は【認知移送】というらしい。
声は聞こえないが口の動きで言葉は分かる。もっとも、それは奴と対面している今だけだが。
「では、次は別の手を……」
「……」
別の手か。次は何を……。
「……!」
突然、背後に魔力。
人型。強大。
まさか、また転移を?
いや、奴はまだ俺の視界に……。
だが、この魔力は間違いなく奴の……。
「と、思いましたがもう一度だけやっておきましょう」
「しまっ……」
背後に現れた魔力が傲慢そのものだと俺が認識した瞬間、前にいた傲慢は消える。
「生成、聖剣」
「ぐふっ!」
俺がそれに気付いた瞬間、俺は背後から貫かれていた。
心臓をひと突き。
それも聖剣で。
確実に致命傷。
「これで臨界点は越えたでしょう」
傲慢の勝ち誇った声。【聴覚封印】が解除されている。そこまで回す余力がない。
「あははははははっ!! 油断しましたねぇ!
私と同じ形の魔力を背後に出現させるだけで、貴方はそれを私と認識してしまった!
別に声である必要はないのですよ。貴方が、私がそこにいるという認識さえあれば、私はそこに跳べるのですからぁ!」
傲慢の嬉しそうな声。
勝ち誇った余裕に溢れたご丁寧な解説。
言い終わると同時に、傲慢が勢いよく聖剣を引き抜く。
「ごふっ」
胸を貫いている剣を一気に引き抜かれ、俺が口から血を吐く。
うむ。じつに痛そうだ。
「……ん?」
傲慢がそこで異変に気付く。
早いな。完璧に作ったはずなんだが。
「……思念体とはいえ肉体を模している以上、傷口からも出血してもいいはずですが……?」
ああ。そうか。
普通は体を貫かれた剣を抜かれれば、そっちからも出血するんだったな。
やはり即席では作り込みが甘いか。
本格的にバレる前にやるか。
「……生成、聖剣」
「なにっ!?」
俺の声に傲慢が驚いた様子で俺の足元を見る。
胸を貫かれ、力なく項垂れる俺の影から、青白い光を放つ聖剣が飛び出す。
「なっ!」
傲慢は驚いて後ろに跳ぶが、逃がしはしない。
影から飛び出した聖剣。それを持っているのは俺だ。
影から飛び出し、そのまま傲慢に激突する。聖剣の切っ先を奴の胸に向けて。
「く、っそっ!」
傲慢が慌てて転移しようとする。
ギリギリ間に合わないか?
思ったより気付かれるのが早かったから。
「い、っけぇっ!!」
だが、このチャンスは逃さない。
俺は聖剣の先端を伸ばした。
伸びた剣が、奴が転移するより先に奴に届く。
「ぐぅっ!!」
聖剣が奴の胸を貫きかけた瞬間、傲慢は転移で逃げた。
「……ちっ。浅かったか」
ダメージは与えたが、貫くまではいかなかったか。
「……おのれ。影で擬態を作り、その影に潜っていたのか。クソがぁっ!」
ずいぶん距離を取ったな。
かなり遠い所に転移した傲慢が胸を抑えながら呻くようにこちらを睨み付ける。
奴が俺の腕を喰って目を閉じた隙に、俺は影で作った俺の擬態と入れ替わった。
「おいおい。キャラがぶれてるぞ。
プライドさんの高貴で高潔なキャラを忘れるなよ」
「五月蝿いっ!!」
真っ赤な顔で体をわなわなと震わせる。
かなり不安定だ。
だが、揺さぶりが効くのは助かる。
奴は相当遠くに転移した。
この距離は奴が俺を脅威に感じた距離。恐れた距離だ。
やはり、オリジナルの光の巫女の力による聖剣での攻撃は奴に対して特効がある。
奴は、それを極端に恐れている。
「ぬうぅぅぅ」
胸の傷はとっくに塞がっているが、奴の中にダメージが蓄積したのが分かる。
向こうもこちらと同じだ。
聖剣によるダメージが臨界点を越えれば、奴を倒せる。
「……ふは」
「ん?」
さっきまで悔しそうに唸っていた傲慢がうつむいた。
「ふはははははははっ!!」
「……」
かと思えば、今度は天を仰いで笑いだした。
精神がブレブレだな。
「……ふう。
やれやれ。私としたことがつい熱くなってしまった。
高貴で高潔なプライドたる私は常に優雅でなければ」
傲慢はさっきまでの醜態がなかったかのように額の汗を飛ばし、優雅に振る舞ってみせた。
精神性が不安定すぎてこちらがついていけなくなるな。
「……さて」
「!」
冷静になった奴がこちらに目を向ける。
奴の纏う空気が変わった。
ギアを、変えた?
油断は禁物……。
「……!」
奴は、スタスタとこちらに歩きだした。
ゆっくりと、優雅に。
「……」
何の小細工もない。
装備も解除している?
今の奴は、怠惰の鎧も聖剣も装備していない。
「ふんふんふーん」
何もない素の状態で、鼻歌を口ずさみながら、こちらにのんびりと歩いてくる。
白い衣を身に纏い、高貴な、神のような振る舞いで。
「……」
今度は、いったい何をしてくるつもりだ。