第三百二十九話 傲慢の不遜
天をも穿つ長大な聖剣。
嵐のような攻撃を仕掛けてくる傲慢に向けて、俺はそれを一気に振り下ろした。
「むんっ……て、おわっ!」
この大きさだ。
重量もかなりのものだろうと気合いを入れて振ったら、聖剣はいとも簡単に倒れ、勢いよく傲慢に向けて落ちていった。
「は? なっ……ぐあっ!!」
傲慢もあまりの速度に驚いたようで、防ぐ間もないまま巨大な聖剣の塊が奴を囲う青白い光の嵐ごとぶっ叩いた。
剣を振った、というよりはただ棒を倒したような形になったな。
これだけ長大なのに軽すぎだ。
デカいのは見せかけだけで、子供の頃に新聞紙で作った剣を振り回すかのような軽さだったぞ。それなのに本体の重さは実はあって、傲慢は巨大な柱の倒壊を直接その身に受けたような感じだ。
軽いと思ったのは、俺の感覚のせい?
『それが聖剣の本来の性質です。使用者には羽のように軽く。しかし相手にはその何万倍もの重量に感じられる。
そもそも光というものに重さはありませんからね。
本来はその比率さえ影人さん自身が決められるのですが、今回は聖剣自身がそれをサポートしたのでしょう』
『……聖剣には意思があるのか?』
オリジナルに不慣れな主を手伝った?
『いえ。明確な意思などというものはありません。ただその場に適した状態に対応しただけです。
……そうですね。文字入力の予測変換機能に近いものかもしれません』
『ああ、なるほどな』
AIというほどでもない。使用者をサポートする機能ってところか。
考えてみれば、フラウが取り回ししやすい大きさになっていたり、傲慢の攻撃を防いでも形を保っている出力にしていたりと、フラウが意識的にそこまで精密なコントロールをしていたのかと言われると疑問を抱くこともあった。
無意識的にそのサポート機能によって出力調整されていたわけか。
『今回、アカシャや影人さんの力と融合したことで力の枷が外れ、聖剣も少しやりすぎたのでしょう。影人さんならこれぐらい無茶しても扱えると判断されたのだと思います』
『……それは光栄だが、これだけデカすぎると扱いにくい』
『あくまでサポート機能ですから、影人さんが意図的に出力を変えれば形態変化は如何様にも可能ですよ』
『そうなのか』
俺はイリスに言われた通りにいまだ倒壊中の聖剣に黒影刀ほどの普通の大きさの剣になるよう念じた。
すると、聖剣はしゅるしゅると縮み、あっという間に手に馴染む振りやすい大きさになってくれた。
「ふむ。やはりこれぐらいがちょうどいい」
普通の剣の大きさになった聖剣を数回振り回す。
たしかに、羽のように軽い。それなのに振るときちんと重さを感じて、剣として振っている感覚はある。それなのに普通の剣を振るような肉体的な疲労感はない。
まさに使用者にとって都合が良すぎる剣といった感じだ。
「……というか、傲慢は大丈夫なのか?」
猛烈な勢いで倒れていった聖剣は傲慢を包む嵐ごとぶった斬った。
今はその嵐が吹き飛ばされた影響で現場はぐちゃぐちゃになっている。魔力が無理やりかき混ぜられていて目視でも感知でも傲慢の現状が分からない。
「……さすがに今ので倒せていたりは……」
「しませんね」
「……だよなっ!」
突然、背後から聞こえた声。
俺は振り向きながら聖剣を振る。
その間合いほど近い場所に、奴の声はあったから。
「おっと」
しかし、俺が剣を振りかけた時にはすでに傲慢はバックステップで下がっていて、聖剣は空を切った。
「その剣では聖剣化された怠惰の鎧でも不安ですからね。やはり回避が望ましい」
「……当たる前に避けていたか」
どうやら先ほどの巨大な聖剣の倒壊は避けられていたようだ。紫雷や黒炎や牙の嵐で身を隠し、自身はいつの間にか俺の背後へ。
「……」
いつの間にか? いつにだ?
今の俺の眼や感知をかい潜って、こいつはどうやって俺の背後に回った?
しかもあんな近くに。
あんな、剣の間合いに入られるまで気付けなかった?
……何かがおかしい?
「ふふふ。なぜ突然に背後を取られたか不思議ですか?」
「……」
悠然と笑う。
この余裕はなんだ?
奴を上回るオリジナルの光の巫女。イリスに準ずる神であるアカシャ。
それらを吸収した俺と相対して、なおその余裕。
能力でいえば間違いなく俺は奴を上回っている。それなのに、なぜか奴を圧倒できる感じがしない。
「なぜでしょうねぇ」
「!」
再び背後から声。
今度は息がかかるほどの、背中のすぐ後ろ。
「くっ!」
「おっとっと」
俺は焦りながら聖剣を振る。が、傲慢はその時にはもう間合いの外に。
「……読心?
いや、違うな。そんなものじゃない」
そもそも奴と同レベルかそれ以上の存在になった俺の考えを奴が読めるはずがないのだ。
「私は、貴方より少しだけ力の使い方が上手いんですよ」
「っ!」
再び声が。今度は、俺の目の前。
「生成、聖剣」
「ぐっ!」
奴の手に聖剣が現れる。その手の先は、俺の腹だ。
現れた奴の聖剣が俺の腹部を貫く。
「ちっ!」
俺は自分の聖剣を振って奴の聖剣を切断。すぐに下がって奴と距離を取る。
「う……はぁっ!」
俺は刺さったままの聖剣の剣先を引き抜いて捨てた。
「はぁはぁ……」
傷はすぐに再生したが、鈍い痛みを感じたのは確かだ。
「ふむ。やはり一撃入れただけではすぐに吸収できませんね」
怠惰の鎧を身に纏った傲慢が再び聖剣を顕現させる。
奴の武器と防具は全てに聖剣化が為されている。さらに、それら全てに完全吸収の効果がある。
本来ならば一撃必殺の奴の技だが、今の俺はどうやら即時吸収されることはないようだ。
「……」
だが、貫かれた腹に鈍い痛みが残っている。
ダメージとして確実に俺に蓄積されている。
治癒、再生、復活の類いのあらゆるスキルを生成し、常時発動させている俺に継続する痛みを。
そんなことが出来るのは神への特効がある聖剣だからだろう。
「そのダメージの限界が訪れた時が、貴方の最期ですよ、影人さん」
「……」
とりあえず触れただけで即死ではないだけマシと思うべきか。
人間の時と同じだ。致命傷を受けてはいけない。
全知全能、万能の神の力を得たからと油断してはいけない。
やることは昔と同じ。
油断せず、全力で敵を倒す。
ただ、それだけだ。
「ふふ。いいですね。
その眼。その覚悟。
そのプライド!
私のプライドと貴方のプライドのぶつかり合い。
どちらも攻撃を受ければ大ダメージ。
やはり戦いはこうではないと面白くない!」
「……よくしゃべる」
傲慢らしくない発言にも思える。
圧倒的な力で一方的に相手を倒して優越感を得る。
俺がイメージする傲慢はそんな奴だが、今の奴は何やら、俺との戦いを楽しんでいる節さえある。
「ああ。だが羨ましい。妬ましい。
オリジナルの光の巫女にイリスに次ぐ最高位の女神。
私が欲しかったものを先に吸収してしまうなんて! それらは全部、私のものなのにっ!」
「……」
こいつ。
『どうやら他の原罪龍を吸収したことで自身の性質が揺らいでますね。
自分の在り方の変容に自身が気付いていないようです』
……不安定な存在か。
「……それを」
「ん?」
傲慢の姿が一瞬ブレる。
「私にください」
再び背後から声。
「なっ!」
俺は今度は剣を振らずに視線の先に転移した。奴がさっきまでいた場所だ。
「つっ!」
背中を少し斬られたか。
また鈍い痛みが俺に蓄積する。
逃げに徹していなければもっと斬られていた。
アカシャの瞬間転移がなければさらに。
「ふーむ。惜しい」
傲慢はのんびりとした口調で剣先についた俺の血を眺めていた。あれは怠惰か?
「……」
だが、違和感はより強くなる。
奴が消える前、奴の姿がブレた感覚を感じた。だが、背後から奴の声が聞こえたとき、まだ俺の視界に奴は存在していた。
奴は俺の眼前に存在していたのに、奴の声は俺の背後にあった。
そして、俺がその声を認識した時には、奴はすでに俺の背後にいた?
……どういうことだ。
奴の声が聞こえた時、奴は間違いなくまだ俺の視界の中にいた。
だが、俺がその声にハッとなった瞬間には奴は消えていて、俺が瞬間転移で逃げる前に奴の剣は俺の背中を斬った。
分身?
また極小の分体を?
いや、今の俺はそれさえ感知するし、視ることも出来る。
それに、今の俺を相手に自分を分けるような余裕は奴にもないはずだ。
やはり何かタネがある。
「ふふふ。いいですね。
困惑。焦り。恐怖。
貴方の心が感じるさまざまな感情。
いかにも人間って感じで、私は好きですよ」
「っ」
傲慢が剣先についた俺の血を舐めとる。
顔は紅潮し、興奮しているのが分かる。
色欲、か。
「さ。次にいきましょう……」
「!」
再び奴の姿がブレる。
「……か」
「ぐあっ!」
そして声。
今度は避ける暇さえなく腕を斬られる。
傷は浅いがダメージは溜まる。
「く、そっ!」
「おっと」
謎が解けるまで防戦ではダメだ。
俺は剣を振り、反撃に出た。
奴はそれをひょいと避けると俺から距離をとった。
いや、距離をとることに意味はない。奴は瞬時に俺の間近に移動できるのだから。
「……」
だが、奴はさっきからなぜそれを俺に教える?
いつも、奴の声が聞こえた瞬間に奴が俺の背後にいた。
不意を突けばとっくに俺を吸収できていただろうに。
俺との戦いを楽しむため?
違うな。原罪龍の影響の受けているとはいえ、奴の本質は極めて狡猾だ。
……声、か。
「……スキル生成……」
「おっと。余計なことはさせませんよ」
傲慢の姿が再びブレる。
「……なっ!」
だが、奴が俺の背後に現れることはなく、傲慢は元の場所にいたままだった。
「……やはり、俺の認識に呼応していたのか」
「……音を潰したのですね」
奴がなんて言っているのか分からない。
俺が生成したスキルは【聴覚封印】。
スキルを発動している限り俺は耳が聴こえない。
「声だけをスキルで俺の背後に飛ばしていた、といったところか。
そして、その声を聴いておまえが俺の背後にいると俺が認識したことで、おまえは俺の背後に瞬間転移できた。
だから、声がしてもおまえはまだ俺の前にいたんだ。
俺が、おまえが俺の背後にいると認識することで、おまえは自分をその位置に飛ばしていたわけか」
回を追うごとに奴の挙動が速くなっていたのも、俺がパターン化されたそれを認識するのが早くなっていたから。
俺がそこにいると感じた時にはもうそこにいる。
それはもはや速さなどではない。
瞬間転移なんかよりもよほど厄介だ。
「ははははっ。正解ですよ。
なかなかに優秀じゃないですか」
聴覚を封印しているから奴がなんて言っているかは分からない。だが、愉快そうに笑っているのは分かる。
おそらく正解だったのだろう。
「……」
だが、それで奴の瞬間移動を封じることが出来たとは思えない。
声でなくてもいいのだ。
俺が、奴がそこにいると認識しさえすれば。
声、以外に俺がそれを認識する方法は……。
『言葉など、いろんな伝え方があるものですよね』
そうして、奴の声は俺の頭に直接響いてきた。
念話。強制的に。一方的に。
わざわざ方向を指定して。
『しまっ……』
念話が送られてきたのは、俺の頭上から。
無駄に強化された俺の感知能力は、奴が送ってきた念話の位置さえ特定してしまう。
『はい。殺った』
俺がそれを認識した時には、奴の聖剣の先端は俺の頭の直上にあった。