第三百二十八話 真の聖剣をその手に
「提案、とはいったいなんだ?」
この切迫した状況で何をどうしようと……。
「ここはもう、影人さんに私とフラウちゃんを吸収してもらうしかないかとー」
「……」
「ええっ!?」
アカシャの提案にフラウが驚く。
「……本気か?」
自らの肉体を、魂を俺に委ねると?
「はいー。もはやそれしか手はないかと~」
「……たしかに、な」
口調は軽いが、どうやら本気のようだ。
アカシャがフラウにやろうとしていたこと。傲慢が俺たちに今まさにしようとしていること。
完全吸収。
その能力も魂も、存在の全てを我が物とする能力。
吸収された者の生命をも。
俺にそんなことは出来るのか? とも思ったが、愚問だったな。出来るスキルを創ればいいだけなのだから。
「……だが、それならば俺よりもあんたの方が俺たちの能力をうまく使ってくれるのでは?」
さっきは信用ならないなどと言ったが、この状況ではやはり、より傲慢を倒せる可能性の高い者がやるべきだろう。
正直、俺に最高位の神の能力を使いこなせるとは思えない。
「大丈夫ですよ~。完全吸収すれば、私たちの能力の使い方は勝手に理解しますから~」
「……」
どうやら俺の懸念はお見通しのようだ。
「それに、私じゃやっぱり無理なんですよ~」
「なぜだ? 聖剣も使っていたし、あんたもスキルを創ることは出来るんだろ?」
転生者に強力なスキルを与えていたわけだしな。
「いや~、ネタバラシすると、私自身はそんなにすごいスキルを創るのが得意じゃなくて~、転生者にあげるスキルは主にイリスに創ってもらったものをルルが選別したものなんですよね~」
「そうなのか?」
「はいー。ルル曰く、私はスキルを創って選別するセンスが絶望的らしくてー、転生者にどんなスキルを与えるかはルルが『世界調整』でバランスを観ながら、その時に必要なスキルを与えていたらしいですー。
ようは、私はただの操り人形だったわけですねー」
「……生みの親が子の操り人形になるなよ」
「たはは~。返す言葉もございませーん」
まったく響いてないな。
そういや、こいつはこういうヤツだった。
そのことも、単にその方が効率がいいから、ぐらいにしか考えていないのだろう。
「それに聖剣に関しても、私にはこれが限界みたいですー」
「!」
アカシャは聖剣を顕現させる。
そして、それをすぐに消すと持っていた手のひらを俺に見せた。
「……火傷?」
その手はまるで人間が火傷をしたかのように爛れていた。
「はいー。神への特効を持つ聖剣。まさにその神ど真ん中である私には持ってるだけで『こう』みたいでしてー」
その火傷はすぐに再生して治ったが、持つだけでそれだけのダメージを受けるとは。
「というか、光の巫女というシステムを創ったのもあんたなんだろ? 自分で創った機構に自分がそこまでやられるのか?」
自分で自分の首を絞めるようなものだろ。
「いやー、これまたネタバレですけど、光の巫女の原型を創ったのはイリスなんですよー」
「そうなのか?」
「はいー。イリスは光の女神でもありますからねー。それに、いつか訪れる自分の悪しき落とし種を滅するために、神をも滅する光は必要だって考えてたらしいですー」
「……なるほどな」
全ての世界の造物主で、全ての神の頂点に君臨するイリスだからこそ、神をも滅する光を宿す光の巫女というシステムを創ることができたわけか。
「よくそれを、人間なんかに託したものだな」
ともすれば自身さえ滅ぼしかねないほどの強力な力。それを、人間なんかに……。
「んー、影人さんが思うほど、人間は醜い生き物でもないってイリスは思ってるんだと思いますよー」
「……」
『そうなのか?』
『……』
俺はイリス本人にそれを尋ねてみた。
『……もしもそれで世界が滅びたり、私自身が危険な目に遭うようなことになったりしたら、それはそれで、そういう運命だったのでしょう』
『人間を試したわけか』
『どうでしょう。
あるいは、私に影響を与えるほどの信仰を捧げる存在を信じてみたくなったのかもしれません』
『……あんたも存外危なっかしいことするよな』
まるで、自分が滅びることさえ自然の摂理の一部であるかのように。
『ふふ。でも、今こうして光の巫女は傲慢と対峙してくれている。それが答えなのではありませんか?』
『……まあ、な』
フラウを選んだのはルルだろうか。
あるいは、こうなることさえイリスには視えていたのかもしれないが。
「影人さーん。イリスとのんびりお話してるんですかー?」
「ん? ああ。なんだったか。
そうか。聖剣の話だったな。
あんたは聖剣のコピーを持つだけでそうなるみたいだが、俺はべつに何ともないぞ?」
つい自分の中のイリスと話し込んでしまった。
俺はアカシャと同じように聖剣を出してみるが、特に持っている手に違和感は感じない。たしかに少しだけヒリヒリするような気もするが、アカシャほどではない。
俺も、いわゆる神の領域とやらに足を踏み入れたはずなんだがな。
「それは影人さんが私と違って人間で、やっぱりまだその人間の感覚を引きずってるからなんだと思いますー。
本質的には神でも、自身の本来的な感覚が人間だから聖剣の特効が緩いんでしょうねー」
「……プラシーボ効果みたいなものか」
そんな思い込みなんかで……とも思うが、俺のスキル生成の能力も自分が思う限界に沿って生成できるスキルが決まっているように、自分の認識が自分の世界を決めることは往々にしてあるのだろう。
「ま、そんなこんなで、結局はオリジナルの光の巫女の力を引き出せて、かつスキル生成を効果的に扱える影人さんが適任なんですよー。
フラウちゃんは完全吸収を使えないですしねー」
「……」
たしかに理論上はそうだが、
「……だが、完全吸収されるということは本質的に死ぬってことだぞ。あんたはそれでいいのか」
アカシャ自身が、完全吸収されれば魂も意識も消えて死ぬんだと言っていた。
「いいですよー。べつに傲慢を倒したあとに復活させてくれればいいですからー。
魂と意識とをまとめて吸収すればその記録が影人さんの中に残りますからねー。すべてが終わったらそれを再び再生してくれれば元通り!」
「……」
呑気にVサインなんかしているが、一度失われた魂を再生したとして、それは果たして本来の自分なのかという議論は昔から俺のいた世界ではされているわけで。
たとえばワームホール転送で一度分解されて再構成されたら、それは果たして分解前の自分と同じなのかとか……。
「まー、人間は小難しいことをごちゃごちゃ考えるもんですよねー。べつに喪失した時点の魂を再生させれば、まごうことなくそれはその人であることに間違いはないはずなのに」
「……まあ、な」
「だから私は気にしないですよー」
俺の考えなんてとっくにお見通し、か。
「ご主人様……」
「……フラウ」
今までの話を聞いて、フラウはどう思うのか。
「早く私たちをどうぞ!」
「お、おおう」
いや、微塵も懸念がないみたいな顔してらっしゃる。
「私にはちょっと難しくてよく分からなかったですが、また生き返らせてくれるし、ご主人様の力になれるなら何の心配もありません!」
「……」
完全に信頼しきっている顔をしているな。
すべてが終わったあと、俺が再びふたりを再生させるか分からないのに。
そもそも、傲慢に勝てなければもう復活することも……。
「まー、そもそも傲慢を倒せなければ全部終わりなんですから。もう賭けるしかないですよー」
「……そうだな」
ふたりとも、いっそ清々しいほどに決意を固めていた。
どうやら迷っているのは俺だけだったようだ。
「さあ! お待たせしました!」
「!!」
話をしているうちに傲慢の方の準備が整ったようだ。
「うわーお。とんでもないですねー」
傲慢の周囲は青白い光に包まれた嵐となっていた。
攻防すべてが聖剣化されたヤツを、もはや今の俺たちではどうすることもできない。
「さ。影人さん。さっさとやっちゃってください。早くしないと皆死んじゃいますよー」
それは文字通り、比喩なんかじゃなく、な。
「ご主人様。また、お会いできるのを待ってますね」
「……フラウ」
「わぷっ」
フラウの頭を撫でる。
柔らかな髪は心のささくれを丸くしてくれる。フラウを安心させるためにしていたことだが、本当に安心していたのは俺の方だったのかもしれない。
「……スキル生成【完全吸収】」
俺は創ったそのスキルをそのまま発動させ、フラウの頭にのせた右手でそれを使った。
「……必ず復活させる」
「はいっ!」
その元気な返事を最後に、フラウはその場から姿を消した。
「じゃ、私もお願いしまーす」
「……最後まで軽いな」
「え? 私もお涙頂戴した方が良かったですかー?」
「……全部が終わったあと、フラウだけは復活させるから心配するな」
「ちょおっ! 私はー!?」
「【完全吸収】」
「わー」
……最後まで調子の軽いヤツだ。
だが、おかげでだいぶ気は抜けた。
「……やれやれ。【完全吸収】さえやってのけるとは」
「……」
傲慢の姿は青白い光を放つ嵐に囲まれていて見ることはできない。声だけが鮮明にこちらに届いてくる。
「まあ、貴方ひとりを吸収すれば良くなったのだと思えば手間が省けるというもの。
文字通り、最終決戦を始めるとしましょうか」
「……よく喋る」
俺は右手を構えた。
ふたりを吸収した瞬間に俺は全てを理解した。ふたりの能力の全てを。
おそらく、フラウ自身でさえ扱いきれていなかった、光の巫女の力さえも。
自分の中で、力のタガが外れたのが分かる。
俺の中の常識の枠が消え去ったのが。
今の俺に、出来ないことはないだろう。
「……生成、聖剣」
構えた右手に聖剣を顕現させる。
オリジナルの、全力のそれを。
「……はは、これはすごい」
傲慢が天を見上げるのが分かる。見なくても。
真白な何もない天を貫く長大な聖剣。
「……空に、ヒビが」
その聖剣の先端の空間にヒビが入っている。
アカシャの創り出した無限の何もない空間にさえ干渉する力。これが、オリジナルの光の巫女の本領。
「……その力、是非とも我が物にさせていただきましょう!」
嵐が動く。
聖剣化された紫雷、黒炎、牙。
それら全てが俺を喰らわんと襲ってくる。
「……いくぞ、ふたりとも」
俺はそれに向けて、天を穿つ聖剣を振り下ろした。