第三百二十七話 誤算
「えーい!」
先にその刃を届かせたのはアカシャだった。
その手に持つ聖剣が青白い光とともに傲慢の怠惰の鎧に降りかかる。
「そんなものっ!」
「くっ」
しかし、傲慢が怠惰の鎧の力を噴出させると、アカシャの聖剣は跳ね返されてしまった。
「固いですね~」
アカシャは痺れる手を振りながら怠惰の鎧を見つめる。鎧には少しだけヒビが入っていた。
「ここはオリジナルで押し切るしかないですね、フラウちゃん!」
「はいです!」
ダメージは入るということを確認したアカシャがフラウに呼び掛けると、すでに飛びかかっていたフラウがアカシャのよりも一回り大きな聖剣を思い切り振り切った。
「いけー!」
「ぐっ!」
フラウが振った聖剣が傲慢の怠惰の鎧を通過する。
オリジナルの光の巫女の聖剣を受けた鎧は、
バキィィンッ!!
という音をたててボロボロと崩れていった。
「ちっ!」
鎧を壊された傲慢は、しかしすぐに再び鎧を再構築していく。
そのスピードは早く、剣を振り切ってすぐのフラウや、手が痺れているアカシャが2撃目を放つ前に再形成が完了しそうだった。
「くぅ。再構築が早すぎますよ~」
「くっ」
フラウがすぐに身を転じて再び聖剣を振るおうとするが、明らかにそれよりも早く鎧は再び完成する。
そして、それと同時に復活した暴食の牙がふたりを襲う。
これではフラウが再び鎧を壊しても、そのあとすぐにふたりが喰われてしまう。
「ふはははっ! あと一手足りませんでしたね~」
傲慢が勝ちを確信したように笑う。
だが、ふたりが間に合わないと言うのなら……。
「まだ、俺がいる」
「なにっ!?」
俺はフラウの足元から姿を現した。
その手には聖剣の最後のひと振り。
よくお世話になっているスキル【影追い】でフラウの足元の影に転移したのだ。
「はぁっ!」
怠惰の鎧が再構築される寸前で俺の聖剣は傲慢の体を斬った。
「ぐっ……」
「ちっ。浅かった」
斬ったはいいものの、刃の入りが浅くて肩から腰にかけてわずかに傷が入っただけだった。
「ふんっ!」
「おっと」
再び怠惰の鎧を再構築した傲慢が暴食の牙で反撃してきたので後ろに下がる。
「はいっ、と」
フラウたちと合流すると、アカシャが俺たちを連れて転移し、傲慢と距離をとる。
周囲の雷炎の嵐はいつの間にか収まっていた。
「ダメージはあったみたいですが、そこまで特効ってほどではないですねー」
アカシャがすでに再生し終わった傲慢の傷を見つめる。
「まあ、攻撃が通るということが分かっただけで十分だろう。これで普通に戦えるわけだからな」
おそらく聖剣でなければ傷ひとつつけられないのだろうし。
「あとはフラウちゃんのオリジナルならもう少しダメージを与えられるかもですけど、向こうもそれは最大限警戒してるでしょうしねー」
「フラウがメインのダメージソースだと見せかけて俺たちが徐々に削っていくのが妥当か」
「ですかねー」
「……」
傲慢は動かない。
俺たちが作戦を話している間も下を向いたたま、ただじっとその場で立ち尽くしていた。
いったい何を企んでいるのか。それともまた、俺たちの準備が整うまで待ってくれているというのか?
『……マスター。これは少しマズいです』
『イリス?』
「くっくっくっ」
「!」
イリスが何かを察したと同時に、傲慢が肩を揺らした。
「はっはっはっはっはっ!!」
「……なんだ?」
そして、我慢しきれなくなったとばかりに天を仰いで大きく笑い出したのだった。
「はっはっはっ……」
しばらく笑い続けた傲慢は再び下を向くと、静かに右手を横に挙げた。
何か、武器をその手に掴むような形で。
武器の顕現? この状況で?
「……出でよ。聖剣」
「なっ!」
傲慢が右手に魔力を集めたかと思ったら、その手に青白い光を放つ輝かしい剣が現れた。
あれは、間違いなくフラウの、光の巫女の聖剣だ。
なぜ奴がそれを使える。フラウを完全吸収しなければそんなことは出来ないはず。
だが、フラウはここにいる。なのに奴の手には聖剣が。
何が、いったいどうなっている?
『やられましたね。おそらく光の巫女が傲慢に捕らえられていたとき、彼はその因子を少しだけ取り込んでいたのでしょう。
そして、それを今このときまでずっと解析し続けていた』
「……フラウを閉じ込めていた世界でか」
「おや。もう理解したのですか?
前から思ってましたが、貴方には何か特殊な情報ソースがあるようですね」
「……」
しまった。
イリスに頭の中で返事を返したつもりが口に出してしまっていた。
奴はその情報ソースがイリスであることには気付いていないようだが、これ以上勘繰られないようにしなければ。
「どーゆーことですかー?」
俺はアカシャとフラウにもイリスから聞いたことを伝えた。
傲慢がフラウを捕らえたときに光の巫女の因子を採取していたことと、それをずっと解析していたであろうことを。
「あーなるほどー。
で、それを今このタイミングで再現させてみせたってことは、そのトリガーはー」
「……俺の攻撃か」
「その通り!」
俺たちが正解にたどり着くと、傲慢は嬉しそうに両手を広げた。
その右手にある聖剣が煌々と輝く。
「分体にひたすら光の巫女の力を解析させ続け、もう再現できる寸前にまで到達していたのです!
欲しかったのは最後の1ピース!
実際に聖剣をこの身に受け、取り込むこと!」
「……俺たちの準備が整うのを待っていたのはそのためか」
まるで自らの性質がゆえと思わせておいて。
「当然です。
もちろん完全吸収で我が物に出来ればそれで良かったのですが、相手は最高位の神に光の巫女。そして、それに相当するところにまで昇り詰めた者。一筋縄ではいかないことは目に見えています。
しかも、オリジナルの聖剣をまともに受けたら私の身体が無事な保証はなかったのです。
ならばと、オリジナルにだけは気を付けて他の聖剣による攻撃だけをわざと受けるようにしたのです」
「……まんまとハメられたわけか」
俺がフラウの光の巫女の力をコピー出来ると分かった瞬間、奴の中でのシナリオは完成したわけだ。
「そういうことです……」
傲慢はこくりと頷くと、顕現させた聖剣の切っ先をこちらに向けてきた。
何を?
『マスター! 防御を!』
瞬間、奴の剣先が大きく輝く。
「!!」
俺はイリスからの忠告を受けた段階で咄嗟に自分の聖剣を盾にして防御した。
その瞬間、巨大な光の奔流が俺を包んだ。
「ぐっ!」
気を抜いたら消される。
本能的にそれを理解した俺は聖剣の力を全開にして防御に徹した。
球状に展開した聖剣の力場が俺を守るが、それがどんどん削られていくのが分かる。
これをくらい続けるのはマズい。
と、思った頃に光はやんだ。
どうやら無事に耐えきったようだ。
「……ギリギリだったな」
俺の聖剣は消滅していた。
「ふむ。オリジナルではないからコピーの相殺が限界、ですか」
傲慢の声。
奴が顕現させた聖剣も消えていた。
聖剣の力を魔人の槍の要領で撃ち出したのか。
「いやー、なかなかですねー」
「眩しかったです」
「ふたりとも無事か」
アカシャの聖剣も俺と同じように消滅していたが、フラウのは俺たちの聖剣の元の大きさと同じぐらいにまで小さくなっていた。
つまり、奴の聖剣は俺やアカシャのものと同等の力を持っているということになる。
「それが分かれば十分……いえ、重畳と言えるでしょう」
傲慢は嬉しそうにそう言うと、再び自身の武具を顕現させた。
怠惰の鎧。嫉妬の紫雷。暴食の牙。憤怒の黒炎。
そして、それら全てが青白い光を纏う。
聖剣化。
俺がやってみせたことを、奴もまたやってのけたのだ。
俺の聖剣化した攻撃でようやく相殺できた奴の完全吸収を伴う攻撃。あちらはそれにさらに聖剣化を乗せてきた。
あれは、たぶんもう俺の聖剣化した攻撃では相殺できない。
こちらの攻撃は相殺され、あちらの攻撃は防げない。
唯一届くであろうフラウの攻撃はもう奴に届かせることが出来ない。
「……これは、ちょっと勝てないな」
「ですねー」
アカシャも困ったような顔をしていた。
同じ結論に至ったのだろう。
「あんた、空間とか虚無とかの神だろ?
あいつを虚数空間とかにぶちこんで倒せないのか? せめて封じるとか」
「あいつは、その封印をぶち破って出てきたんですよー。今のあの力を得る前の段階でー」
「……ああ、なるほど」
今はもう無意味か。
こいつなら何かそういう切り札的なものを持っているかもと思ったが、そんなこともないようだ。
「……これは、けっこう絶望的な状況じゃないか?」
「そうかもしれないですー」
アカシャは楽観的だが、状況はかなりヤバい。
「ど、どうしましょー」
フラウも不安そうにしている。
唯一の対抗手段であろうフラウの力だが、もはやそれを届かせることは出来ない。
どうにかしなければ。
何か、何か手はないのか。
傲慢の準備は完了しようとしている。
全ての武具の聖剣化。
俺たちが防ぐことの出来ない攻撃。
それを受けた瞬間に奴に完全吸収され、俺たちの、世界の敗けが確定する。
そんなわけにはいかない。
何か。何かないのか。
「……影人さーん」
「……なんだ?」
そのとき、アカシャが前を向いたまま静かに口を開いた。
「私にちょっと提案がありますー」
「……提案?」
この状況で、いったい何を……。