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第三百二十五話 生命を、創る?

「……え?」


 突然、フラウの背後に現れた傲慢(プライド)がフラウの頭に手を伸ばす。


 瞬間転移? 空間歪曲? なんの予兆もなしに? そんな馬鹿な……。


「……あ」


 不穏な気配を感じたフラウが振り返ろうとする。


 違う。今はそんなことを考えている場合ではっ!


「くそっ! 間に合わない!」


 俺のすぐ横にいるフラウ。それでも奴のその手がフラウに触れる方が早い。

 こんな突発的な状況じゃ集中モードで疑似時間停止なんて出来ないし、すぐに効果的なスキルなんて思い付かない。


「ひゃっ!」


 ようやく事態を把握したフラウだが、もうその手はすぐ目の前まで来ていた。


「フラウっ!」


 が、


「は、い……?」


「え?」


 フラウの名前を呼ぶと、俺の背後から声が聞こえた。

 振り返ると、そこにきょとんとした顔のフラウがいた。


「影人さ~ん。すいませんが、ちょいとヘルプミーですー」


「え?」


 そうだ。

 フラウがいる位置にいたのはアカシャだ。

 そこに今はフラウがいるということは……。


「あっ!」


 フラウが驚いたように声をあげる。

 フラウがさっきまでいた位置には女神アカシャがいたのだ。

 そして、彼女は傲慢(プライド)に手首を掴まれていた。


「ふふ、ふふふふ。予定通りですね~」


「くっ」


 傲慢(プライド)が不敵に笑う。

 コイツ、初めから狙いは女神の方だったのか。


「何をすればいい!」


「あーっと、引き剥がせないので手首ごと私の手を切り落としてくれませんかー?」


「了解したっ!」


「えっ!?」


 フラウは驚いているが、俺は迷うことなく刀を抜いて斬りかかる。


「ちっ」


 俺が真っ直ぐに刀を振り落とすと、アカシャの手首に刃が入る前に傲慢(プライド)は掴んでいた手を離し、俺たちから距離をとった。


「ふっ!」


「わー」


 一太刀でアカシャの手首から先を切り落とすと、アカシャはわざとらしく悲鳴をあげてみせた。というか、それ悲鳴のつもりなのか? 血の一滴も流さないで。


「いやー、助かりましたよー」


 アカシャは瞬時に落とされた手首を再生する。やはりコイツにとって肉体なんてものはあってないようなものなんだな。


「いや、助かったのはこちらの方だ。

 あんたがフラウと入れ替わってくれなければ、俺ではどうしようもなかった」


「まー、どうしようもないわけではないとは思いますが、あの瞬間にそこまで考えて実行するのはまだ厳しいかなっと思いまして~」


「……その通りだな」


 実際、俺ではあれに間に合わせることは出来なかった。


「今のはなんだ?

 転移魔法の上位版みたいなものか?

 なんの挙動も魔力も感じなかったが」


 傲慢(プライド)のも、コイツのも。


「私のは空間相転移の強化版みたいなものですが、傲慢(プライド)のは合流ですね~」


「合流?」


 空間相転移はプルも使っていたから分かる。発動速度が桁違いだが。


「目に見えないほど極小の分体をあらかじめフラウちゃんの所に配置してあったみたいですね~。

 で、分体ってのは解除すると本体に帰化するんですが、それは概念理論上ゼロ時間、つまり一瞬で本体に戻ります」


「解除した瞬間に、そこにそれが存在することが許されない、みたいなことか?」


「そんな感じです~。ロスタイムなしの即時消滅、即時帰還みたいな」


「なるほど。それはつまり、フラウの近くにいた極小の傲慢(プライド)が本体だったってことか?」


 それならそれでやり方も変わるんだが。


「いえー、今回はその理論を逆に応用しただけで、分体を本体に帰化させたのではなくて、本体が分体に戻りに行った感じですー」


「そんなことが可能なのか?」


「可能ではある、って感じですかね~。普通はしないですよ。めんどいですもん、そんなの」


 つまり、それほど計算が大変ということか。

 それをいつから準備していたかは分からないが、使うかどうかも分からないものにそれだけの労力をかけられる余裕と実力があるということだ。


「……というか、その極小の傲慢(プライド)とやらがそこら中にバラ撒かれていたら相当厄介なんだが」


 感知できない瞬間転移と一発アウトの完全吸収は相性が良すぎだ。


「それは大丈夫ですよー。私も想定してなかったからさっきは遅れを取りましたが、ミクロ対策をすれば問題ありませんからー。

 ていうか、影人さんもそういうのが視えるスキルを創ればいいんですよー」


「ああ。なるほど」


 まだ何でもスキルを創って対策していくという方法に慣れないな。

 前世においても、自分の限界値を把握した状態で、その範囲内でどう仕事を行っていくかということが基本的な考え方だったからな。

 自分の限界以上のものがテーブルに並ぶことはない。

 それが俺の基本的な考え方だった。

 それはこの世界においても同様。

 持っているスキルや使える魔法でどう戦うか。

 それは誰であってもそうだろう。


 だから、何でも自由な発想でスキルを創って対応していくという戦闘スタイルは思ったより難しい。

 対応力と発想力、そして何より瞬発力が求められる。

 何万分の一秒とかいうレベルを簡単に超えるような戦闘をする奴相手に、そんなことを考えながら戦うのは俺の脳の限界を超えている気がする。

 ただでさえ【思考超加速】やら【並列思考】やらを使っているのに、これ以上はどうしようもないような……。


『ご自分を増やしてみては?』


『……は?』


 というか、俺はまた考えをイリスに聞かれていたのか。

 それはまあ気を付けるとして……。


『俺自身の影分身みたいなことか? だとしたらそれは今ある俺の力を等分してしまうだけだろ?』


 傲慢(プライド)やアカシャの分体と同じようなものだ。

 だが、このタイミングでイリスが言ってくるということはそうじゃないのか?


『いえ、分身ではなく、自分をもう一人創るのです』


『……自分とまったく同じ存在を、生命を創りだせってことか?』


『そうですね』


 それはつまり、俺のスキル生成はそれさえ可能だということか。


『……あんたはいいのか? 俺がそれをしても』


 イリスは俺がそういったことをするかもしれないと懸念して、俺を消そうとしたというのに。


『……やむを得ません。傲慢(プライド)に全てを消されるよりはマシでしょう』


『……苦肉の策か』


 イリスが懸念している理由は分かる。

 俺が俺を創るということは神に匹敵する存在が増えるということだ。それも、イリスから生まれていない神が。

 それの行く末は、前の世界の神話で語られる神と敵対者との最終戦争を想起させる。

 イリスはそれを避けたいのだろう。

 

 だが、それよりも今は目の前の脅威を何とかしたいといったところか。


「……」


 俺は手のひらを前に出した。


『……』


「……スキル生成【天眼(かみのめ)】」


『!』


「おおー。よく視えるな」


 スキルを使うと、極小サイズになった傲慢(プライド)の分体がそこら中にバラ撒かれているのが分かった。

 予想通り、俺たちの周囲にも大量に。


『……良いのですか?』


 イリスは戸惑っているようだった。

 自身の新たな敵対者を生み出すことになっても、目の前の敵対者を倒すために俺にアドバイスをしたというのに俺がそれをしなかったから。


『ま、なんとかなるだろ。

 あんたには、その辺のパンダ女神とは違って世話になってるからな。

 あんたが困るってのなら、なるべくやらない方向で進めるさ。

 ま、本当にどうしようもなくなったら分からないけどな』


 そうならないことを祈るばかりだが。

 一度生み出した生命を、事が済んだからと滅するようなことをするつもりはないから、本当に最終手段だと考えておこう。


『……ありがとう、ございます』


 それは、イリスの心からの声のように思えた。


「……なーんか、私のこと悪く言ってません?」


「聴こえるのか? お前に聴こえないように注意してるんだが」


「……乙女の勘ってやつですー」


「そうか。なら良かった。

 ああ、その勘は当たってるぞ」


「むーーー!!!」


 元パンダが手足をブンブン振って怒っている。実際、コイツには世話になっているというよりは迷惑をかけられることの方が多かった気がするからな。

 これぐらい良いだろう。


「……さて」


 俺は刀の周囲に魔人の杖の黒珠を無数に出現させる。


「とりあえず、この鬱陶しいコバエどもを吹き飛ばせばいいか?」


 その黒珠を俺の周囲に旋回させて、極小の傲慢(プライド)の分体にぶつけた。

 すると、それはいとも簡単に砕けて消えていった。


「!」


 それを壊されたことで、傲慢(プライド)も俺がそれを認識したことを悟ったようだ。


 これまでは小さすぎて、攻撃が無意識に当たっていても消しきるまでいかなかったが、それがいると分かった以上、視えている以上、それを意識的に消し飛ばすことは難しくない。

 このサイズでは防御もそこまで強くないだろうからな。

 ただの移動手段としてしか使わないのがその証拠。


「……ちっ」


 傲慢(プライド)が舌打ちをしてから指をパチンと鳴らした。

 すると、俺たちの周りに浮遊していた無数の分体たちが全て消え、傲慢(プライド)本体に帰化していった。


 微々たるものとはいえ滅せられれば消耗する。

 看破された以上、それを引っ込めて回収するのがベストか。


 これでさっきみたいな突然の奇襲は回避できたわけだ。

 とはいえ、【天眼(かみのめ)】はこのまま使用しておこう。

 奴の速度を捉える手段はひとつでも多い方がいい。


「……面倒ですね」


「!」


 分体を回収しきった傲慢(プライド)が何やら不穏な動きを見せた。


「……フラウ。手を」


「あ、はいですー」


 これは早いとこ動いた方がいい。

 俺はフラウの手を取ると、イメージしていたスキルを生成、発動する。


「……スキル生成【転写(コピー)貼付(ペースト)】」


 魔王である桜の側近である転生者、一三四(ふたなし)に与えられた他者のスキルをコピーする能力。そして、それを自身のみならず他者に貼り付けすることも出来るチートスキル。

 彼女の場合はスキルだけだが、今回は能力そのものをコピーできるように改良した。

 つまり、フラウの光の巫女の力を完全吸収せずに俺たちも使えるようにするスキル。


「……くっ」


「ご主人様? 大丈夫です?」


 だが、負担が凄まじい。

 光の巫女の力が強すぎる。

 神をも滅する光。

 それは少なからず俺にさえ効果を及ぼすのか。

 一三四(ふたなし)のスキルは3枠までコピーすることが出来たが、こんな大きすぎる力。これだけで容量いっぱいだ。


「だい、じょうぶ、だ……。手を、離すな……」


「は、はいー」


 傲慢(プライド)の雰囲気がさらに邪悪で危険なものに変わっていく。

 あいつはあいつで何かヤバいことをやっている。

 こちらも、それが完了する前に終わらせなければ。


「……よ、し」


 光の巫女の力をコピーし終えた。

 頭が割れそうだが、フラウの手を離したら負担が少しは軽くなった。

 コピーするのに、オリジナルの光に触れていたせいだろう。

 フラウにその気がなくても俺にはダメージになるようだ。


「……ふう。

 アカシャ。手を」


「はーい」


 自身にインストールし終えたその能力を今度はふたつに複製。

 そのひとつをアカシャにペーストしていく。


「わーい。脳みそ爆発しそうですねー」


「……なんで楽しそうなんだよ」


 やはりコイツにもダメージになっているようだ。

 だが、俺よりも負担は少ないように見える。


「影人さんはまだまだ脳っていう肉体に依存しすぎなんですよー。

 もはや影人さんに肉体なんてあってないようなものなんですから、こんな敵性のない光なら、本当なら精神体への軽いダメージ程度で済むはずですよー」


「……そうなのか」


 そう言われると、なんだか唐突に痛みが引いていくような気がする。

 光の巫女のあまりに強大な力に俺自身が脳に負担がかかっていると思い込んでしまっていたのだろうか。


「というか、こんな凄まじい能力を持っていて、よくフラウは平気だな」


「フラウちゃんは純真で純然ですからねー。

 まさに光の巫女たる器だってことですよー」


「成るべくして、ってことか」


「?」


 フラウはよく分かっていないようだが、たしかにフラウは野心やら(よこしま)な考えとは最も縁遠い存在だとは言える。

 だからこそ、光の巫女たりえるということか。


「さて……」


 アカシャへのペーストも完了し、俺たちは3人とも光の巫女の力を使えるようになった。


「とはいえ、やはりオリジナルには遠く及ばないようだな」


「そうですねー」


 俺たちは試しに聖剣(エクスカリバー)を顕現してみたが、フラウほどの清浄性がないように思える。


「まあ、私たちって(よこしま)ですもんねー」


「おい。神」


 おまえが言うなすぎるだろ。


 とはいえ、これで傲慢(プライド)に対して特効攻撃を得たも同然。

 少しは戦いが好転……、


「さて、こちらも準備できましたよ」


「……なんて訳にはいかないよな」


 強化し、変貌したのは俺たちだけではなかったようだ。




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