表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

319/340

第三百十九話 神の領域へ

「ご主人様! 大丈夫です!?」


「……」


 フラウが酷く心配そうな顔をしている。

 どうやら少し気を失っていたようだ。


「ご、ご主人様?」


「……ん? ああ。悪い。大丈夫だ」


「んにゃ」


 返事を返さずにぼうっとしているとフラウがさらに心配そうに顔を覗き込んできた。

 俺はフラウを安心させるために頭を軽く撫でてやる。


「……」


 なんだ?

 フラウの……いや、この空間? いや、この世界の見え方が、なんだかいつもと違うような……。

 この世界がどう『出来ているか』が、分かる?


「はっはっはっはっ!」


「!」


 周りをキョロキョロと見回していると、傲慢(プライド)が手を叩きながら楽しそうに大笑いしていた。

 大口を開けた、あまりにキャラクターに合わない笑い方に呆気に取られる。

 そういや、コイツは俺が気を失っている間も、何もせずにただ見ていたのか?


「素晴らしい!

 君はいま、我々の領域まで昇り詰めたのだ!」


「……我々の領域?」


 傲慢(プライド)は酷く嬉しそうだった。

 皮肉にも思える笑顔。

 道連れ。あるいは共犯者。あるいは自分と同じ新たな犠牲者と邂逅した瞬間に歓喜するかのような……。


「そう! そここそが数多の有象無象が到達せんともがきながらも志半ばで倒れていった領域!

 神の領域だ!」


「!」


 傲慢(プライド)にそう告げられた瞬間、俺は理解した。

 世界の構造が分かる。作り方が分かる。

 それはつまり、俺にも同じことが出来るということだと。

 さすがにイリスのように生命が発生するような世界空間をゼロから創ることはできないが、ここのように大部屋ほどの何もない空間ぐらいなら、今の俺なら創ることが出来そうだ。


「なかなか良いものを見させてもらったよ。

 まさか木偶がその域にまで到達するとはな。

 世界創世以来の快挙だ!

 いや、真に恐るべきはそうなるまでの舞台を用意したあの女(アカシャ)か。

 イリスでさえし得なかった、いや、やらなかったことをやってのけたのだ。

 お咎めなしなところを見るにイリスも黙認か。

 まあ、自分たちの存在を脅かすモノのために同質の兵器を用意しただけだから、当然といえば当然か」


「……」


 傲慢(プライド)は実に楽しそうに語る。

 兵器、ね。

 いや、確かにな。

 神々を(ほふ)る、神々と同種の存在。

 それはもう立派な兵器なのだろう。


「それで?」


「?」


 ひとしきり笑ったあと、傲慢(プライド)は肩を竦めながらこちらに匙を向けた。


「それだけの力を得て、お前はこれからどうする?」


「どう……」


「そう。このまま神の木偶として、アカシャとともに私を倒すか?

 それもいいだろう。

 だが、別の選択肢があることも忘れるな」


「!」


「お前が全てを支配する神となることも出来るのだ」


「……」


 傲慢(プライド)は再び嬉しそうに口角を吊り上げ、両手を広げる。


「今はまだ目覚めたばかりで力が馴染んでいないだろうが、いずれお前はイリスのように生命溢れる世界を始めから興すことが出来るほどの存在となるだろう。なにせ、神なのだからな」


「……興味ないな」


 考えろ。

 コイツの目的を。

 俺に、何をさせたいか。俺が何をすることがコイツにとって都合が良く、あるいは悪いのか。


「いいのか?

 そのままでは、お前はいつまで経ってもあの女の支配からは逃れられないぞ。

 それこそ、私を倒したあと、お前は脅威だとしてイリスとアカシャに消されるやもしれん」


「!」


 ……一理ある、とも言えるな。


「……ならば、ここは我らで手を組み、まずはあの2人の女神を倒してはみないか?」


「!」


 まさかの共闘の提案か。


「……お前に、そのあとに俺を生かす道理がないな」


 そうするわけがない。

 傲慢(プライド)の目的は全てをリセットして、自分が新たにスタートさせることなのだから。


「もちろんだ!」


「?」


 肯定してくるか。


「当然、私は脅威であるお前のことも殺したい。

 だが、まず何よりも脅威なのはあの女神どもだ。

 あいつらがいる限り、我々は永遠に木偶のまま。操り人形のままなのだ」


 ……我々、ね。


「敵の敵は味方と言うだろう?

 まずは我々で女神どもを葬り、そのあとで優勝者決定戦をしようではないか。

 女神亡きあと、我々のどちらかが新たな世界の支配者となるのだ!

 どうだ? 私にとって非常に有益な勧誘であると理解出来るだろう?

 そして、君にとってもそうであると、今ならば理解出来るはずだ!」


「……理解は、確かに出来る」


「ご主人様!?」


 フラウは驚いているが、世界の見え方が変わった俺には、その強烈な違和感を無視できずにいた。

 世界が、ある強烈な意思によって任意の方向に向かわされていることに。

 いや、望まない方向に向かわないように調整されている、と言った方がいいか。


「……造られた悲劇か」


「その通り!」


「……え?」


 ……たとえば、フラウのいた村が魔獣に襲われて滅んだ出来事。それは、光の巫女を誕生させるため。命の樹に神託の巫女を封印して暴走を防ぎ、その力で命の実を結実させるため。

 あるいは、西の<アーキュリア>を魔王軍に滅ぼさせて、滅びの王を生んで後に俺にそれを倒させ、闇の帝王の称号への足掛かりとするため。

 あるいは、そもそも桜を魔王にしたのも。そして、もしかしたら前の世界で俺が死んだことさえ……。


 全ては、今この時のため。

 傲慢(プライド)に対抗する新たな神を造るために、女神たちは人々に悲劇を起こした。


 あの女神たちは、おそろくそういったことをあらゆる世界線で行っている。


 運命の道しるべ。

 

 言い換えれば、自分たちの都合の良いように世界を先導しているとも言える。

 その『支配』から逃れることが俺にとってのメリットだと言いたいのだろう。


「……ご主人様?」


「……」


 フラウには言えないな。

 光の巫女の力の根源は純粋さ。

 女神たちへの疑念でその力を濁らせるわけにはいかない。


「どうだ?

 君の秘密のためにも、私と手を組むのは悪くはない選択肢だと思うのだが?」


「……」


 秘密、ね。

 ノーと言えばフラウに世界の真実をバラすとでも?

 そうして、せめて光の巫女の力だけでも削ぎたいということか。

 それはつまり、アカシャと俺とフラウを同時には相手にしたくないという心情の顕れ。

 つまり、奴は焦っているのだ。

 余裕があるフリをしているが、ただでさえほぼ互角の戦いをしているアカシャとの戦闘に俺とフラウが参戦することを。

 傲慢(プライド)に迫る力を得た俺と、神をも滅する光を持つフラウを。


「……」


 俺は黒影刀を抜く。


「……」


 傲慢(プライド)は何も言わない。

 何もせず、ただ俺の挙動を見ている。


「……」


 刀を振り上げる。

 恐ろしく軽い。

 目の前の斬るべきモノを認識すれば、体が勝手に動く。

 何をどう斬るか。

 そのイメージを持つだけでいい。

 刀を振り下ろすという行為は、それを起動するためのキーでしかない。


「……答えは?」


 傲慢(プライド)が穏やかに笑みをたたえながら尋ねてくる。


「……ノー、だ」


 俺はそれに答えると同時に刀を振り下ろす。

 思い描いた通りに刀は振り下ろされ、空間を、世界を切り裂く。


「……っ!」


 いや、マズい。

 俺がイメージしたのは傲慢(プライド)だけを切り裂くこと。

 だが、これはっ!


「フラウっ! 防御姿勢っ!」


「え? ……きゃっ!!」


 フラウが聖剣(エクスカリバー)を出して身を守った時には、俺の刀を振り下ろし終えていた。


「うわっ!」


 俺が繰り出した斬撃は傲慢(プライド)を真っ二つに切り裂き、そしてその背後の物体も、空間ごと大きく切り裂いた。

 その衝撃と爆音にフラウがより防御を固める。


「……く」


 斬撃が終わると、傲慢(プライド)の背後に空間の亀裂が生まれていた。


「……マズいな」


 そして、そこを起点としてこの世界がボロボロと崩れていく。


「フラウ。大丈夫か?」


「はい、です……何とか」


 フラウは自身を光の膜で覆っていた。

 どうやら新たな力の使い方を覚えていたようだ。

 光で空間ごと隔絶された結界。

 危なかった。そうでなければフラウが存在しているというこの世界ごと斬るところだった。


「ふははははっ! 素晴らしい! そして凄まじい!」


「……まだ生きているのか」


 いや、本体ではないのだから生きているのは当然だが、空間ごと切り裂かれてまだ存在を維持できているのか?


「ああ。心配するな。

 貴様の攻撃は効いたぞ。

 これは斬られた瞬間に別の位相から持ってきた分体で、さっきのとは別だ。

 だが、この世界の私という存在ごと斬られたから、ここでは私はもう真っ二つな状態みたいだ。

 はっはっはっはっ! 実に滑稽だな」


 傲慢(プライド)は胴で真っ二つに分かれた状態で、手足をバタバタさせながら笑っていた。

 端から見たらとんだホラーだ。


 だが、この力はヤバい。

 うまくコントロールしないと世界ごと全てを切り裂いてしまいそうだ。

 いや、実際やってしまっている。

 さっきから空間の亀裂からの崩壊が止まらない。

 ここは、じきに消滅する。


「いやはや、私の創った世界を丸ごとぶった斬るとはな。どうやら貴様は斬ることに特化した神のようだ」


 斬ることに特化した神……。

 たしかに、刀をメイン武器として使う俺なら納得だが、この感覚は、少し違う気がするな。

 これはもっと、自由な……。


「ちなみに、理由を聞かせてもらえるかな?」


「!」


 傲慢(プライド)との共闘を断った理由、か。


「……言ったはずだ。興味がないと」


「……ほう」


「俺はべつに女神たちの手のひらの上でも構わない。その悲劇が起こるべくして起きたのなら、それで神を責めることはできない」


「……君には、責めるだけの力があるのに?」


「興味がないと言っただろう。

 俺はもともと世界の片隅で生きていた人間だ。どんな力を持っていようと、元鞘に収まるのならそれでいい。

 それに、世界の創世から今まで、女神たちが間違っていたとは思わない。あいつらは存外、そこまで悪い奴ではない、と思う。

 それならば、そのまま任せておけばいい」


「ふむ。それは君自身が悲劇に見舞われたことがないからでは?

 理不尽な悲劇に苛まれてもなお、君は彼女たちを責めずにいられるかな?」


「……ふっ」


「む?」


「悲劇など、嫌というほど味わってきたさ」


「……ふむ」


 それでも、それをイリスやアカシャのせいだと思う気持ちは出てこない。

 まだ実感がないからだろうか。

 でも、あいつらはそれを悪意を持ってやっているとは思えない。

 彼女たちが観ているのはもっともっと先の地平。そこに至るための道筋。

 そのために必要な(しるべ)

 故意であっても悪意ではないから、俺はそれに怒りを感じないのかもしれない。


「……人間の思考はいちいち分からんな。

 お前は、まだ人間の時の性質に引きずられている」


「……それでいい。

 人の気持ちが分からない神など、ただ迷惑なだけだからな」


 俺がイリスとアカシャをどうにかしようと思わないのは、彼女たちに人間臭さを感じたからかもしれない。

 目的のために、大義のために悲劇を起こす。犠牲を厭わない。

 けれども、彼女たちはそれを心苦しいと思っている。

 なんとなく、そんな気がするんだ。


「……ふん。所詮はヒトか。木偶め」


 傲慢(プライド)は途端に俺から興味を失くしたようだ。

 さっきからの俺に対する呼び方がそれを表している。


『お前』、『貴様』、『君』、『木偶』。


 どうやら奴にとって俺は数多の有象無象へと降格したようだ。

 それならそれでいい。

 むしろ、そう思ってくれておいた方が油断を誘えるというものだ。


「……ふむ。もういい。

 光の巫女の力も、もはやどうでもいい。

 全て消してしまえば同じこと。

 愚かな木偶どもが来る前に女神を殺してしまえばいいだけだ」


 傲慢(プライド)はそれだけ言うと姿を消した。

 気配は完全にない。

 もはやこの崩壊寸前の世界に現れることはないだろう。


「……さて、俺たちもここから出ないいけないんだが……」


 実際、事態は深刻だった。

 まもなくこの世界は消滅する。

 だが、俺たちにはここから脱出する(すべ)がない。

 俺が換わってから、サポートシステムさんが応答しないのだ。

 世界間の転移を行う際の計算式はサポートシステムさんに丸投げしていたから、転移する力はあっても俺では任意の世界にたどり着けない。アカシャのいる神域なら尚更だろう。

 適当にやってみても、まともな世界にたどり着けるか分からない。俺はまだしも、フラウが生存できる世界には行かなければ。


「……援軍より、将来的なリスクを取ったか」


 傲慢(プライド)の言うことが真実ならば、俺はイリスたちにとっても脅威たりえる。

 サポートシステムさん、つまり女神イリスは俺たちをここに置き去りにして始末する方を選んだわけだ。


「ご、ご主人様……」


「大丈夫だフラウ。俺が何とかする」


 とりあえずフラウだけでも脱出させなければ。リスクは高いが、当てずっぽうで世界間の転移に挑戦するしかないか。


『……マスター。アカシャのもとに行きましょう』


「!」


 俺が一か八か世界間転移にチャレンジしようと考えていたら、サポートシステムさん、イリスが語りかけてきた。


『……まだいたのか』


『申し訳ありません。傲慢(プライド)に干渉を邪魔されていました』


『……そうか』


 嘘だな。

 万有スキル『百万長者』内に存在する、サポートシステムとしてのイリスのことを傲慢(プライド)は認識できていなかった。

 いくらサポートシステムが外部干渉タイプだとしても、認識していないものに対して妨害などしようはずもない。

 それに、もしそういったことがされていたら、今の俺にはそれを把握することができる。

 そして、そんなことはされていない。


 おおかた、俺の処遇についてどうするか検討していたのだろう。


『……まあ、無事なら良かった。

 さっそく転移を頼む』


『……承知しました』


 だいぶ苦しい言い訳だが、おそらくイリスは俺がそれに気付いていることも理解しているだろう。

 理解した上で、結局は俺がそれに付き合わなければならないと判断したのだ。

 恐ろしく合理的で理性的。

 神の精神性ってやつか。

 俺にはなかなか難しい領域だな。


『では、アカシャの神域に転移します』


『ああ、頼む』




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ