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第三百十八話 帝王との対話

『ふむ。ようやく全ての力を取り戻したか』


「あんたが、闇の帝王……」


 底から響いてくるような低い声。

 しかし、分かるのは声だけ。

 周囲は完全な真っ暗闇で、闇の帝王の姿を見ることはできない。

 闇に対する耐性や【暗視】も利かない。ここはどうやらそういう空間のようだ。


『今、お前の肉体と魂は作り替えられようとしている』


 なぜ、ここに来てコイツが現れたのか。

 ルルたちの話では闇の帝王は完全に滅し、万有スキルや魔人武器はただの力になったはず。だからこそ、怨嗟などという原罪龍(シンドラゴン)の成り損ないも表面に出てきたわけで。

 だから、それらをひとつに戻したところで、コイツか復活することはないはずだが。


『だが、お前はまだまだ堕ちることができるはずだ』


「堕ちる?」


 コイツの目的はなんだ?

 パンダの策略で悲劇に見舞われたようなものだったが、闇の帝王自身が闇に堕ちたのは確か。

 そうなると、味方というわけではなさそうだが。


『そうだ。我が闇の帝王の力を受け継ぐのなら、お前は深淵へと堕ちなければ真の力を発揮することはできない』


「……」


『憎いだろう? 怒っているだろう?

 傲慢(プライド)が。神が。

 お前に全てを押し付けて、のほほんと地上にのさばる奴らが。

 お前をこんな大変な目に遭わせる運命が!』


「……」


『思い出せ! 暗きを!

 その手にかけた者どもの血を!

 お前のその闇暗たる心の吐露を!』


「……お前は、いったい何を言っているんだ?」


『……』


「……」


『……ふん。つまらん』


 闇の帝王の声から緊迫した雰囲気が消える。

 途端に、全てに興味を失ったような……。


『と、まあ、このようにお前の心を揺さぶって、その意識を魂ごと闇の深淵へと押し込め、進化した肉体を俺が乗っ取るつもりだったんだがな。

 そのために、わざわざ全ての力が再集結した時に俺の意識が顕現するようにしていたというのに。自らのわずかな意識を魔人武器に等分してな』


「……」


 やはり、そういう目的があったのか。

 しかも、ただでさえ消えつつあった存在を自分から等分することで存在を維持し、魔人武器の中に隠れることで神やルルの眼さえ逃れるとはな。

 鍵となる黒影刀の持ち主が俺が来るまで現れなかったのも納得だな。それは、闇の帝王の因子を持つ俺でなければならなかったわけか。

 だが、その目的を果たすのが、こんな稚拙な誘い文句なのか?


「……そんなことを言われただけで簡単に心が闇に堕ちるわけがないだろう」


『そうでもない、はずだったのだ』


「!」


『お前には確かにその素養があった。

 こちらの世界に来る前の、人々をその手にかけていたお前。貴族どもを皆殺しにしたお前。そして、魔王との戦いでのお前。

 お前には、十分に堕ちるだけの可能性があったのだ』


「……」


 そう言われると、俺には心を闇で塗り潰している時があった。

 前の世界では仕事でよく人の命も奪った。

 心を塗り潰さなければやっていられないと思うほどに。

 こちらの世界に来て、久しぶりに人間の醜さを見たときには記憶を誤魔化すほどに。

 桜との戦いでの暴走でも……。


『だが、お前はそっちを選ばなかった。

 俺の言霊を込めた呪言をさらっと流せるほどに、な』


 呪言。

 俺を闇の奥底に誘い込む言葉か。


『それに、本来はお前の持つ【魔王】とともにお前を堕とすはずだった』


「……【魔王】のスキルと?」


 スキルだぞ?


『そうだ。本来、魔王というのは神の敵対者。俺に類する存在だ。スキルといえどもハイクラスのものは所有者を選ぶ。主には、自らの望む姿でいてほしいと思うのだ。

 俺はそれと手を組み、お前を堕として表に出るつもりだった。

 だが蓋を開けてみれば、その【魔王】と光の巫女の力が懸命にお前の心を守ろうと俺の呪言を邪魔してくる始末だ』


「!」


『だから、つまらんと言ったのだ』


「……桜と、フラウが……」


 俺のことを、守ってくれていたのか。


『ふん。光の巫女の方は天然の想いの力が込められているようだが、【魔王】の方はお前にそれを渡した元魔王が意図して俺の邪魔をするように術式を込めているな。

 なかなかのやり手だ、まったく』


「……桜」


 まさかここまで見越して俺に【魔王】を。


『……ふん。つまらん。じつにつまらん。

 堕ちることなく昇るというか』


「……昇る?」


『もういい。俺のものにならないのなら俺はもういい。俺はもう、さっさと消える』


「!」


 闇の帝王の存在感が一気に薄くなる。


『ったく。勝手に生み出して勝手に消して、利用して。とんだ親のもとに生まれたものだ』


「……」


 闇の帝王はほとほと嫌気が差したような言い方だったが、それを心底憎むほどに嫌がっているようにも思えなかった。


『お前も気をつけろよ。

 アレは結局、自分の思う通りに俺たちを利用したいだけだ。

 全部、結局はアイツの盤上での出来事なんだよ』


「……分かってるよ」


『ふん。ならいい』


 なんだか、俺に忠告してくれているようだった。

 自分の息子や弟に、託すように。


『ならもう目覚めろ。変換はすでに終わっている』


 闇の帝王の存在感がさらに崩れていく。


『俺は失敗したが、お前は失敗するな。

 世界を守れるのはお前だ。

 守りたいモノがあるのなら守れ。

 それが、俺たちのやるべき仕事だ』


「……ああ」


 コイツも、もともとは護るために生まれたんだったな。


『お前は生まれ変わる。

 その力をどう使うかはお前次第。

 お前は、俺みたいに飲まれるなよ』


「……」


『……じゃあな。愚かな後継者』


「……ああ」


 闇の帝王の気配が完全に消え去る。


 彼は、俺に何を伝えたかったのか。

 何を託したかったのか。


 分かったような気もするし、その本質は読めていないようにも思える。


「……力を、どう使うか、か」


 そう呟いた瞬間、世界は再び明るくなり、一瞬だけ真っ白な世界が広がる。


 そして……、



「はっ!」


「ご主人様っ!!」


「……フラウ」



 気が付くと、俺は意識を失う前の空間へと戻っていた。いや、単純に意識を取り戻しただけか。



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