第三百十五話 異なる世界を巡る
星の記憶を抜けて、真っ黒な空間の先にある強烈な光に突っ込んでいく。
「くっ」
あまりに強い光に目を開けていられなくなる。
「あー! やっときたー! 遅いですよー!」
「?」
何やら聞き覚えのある声が聞こえてゆっくりと目を開ける。
もう眩しさはなく、真っ白な何もない空間が広がっ……。
「状況はわかってますよねー? 私はわかってるので、さっさと送りますね。ばっははーい!」
「え? ちょっ! うわっ!」
一瞬だけふわりと舞う赤髪を見た気がしたが、俺はまたすぐに別の空間に飛ばされてしまった。
「忙しないな」
『珍しく少し焦っているようですね。もしかしたら苦戦しているのかもしれません』
「そうなのか? あいつっていつもあんなんじゃなかったか?」
『……それはマスターがいつもあの子を焦らせていたからでは?』
「……否定はできないな」
言われてみれば、あいつの扱いはいつも雑だった記憶しかない。
『あの子はあれでかなり高位の神ですからね。今まで自分にそんな態度を取る者もいなかったでしょうから、かなり驚いたことでしょう』
そうなのか?
ルルなんかもだいぶナメてるように思うけどな。
「……それより、ここはどこなんだ?」
転移した場所を改めて見回す。
そこは高層ビルが立ち並ぶ、前の世界の都市だった。
いや、それよりも遥かに進んだ、高度な文明。
そうだ。マンガやアニメで見るような、近未来の都市だ。
電線なんかはなく、空には車が飛んでいる。全体的に青白く光っていて、完全3Dのホログラムが宙に浮かぶ。
『ここは異なる世界線ですね。魔法はなく、しかし科学の超発達によってその領域にまで到達した世界。
この世界の知的生命体は科学によって世界を管理する神との接触に成功。神への抵抗を試みますが、神からの提案で原罪龍に対抗するために一時的に手を結ぶことに。現在、目下交戦中です』
『違う世界線……』
そういや、俺たちがいる世界以外にも原罪龍たちはいて、各地で戦っているって言ってたな。
『それって、全ての世界にいる原罪龍を倒さないといけないのか?
もしもどこかの世界が負けたらどうなる? その世界の原罪龍が他の世界に攻め込んでくるのか?』
だとしたら、それはだいぶキツいと思うが。
『いえ、彼らは別々の思念体でありながら共通の魂と意識を持ちます。つまり、どこかの世界で倒されれば他の世界の彼らも消滅します。
彼らの勝利条件は全ての世界での完全勝利です』
『……それは、ずいぶん無謀な挑戦だな』
奴らの肩を持つわけではないが、奴らにとってはかなり厳しい勝利条件だ。
『当然です。世界を管理する神々。そして全ての創造主たる私に挑むのです。
勝利条件が存在するだけでも彼らの力の大きさを現していると言えるでしょう』
『……そういうものか』
個人的には世界を滅ぼそうとする原罪龍たちは完全に悪だが、結局はイリスの箱庭の中での戦いのようにも感じてしまうな。
奴らは、そこから出るための針の穴ほどのわずかな道を通ろうとしているわけか。
『……全てが終わった時、マスターもそれにチャレンジしてみるおつもりですか?』
『!』
『貴方は全てが終わった時にはそれだけの力を、いえ、彼らを遥かに凌ぐ力を手にしているでしょう。
それは、十分に私の首へと届く力です』
『……興味ないな』
『……考えてみるといいでしょう。それもまた生命の自由。私は、どんな選択でも受け入れましょう』
『……』
「動くなっ!!」
「!」
突然、街が赤に染まる。
警戒音が響き、俺の周りに複数の何かが出現する。
「転移魔法!?」
『いえ、科学による転移ポータルです。ワームホールの転用ですね』
「何者かスキャンする! それまでそこから動くなっ!」
全身を包む鎧。パワードスーツってやつか。
手には大きな銃のようなもの。
顔までフルフェイスの装甲で覆われていて中は窺えない。
数は数百。完全に包囲されている。
抵抗は無駄か。
「……」
俺は黙って手をあげた。
スキャンと言っていた。この世界の人間ではないが、調べて何か分かるのなら動くのはそれからでもいい。
『大丈夫でしょう。彼らの文明は高度です。他の世界の観測も少なからず行われています。
マスターの出現もすぐに理解される。
ちなみに言語は私が即時翻訳しているのでご心配なく』
『なるほど。それは助かる』
しかし、他の世界を観測するだけの文明か。
俺がいた世界も、いつかはその領域にまで到達するのだろうか。
「なっ!」
「?」
俺に銃を向けていた者はスキャンなるものを終えると、非常に驚いた様子だった。
「……!」
そして、ヘルメットを外すとこちらにスタスタと歩いてきた。
顔は人間と同じ。壮年の男性。前の世界の西洋人のような白人タイプ。
「他の世界、しかもかなり遠い世界線からの転移者でしたか。
なぜ、この世界に?」
「分かるのか?」
「ええ」
俺が尋ねると男は腕に取り付けた時計のような装置を口元に持ってきた。
「神との接触によって我々の文明はさらに成長しました。
この世界にはない力を纏う貴方は一目瞭然です」
男は説明しながら装置のボタンを押して何やら通信を始める。
『神よ。戦闘中に申し訳ありません。少し見ていただきたいものが』
「!」
男がそれだけ告げると、目の前に薄く発光した男性が現れた。
白い薄衣を身に纏った大きな細身の男性。
明らかにここにいる他の人間たちとは異質な存在。雰囲気的にもアカシャに近い。
つまり、コイツがこの世界の……。
『これはこれは。アカシャ様の世界からの転移者とは』
この世界の神は驚いた様子だった。
様、ということはあのパンダよりは格下の神ということか。
「子供を知らないか?
俺の世界では光の巫女と呼ばれている少女だ。
傲慢に連れ去られてしまって探しているんだ」
俺は端的に目的を伝えた。
神に尋ねるのが一番手っ取り早いだろう。
『ふむ』
神は俺に手をかざした。
何やら調べているようだ。
『なるほど。アカシャ様はその巫女が捕らえられている空間に飛ばそうとしたようですが、傲慢に妨害されて別世界に飛ばされてしまったようですね』
「そうなのか」
なぜパンダがこの世界に俺を転移させたのかと思ったが、傲慢のヤツに邪魔されたわけだ。
『私が次なる世界に飛ばしましょう。
巫女への直通ルートは妨害されているので、いくつかの世界を経由しながら行くことになりますが。
各世界の神にも情報は共有しておきます』
「頼む!」
神が手を振ると俺の足元に転移魔方陣が現れる。
『……正直、この世界は敗退寸前でした』
「!」
『ですが、貴方方が原罪龍どもを次々に撃破してくださったおかげで、我々は何とか総力をあげて傲慢を押し留めることができています』
そうか。
原罪龍たちは魂と意識を共有している。俺たちが自分たちの世界の奴らを倒したから、他の世界の原罪龍たちも消えたのか。
つまり、どの世界でも残るは傲慢のみ。
高位の神であるアカシャでも苦戦しているんだ。それよりも下位の神では人々と力を合わせて抑えるので精一杯ということか。
『我々では傲慢は倒しきれません。どうか。健闘を祈ります』
「!」
神の言葉に合わせて俺を取り囲んでいた兵たちがいっせいに敬礼する。
「……ああ。ありがとう」
俺はそれに敬礼を返し、その世界から転移した。
それから、俺はいくつもの世界を渡った。
獣人たちが魔法を駆使しながら爪を振るって戦っている世界。
角の生えた亜人が特殊な陣や祝詞のような呪文で応戦する世界。
巨人たちが世界を震わせながら戦う世界。
翼の生えた人が空を縦横無尽に飛び回りながら剣を振るう世界。
「あら。久しぶりね。影人ちゃん」
「……色欲、か?」
そして、俺のいる世界で傲慢以外に唯一生き残った色欲とともに戦っている世界もあった。
「影人ちゃんが私を殺さないでいてくれたから、この世界では私は皆と戦えているわ」
そうか。もし俺の世界で色欲を殺していれば、今ここに色欲はいないわけで。
こいつは、あっちの世界でのことも知っているのか。
「ここでは、私は目覚めた瞬間にこの世界の神の庇護下に入って原罪龍たちと戦っているの。ここの神はけっこう高位だから、傲慢から私への侵食を食い止めてくれたのよ」
「そうだったのか」
それぞれの世界で、それぞれの人々と神々が戦っている。色欲もまた。
だが、総じてどの世界でも傲慢だけは倒せていない。
というより、俺たちが倒すまで、どの世界も他の原罪龍を倒せずにいたわけだ。明らかに俺たちよりも力のありそうな文明世界もあったと思うが。
『それは原罪龍が各地の世界に合わせて分体のレベルを調整しているからです。
総合的に世界が勝てないレベル。原罪龍たちはそこにレベルを設定して自分たちを送り込んでいます』
「……じゃあ、俺たちが勝てたのは奇跡みたいなものだったのか」
『設定はあくまで封印される前に、その世界の文明速度の進行に合わせて設定されています。
この世界の文明ならば、封印が解かれる頃にはこのぐらいのレベルに到達しているだろう、と。
それを見抜いたアカシャが取った作戦が、原罪龍が現れない世界からの突出戦力の徴収です』
「……転生者」
『はい。貴方たちは謂わばバグ。
本来の世界文明の進行速度では現れないはずの強さを持った存在。
魔王だってそうです。そして、魔王大戦によって世界の戦闘レベルも上昇した。
さらに、失われたはずの闇の帝王という戦闘特化の存在も復活』
俺か。
『実際、貴方たちや魔王がいなければ、かの吸血鬼の女王の国でさえ勝利は難しかった』
「……たしかに」
複数体の原罪龍の融合で女王も苦戦していた。
「つまりは、全てはあのパンダの計算通りだったってわけか」
『そうなります』
恐ろしい、な。
桜を魔王として降臨させたのも、あるいは俺が闇の帝王の因子を持っているからこそ、か。
そして同時に魔王大戦で在来人類の底上げも行う。
転生者にチートと呼べるほどの強力なスキルと身体能力を与えて。
あいつは、全てを自分と自分の世界で解決しようとしていたのか。
他の世界では、原罪龍には敵わないと推測して。
『彼女は星の記憶を託すほどに高位な神です。それこそ私に次ぐほどの。
最高神たる私が動けない今、自分が全てをやるしかないと思ったのでしょう』
恐ろしい、が、頼もしい。
ならば俺は、その計算とやらに応えてやろう。
世界を、皆を守るために。
『経由地はここで最後ですね。
次に転移する空間世界に、光の巫女が幽閉されています』
「!」
いくつもの世界を巡り、ようやくフラウの元に行くことができるようだ。
どの世界も苦戦していた。
疲弊もしていた。
どこももう限界だ。
早くフラウを助け、全ての力を集め、さっさとパンダの神を手伝いに行かないと。
「……フラウ。いま行くぞ!」
そうして、俺は最後の世界から転移したのだった。