第三百十四話 星の記憶と双子天使
「……綺麗だな」
真っ暗な空間にキラキラと瞬く星々。
そんな無数の星たちの中を昇っていく。
星は流れ、線状になる。否、星は動かずに俺だけが上に昇っているからそう見えるのか。
神樹から女神アカシャのいる天界までの転移中、俺の前にはそんな幻想的な風景が広がっていた。
『ここは星の記憶。アカシックレコードの保管庫です。
このひとつひとつの星が世界の記憶であり記録。世界がそこにあった証。あるいはこれからある導』
「星の記憶……」
サポートシステムさんは目を細めるように静かにそう語った。
『私は……私の本体は、ここが好きです。
ここに入ることができるのは私とアカシャと、そしてそのどちらかが認めた者だけ。
私はここで、ゆっくりと生命の在り方を眺めるのが好きなんです……』
「……じゃあ、傲慢はどうやってここに? あいつの目的には、ここの破壊も含まれるんだろう?」
『……傲慢は私の一部。アカシャも私も消えれば、星の記憶は管理者を求めて私、イリスの魂を探す。
傲慢はそこで、私に成り代わってここの新たな管理者となるつもりなのでしょう。そうなればここへの出入りも、記憶の扱いも自由ですから』
「……記憶の扱い?」
『はい。この星たちはひどく繊細なのです。
単純な物理的衝撃だけでも簡単に崩壊してしまいます』
「!」
星たちは均等な間隔を保ってその場に留まっている。下手に動いたりせずに、ただそこでじっと。
「……もし、この星が壊れたらどうなる?」
『……その星の記憶に刻まれた世界は崩壊し、消えてしまいます。記憶は、記録。
世界がそこにあった、そしてこれからもあるという寄る辺ですから』
「……寄る辺、か」
傲慢は最高神イリスに取って代わり、この星の記憶に入って、その全てを破壊するつもりか。
憤怒が言っていたな。
全てを自分のものにして、再び新たに生み出すと。
傲慢は、イリスがこの世界を始めたのと同じことをしたいのだろう。
そのために、今あるこの世界を壊したい、と。
なんて身勝手な。なんて傲慢な……。
ああ、そうか。ヤツは傲慢だったな。
それがヤツの行動原理、存在理由。
そこに莫大な力が伴ったことで歯止めが効かなくなり、同時に止められる存在は休眠してしまったわけか。
「……そりゃ、思い上がって暴走もするよな」
『……』
だが、それならばいっそうヤツを止めなければ。
俺たちの世界も、親父たちのいるかつての世界も、それ以外の全部も、みすみす壊されるわけにはいかない。
それに、フラウが捕らえられている。
フラウを助けるためにも、ヤツにはご退場願わないと。
「……そうだ。サポートシステムさん。フラウがどこに捕まってるか分かるか?
できれば、ヤツとアカシャが戦っているところに突っ込む前に助けに行きたいんだが」
フラウが心配というのももちろんあるが、憤怒は今の俺では傲慢に敵うどころか、アカシャの足手まといになると言っていた。
そのために闇の帝王の真の力を取り戻せと。
万有スキルは全て揃え、残るはフラウの持つ魔人の短剣のみ。
フラウを助け出すとともに全ての魔人武器を揃え、神の領域とやらの力を手に入れる必要がある。
ついでに光の巫女たるフラウの手も借りられる。傲慢は、どうもその力を怖れているようだしな。
『あ、この転移魔法はアカシャへの直通なので寄り道はできませんよ?』
「……マジか」
というか、なんであんたちょっとフランクになってるんだよ。
『まあでも、着いた瞬間にアカシャがマスターを幽閉空間に飛ばしてくれるでしょう。
あの子は地上の様子も全て把握してますから。傲慢にはそれができないように妨害しながら、ね。だから安心してください』
「そうなのか」
だから傲慢はあらかじめ忍ばせていた魂の欠片越しにしかこちらに干渉できなかったのか。
というか、あの女神は傲慢と戦いながらそんなこともしてるのか。
『そりゃあ、あの子は高位の神ですから。星の記憶の管理がなければ、本来なら複数世界の管理を担うべき存在ですからね』
「ああそうか。アレはけっこうすごいんだったな」
最初の手足バタバタさせたパンダの印象が強すぎてすっかり忘れていた。
「……というか、なんであんたはずいぶん人間くさいしゃべり方になったんだ?」
べつに悪くはないが、突然すぎないか?
『ああ。それはマスターが神域に近付いているからでしょう。
ようは本体の寝床に近い分、私への力の供給が増えているということですね』
「ああそうか。そういえば、あんたはオンラインなんだったな」
『そういうことです』
休眠状態にあるイリス本体から外部アクセスを受けて稼働しているサポートシステムさん。
ようは、電波の発信基地に近付いているから感度が増してきているということか。
『まあ、私のことはいいのですよ。
それより、幽閉空間に捕らわれている光の巫女を無事に助け出すことを考えないと』
「ふむ……」
捕らわれているということは、フラウの生殺与奪の権を傲慢に握られているということだ。
もし俺がアカシャのもとにたどり着いて、さらにフラウを捕らえている幽閉空間に転移されたと知ったとき、傲慢がどう出るか分からない。
最悪、敵に回すぐらいならとフラウを処分することもあり得る。
「……サポートシステムさん」
『なんでしょう?』
「万有スキル『双子天使』を使いたい」
『……今、ですか?』
サポートシステムさんは俺の思惑を把握できずにいるようだ。
「そうだ。俺と、フラウを対象にしてほしい」
『!』
「可能か?」
万有スキル『双子天使』はどちらか片方が死んでも、リンクしたもう片方の魂の記憶から肉体を再生する不死身のスキル。
マリアルクス王と殿様が使っていたスキルだ。
これがあれば、たとえ傲慢がフラウを殺しても再び復活できる。逆に言えば、俺が到着した瞬間に傲慢に殺されても復活が可能ということだ。
『……可能です……が、あまりオススメはしませんね』
「なぜだ?」
サポートシステムさんはあまり気乗りじゃないようだ。
『万有スキル『双子天使』は死亡した者の痛みをもう片方が引き受けます。だいぶ緩和はされますが。
傲慢はいざ光の巫女を処分するとなったら、おそらくその肉体も魂も再び再生できないように完全に消滅させようとするでしょう。
その痛みはたとえ緩和されていても、人には到底耐えられるものではない。物理的に肉体を破壊されるのとはワケが違うのです。
それを肩代わりするマスターの精神がもたないでしょう』
「ふむ。それなら問題ない。やってくれ」
『……ずいぶんあっさり決断なさるんですね』
サポートシステムさんは驚いているようだった。精神的に死んでしまうほどの衝撃を受けると聞いてもあっさりと受け入れたからだろう。
「フラウは俺にとって大切な存在だ。
それが消えてなくなるのを防げるなら、その程度の痛み、何とかしてみせるさ」
『……人の、不思議な所ですね』
「不可解な所だろ?」
『……ですが、好きな所です』
「そうか……」
それは、この人の本音のように思えた。
『分かりました。
では、万有スキル『双子天使』を発動します。
対象は影人。及びフラウ。
両名の肉体と魂を繋ぎ、星の記憶に記録。
いかなる時もふたつはひとつ。
今ここに、新たな双子天使が誕生します』
「!」
『……完了しました。
おふたりの接続が分かるはずです』
「ああ、分かる」
サポートシステムさんの言う通り、フラウの存在をしっかりと感じられるようになった。
離れているのにすぐ隣にいる感覚。
ふたりでひとつ。
まさにそんな感覚だった。
『まもなく到着します』
「ああ」
上を見上げると、星が途切れて真っ黒な空間が広がっていた。
そして、その先に強烈な光が白く空間を区切っているのが見えた。
どうやらあそこが終点らしい。
「……フラウ。今いくぞ」