第三百七話 天外魔法
「その巨体で瞬間移動しないでよね!」
「くっ……」
ついには万有スキルまで使い始めた憤怒。『世界の扉』でルルとプルの背後に現れた憤怒は魔人武器を振るいながら体当たりしてきた。
「プルっ!」
「……ぐっ」
プルはルルを庇って前に出たが、魔人の杖の黒い流星による自動防御も何もかもを吹き飛ばして突き進んできた憤怒にプルは轢き飛ばされた。
プルが時間を稼いでくれたおかげでルルは間一髪回避することができたようだ。
「……ふぅ」
「……」
憤怒が通過した直後、何もなくなった空間にプルが再生する。粉々に粉砕されたプルだったが、即時再生ですぐに復活したのだった。
だが、ルルもプルも分かっていた。
再生復活する速度が少しずつ遅くなってきていることに。
そして、それに気付いているのは2人だけではなかった。
『……ようやく、ダメージが出てきたか』
「「!!」」
2人のもとに憤怒の声が届く。
『この武器やスキルは特殊だな。神たる者に直接ダメージを与えられるようだ。ならば、それは存分に有効活用してやるとしよう』
「ああもう! 影人はなにしてんのよ!」
「……ツラすぎ」
神に直接ダメージを与える特殊武器。
その眷属である自分たちにもそれが有効でないわけがなく……。
『貴様らは少しでも残しておくと何をするか分からんからな。能力は惜しいが、取り込まずに消すとしよう。
そのあとは星ごと喰らうか。
なかなか個性的な能力を持つ者もいるようだしな。
そのあとは、傲慢のもとに行ってやるとするか。これらの力があれば十分神とも渡り合えよう』
「くそー。憤怒のくせに他者の能力を取り込むとかおかしくない!?」
「ん。理不尽」
ただでさえフィジカル的に最強な上に取り込んだ者の能力を使うことができる憤怒の無双具合に、2人は頬を膨らませて不満を漏らした。
『何を言っている。相手を理解せねば怒ることはできない。
俺は世界の全てに憤怒する。
全てを知った上で、俺は全てに怒るのだ』
「そんなら傲慢だってそうやん」
「そーよそーよ!」
プルのツッコミにルルが囃し立てる。
こういうときの連携は息ピッタリだった。
『……当然だ』
「ほわっと?」
「はい?」
『俺は全てに憤怒する。
俺のなかにいる影人とやらと、地上の奴ら全てを取り込めば、俺は傲慢さえ倒せる。
そして傲慢を取り込めば、その先の神をも倒せる。
そして最後にはイリスをも取り込み、全ての世界を俺のなかに取り込む。
全てが俺になれば、俺はもう何にも憤怒しなくてよくなるのだ……』
怒ることに飽いた。
影人にそう語った憤怒の言葉は本音だった。
全てを自分にすることで憤怒する対象をなくす。同じ原罪龍でさえも。
それが憤怒が世界を滅ばさんとする理由だった。
「……」
「……それで、全てを自分にしたら、そのあとあなたはどうするの?」
ルルが尋ねたそれは単純な興味だった。
世界そのものを取り込み、正真正銘のひとりになって、彼はいったいどうするつもりなのか。
ルルは単純に、それが知りたいと思ったのだった。
『……べつに、何も。
それで怒りが沸かなくなればどうなるのか、それが知りたいというのはあるが、それから先にどうするかは分からん。
自分で自分を終わらせてもいいし、新たに全てを生み出して、自分が自分に憤怒するのかを試してみてもいい。
まあそれは、そのときの気分だな』
「……」
その返答は、本当にそのあとのことなどどうでもいいと思っているようにルルは感じた。
そして同時に、だからこそ危険だと。
傲慢には神にとって代わりたいという願望がある。
だからこそ無意に世界を傷付けずに、うまいこと自分が神の座に収まるために神を排そうとしている。
世界そのものを滅ぼすなどという文言は憤怒含めた他の原罪龍に向けた妄言だろう。
だが、憤怒は違う。
本当に世界などどうでもいいのだ。
いや、どうでもいいのではなく、明確に滅ぼしたいと思っている。
ゆえに、憤怒の勝利は文字通り世界の終わり。全ての死を意味することになる。
「……なら、やっぱりこいつは何としても止めないと」
「……そうね」
プルも同じ結論に到達したようで、ルルはその呟きにこくりと頷く。
『止めてみるがいい。今の俺を、止められるものならばな』
憤怒は1本の巨大な刀を顕現させた。
キラキラと星が瞬く真っ黒な刀身。
黒影刀。魔人の刀を。
その刀に、憤怒が保有する全ての魔人武器と万有スキルの力が集約されていく。
「あー、収集途中でも、刀の使い方はちゃんと分かってるのね」
全ての魔人武器と万有スキルをひとつに。
その能力から、全ての力を一刀に注ぐことができるのが魔人の刀の本来の使い方。
その一太刀は、全ての能力効果を同時に発揮する。
「……あれは、さすがにまともにくらえば、ただじゃすまなそう」
刀身に散りばめられた星とは別に、ひときわ大きく輝く星。
それは刀身の両面にあった。
片方の面に5つ。反対側の面には6つの大きな星。
それぞれ、現在影人が保有している魔人武器と万有スキルの数と同じだった。
憤怒に合わせた大きさで顕現した魔人の刀は惑星ですら一太刀で断ち切れそうなほど巨大だった。
そして、刀身に集められた力が強力な黒い魔力として、刀身を纏うように迸る。
「……そうねー。あれは、再生力とか無視して魂ごと消し飛ばされそうよね」
星斬りの刀。
神すら屠るその斬撃を受ければ、いくらルルたちでも再生不可のダメージを受けることは必至だった。
「……ルル。天外魔法」
「うげ。やっぱり?」
プルが口にした言葉にルルは嫌そうに顔を歪めた。だが、それしかないと考えているのはルルも同じのようだった。
「しょーがないわね」
「ん」
月の肉体から手のように突き出た腕で、凄まじい魔力が迸る刀を振り上げる憤怒。
対してルルとプルは手を繋ぐと、それを憤怒に向けて突き出した。
「……言っとくけど、使い終わったら魔力がだいぶなくなるわよ。再生速度がアイツの攻撃速度に勝てなくなるわ」
再生に時間がかかるということは攻撃、防御、回避の全てに時間がかかるということ。
憤怒の攻撃で死に、復活しきる前に再び攻撃を受けて死ねば勝機はなくなる。
憤怒はそれを延々と繰り返せばいいだけだから。2人が死にきるまで。
これまでは憤怒の連続攻撃速度よりも速く2人が再生復活できていたからそれが出来なかった。
しかし、これから使う魔法を放てば再生速度は著しく低下する。
つまり、それからは二度と死ぬことが許されなくなるということだ。
「ん。大丈夫。
影人なら、きっと何とかするから大丈夫」
「……信用してるのね」
「……信頼してる」
「そ。ならいいわ」
時間さえ稼げば影人がきっと何とかしてくれる。
ルルはプルが誰かにそこまでの信頼を寄せていることが少し嬉しかった。
「私たちが力を合わせれば第三ぐらいまでなら使えるはずよ。
出し惜しみはしないわ。
第五から第三まで、アイツの動きを見ながら一気にいくわよ」
「おけー」
2人は手を繋いでいない方の手に持つ杖を掲げた。
2人の強力な魔力が繋いだ手に集まっていく。
『……なんだそれは』
どうやら憤怒は2人が放とうとしている魔法のことを知らないようだ。
「魔人武器やら万有スキルやらはもともと闇の帝王のものだからね。
私は私で、それと同等近い威力を出せる魔法が欲しいなって思って、この世界に降り立ってからずーっと研究してたのよ」
「ん。ヴラドも天竜も私も手伝った」
『……神にダメージを与える魔法、か』
「そゆことー」
『……面白い』
憤怒はかすかに笑ったようにも思えた。
『やれるものならばやってみるがいい!』
そうして、憤怒は魔人の刀を振り下ろす。
圧倒的な巨体から振り下ろされた刀は一瞬で亜音速を超え、2人に容赦なく襲いかかる。
「さ、やるわよー。第五からー」
「ん」
それをきっちり目で追いながら、2人は魔法を唱える。
「「第五天外魔法《爆縮神天》」」
『ぐぬっ!?』
2人の繋いだ手の先に生まれた小さな、ごくごく小さな点。
その点に刀が触れた瞬間、憤怒の方向に強烈な噴煙が起こる……否、爆発が速すぎて噴煙があとからそれを追ったのだ。
超高圧縮された魔力の塊。
それは衝撃を受けた瞬間に、その衝撃が来た方向にだけ魔力の暴走が向かうように調整されていた。
そしてそれは、受けた衝撃が強ければ強いほど暴走した魔力の爆発は強烈なものとなる。
つまりは、相手の攻撃の強力さを利用した無慈悲のカウンターだった。
『……ぐ、うぅ』
「……刀を手放しもしないかー」
「弾いただけ。残念」
そんな高圧縮爆発を受けた憤怒だったが、刀を腕ごと弾かれただけのようだった。
魔人の刀はその特性上、手から離せば集約した力が霧散する。
全ての力を集約させるそれは何度も出来るようなものではなく、ルルたちは魔人の刀を手放させることを目的としていた。
神にダメージを与えるとはいえ、神によって創られた自分たちが創った魔法で倒しきれるとは思っていない。
ルルたちは初めから憤怒の消耗が目的だったのだ。
『……今の斬撃を弾くとは、なかなか……!』
「次」
「はいよー」
天外魔法の衝撃が残っているうちに畳み掛ける。
ルルたちは再び繋いだ手に魔力を集めた。
「「第四天外魔法《心蝕》」」
『……?』
2人は新たな天外魔法を放ったが、しかし今度はその手から何も放たれなかった。
『……不発か? まあいい』
何の異常も確認されなかった憤怒は再び魔人の刀に力を集約させた。弾かれたときに消耗した分を補填したようだ。
『俺の攻撃を弾くほどの大魔法。そう何度も放てまい。いつまで耐えられるか試してやる!』
そうして、再び振り下ろされる絶望の一刀。
「プル。次ね」
「ん」
2人はまた再び、それに繋いだ手を向ける。
「「第三天外魔法《無秒の一》」」
『ぐっ……何っ!?』
2人がそれを唱えた瞬間、憤怒の生やした腕が後方に吹き飛んだ。その手に持っていた魔人の刀とともに。
2人の魔法が憤怒の腕を根元から吹き飛ばしたのだ。
憤怒から離れたことで刀に集められた力が消える。
『俺の肉体を、斬るだと?』
憤怒は驚いていた。
最硬とまで言われる自分の肉体を斬ることが出来るものが存在したことに。
その切り口からも、どうやら腕は鋭利な何かで斬られたようだ。
「これで終わりだと思ったら甘いわよ」
「ん。第三はまだまだ終わらない」
『……何?』
額に汗を浮かべる2人がふっと笑う。
そして次の瞬間。
『なっ! ぐあっ!! ば、馬鹿なっ!?』
憤怒の肉体に次々と亀裂が入り、そこからボトボトと月の肉体が削ぎ落とされていった。
『ぐっ! こ、こんなっ! 俺の肉体がっ!?』
削れた部分からすぐに再生はされているが、それでも終わることのない斬撃によって憤怒は次々に肉体を斬られていく。
『く……ぐおおおおおっ!!』
静かな宙に、憤怒の怒号が響いた。
「……くっ、はぁはぁ」
「……ふー」
2人は繋いだ手を離す。
魔力を大幅に消耗した2人は額に汗をかき、肩で息をしていた。
「さすがに、『斬った』という事実のみが存在する斬撃ならアイツにも効果があったわね」
「ん。ルルの『世界調整』でアイツの存在率を下げて、天外魔法の強制力を上げてようやく、だけど」
2人は万有スキルとの併用で第三天外魔法をより強固なものとしていた。
それにはやはり、相当の魔力を必要とするが。
「……私たち2人でも、第三までが限界ね」
「ん。万全の状態でも第二と第一は厳しい」
2人はまだ斬られ続ける憤怒を眺めた。
「……そろそろ斬撃がやむ」
「さすがに倒しきれないわねー」
憤怒の再生力を削りきる前に、2人の魔法の効果が切れてしまうようだ。
「……届いてるかしらね」
「届いてる、って思うしかない」
「……そうね」
2人は憤怒のなかにいる男を信じた。
きっと、彼なら何とかすると。
「さ。じゃあ、それまで、もうひと踏ん張りするわよ」
「やれやれ」
斬撃が終わり、再生を始めた憤怒に2人は再び杖を掲げるのだった。




