第三百四話 月に飛ばされ地上から再び月へ
「はぁっ!!」
思いきり振り上げた黒影刀に闇の力を込め、渾身の力で振り下ろす。
「ぐっ!」
が、目の前の大地にはかすり傷ひとつつかずに刀が弾かれた。
硬い大地に剣を振っているようなもの。俺はいったい何をしているのかとさえ思えてくる。
「……こんなの、ダメージが入るのか?」
俺が刀で斬りつけている間も、ルルたちが設置した魔方陣が次々と爆発を起こしている。
ひとつひとつが一国を吹き飛ばせそうなほどの威力の大爆発だ。
そして、ひとつの爆発が終わる頃には新たにいくつもの魔方陣が創られていく。
「魔方陣の起動と爆発のエネルギーをそのまま次の魔方陣の敷設に利用しているのよ。1回の爆発で複数個生成できるから、一度走らせれば無限に増えていくわ」
ルルはそんな説明をしている最中でも、別に新たな無数の魔方陣を展開し、数多の魔法を発動させている。
一度にふたつの魔法を発動させるだけでも大変なのに、同時並列思考が尋常じゃない。
「ダメージはあんま入ってないかも。まあ自動回復を削る意味はあるから」
「なるほど」
プルもルルに負けず劣らずのペースで魔法を紡いでいる。
大賢者に魔導王をマスターしたプルは格位的にはルルと同じレベルに到達したと言える。
そんな2人が無数に攻撃して相手の自動回復をようやく削ることができるレベルか。
「そうなのよ。こっちもあっちも魔力は勝手に回復するから、このままじゃ永遠に勝負がつかないところだったの。
だから、あなたに手伝ってもらいたいところだったってわけ」
「……手伝いに、なればいいがな」
正直、俺なんかが参戦して足しになるのかと思いたくなるレベルの戦いだった。
というより、向こうはまだ動いたところさえ見ていない。
憤怒は球体なのか?
『世界の扉』でワープする前に遠目から見たときは確かに丸い月のままに見えたが。
そんなので、どうやってルルの頭を吹き飛ばしたんだ?
「なるわよ。あんたはまだ自分の力の成長に気付いてないだけ。急激にいろんな力を手に入れたから、その使い方が分からないだけなのよ。
本来なら闇の帝王の称号を得た段階でその闇の力は完全に使いこなせるようになってるんだから。それだけで私たちに匹敵するレベルになってるはずよ」
「……そうなのか?」
とてもそうは思えないが、言われてみれば闇の帝王の称号を得てからはバタバタと戦闘が続き、特にその力を検証したりせずにさらに魔王やら他の魔人武器やら万有スキルやらを入手したから、自分が今どれだけの力を発揮できるのか分かっていないかもしれない。
「そう。そもそも今この空間にいることが何よりの証拠」
「……たしかにな」
プルが言うように、宇宙空間で、かつ絶えず大爆発が起こっているこの場にいても俺は何のダメージも受けていない。
プルのように結界でバリアーを張っているわけでも、ルルのように無効術式を展開しているわけでもないのに、俺はこの過酷すぎる環境下に何も影響を受けていない。
「そもそも、私の無効術式を認識できる時点で私と同等なのよ」
そういえば、なぜ俺はルルがそれを展開していると分かったのか。
特に注意して視たわけでもないのに、2人がどんな魔法を展開しているかが俺にはすぐに分かった。
というより、今ならこの世界の全てを理解できてしまいそうだ。
……それこそ、憤怒の怒りの気持ちでさえ……。
「あ、影人」
「え? かっ……!」
一瞬。
そう。ほんの一瞬のはずだ。
ほんの一瞬だけ、油断した。
いつ何が来てもいいように俺は常に気を張っていた。
ルルたちと会話しながら、その展開術式を視ながら、それでも敵からは目を離さなかったし、最大限に警戒していた。
それなのに、ヤツの気持ちをほんの一瞬でも理解しようとした、その一瞬の油断をつかれて、俺は憤怒に吹き飛ばされた。
「あーあ。なるべく早く戻ってきてよねー」
自分の肉体が意識とともにバラバラに吹き飛ばされて薄れていく感覚とともに、ルルのその声を最後に俺の意識は途絶えた。
「……う」
意識を取り戻したとき、俺はまだ空にいた。
いや、空に戻ってきたと言った方が正しいか。
宇宙にいた俺は憤怒の一撃をくらい吹き飛ばされた。
肉体のほとんどを消し飛ばされて意識が途絶えたが、おそらく頭部の復活とともに意識を取り戻したようだ。
今の俺は絶賛、猛スピードで地上に向けて落下中だった。
「……太陽の方角に飛ばされなくて助かったな」
さすがに太陽に投げ込まれて無事でいられるかは分からない。
もしも太陽に落ちたら、太陽が消滅するまで再生と死滅を繰り返すことになるのだろうか。
そうなったら、意識を取り戻すのはこの銀河系が滅んだあと?
「……シャレにならないな」
まあ、そうなったら原罪龍にとっくに世界は滅ぼされて、俺は意識を取り戻すことのないままあの世行きになっているだろうが。
「……一度、地上に降りるか」
意識を取り戻したときには肉体の全てが再生されていたし、闇影の鎧も装着済みだった。
意識を失うと完全再生するまで戻らないのか?
それは少し不便だな。
『否。マスターは消滅後、肉体の全てが鎧含めて同時に復活しました。今はまだ復活までにタイムラグがありますが、慣れればやられても即時復活が可能となるでしょう』
「そうなのか」
俺の意識がなくてもサポートシステムさんは俺を観測できているのか。
だが下手に再生して、意識を取り戻すのは全再生後とかではないようで良かった。
それだと捕まった時点でアウト。
永久に意識を取り戻さないように破壊され続けることになりかねない。
『……慣れれば、ね。できれば慣れるようなことにはなりたくないけどな』
『……まあ、それを祈っています』
……どうやら慣れるようなことになるほど死ぬ目算らしい。というか、死んでもさっさと復活して攻撃し続けろってことか。
ホントに死にゲーだな。
しばらく落下すると、すぐに地上が見えた。
まだ『世界の扉』の扱いに慣れていないから地上で落ち着いて扉を出し、再びルルたちのもとに跳ぼうと思う。
「よっ、と」
「どひゃあっ!!」
「か、影人なのだっ!?」
ちょうどミツキたちがいるところに着地した。
突然、空から猛スピードで落下してきて土ぼこりを舞い上げた俺にミツキたちは驚いたようだ。
「ずいぶん早いお帰りね」
「ちょっと、1回殺されてな」
桜が皮肉めいた顔で茶化してきたので適当に返しておいた。
「憤怒はどうだ?」
女王に尋ねられ、俺は首を横に振った。
「どうもこうも、デカすぎてよく分からない。正直、自分がどうやって殺されたかすら分からないからな」
「そうか……」
俺は答えながら『世界の扉』で宇宙まで続く扉を出現させた。
2回目にして早くもコツをつかんだようだ。
ぼんやりと行きたい場所を思い浮かべるだけで扉は難なく現れた。
『まあ、私がマスターの意思を汲み取って代わりに演算してあげているのですけどね』
『……ありがとうございます』
だそうだ。
「影人っ!」
「ノア?」
俺が再び扉に入ろうとすると、ノアが駆け寄ってきた。
「相手は月なのだ? それなら、私のスキルを使えばいいのだ!」
「あ、そうか」
ノアのアドバイスを受け、俺は再び扉から宇宙に戻った。
「おかえり~」
「よっ」
戻ると、今度はそこは雷撃の嵐だった。
さっきの爆発もそうだが、いったいどうやって宇宙空間で爆発やら雷撃やらを発生させているのかと思うが、この2人にそんなことを尋ねるのは無駄だろう。
きっと一言、「魔法」と言われて終わりだろうからな。
「どうだ?」
「んー、微妙。爆発も雷撃も、それ自体というよりは衝撃によるダメージの方があるかも?」
「そーねー。いっそ現象ダメージはやめて、単純に出力だけのダメージでやってみようかしら」
「ダメ。まずは全属性を試してみてから。どこに弱点があるか分からない」
「んもう。プルちゃんは完璧主義ねえ」
「ルルが適当すぎる」
この2人はまるで実験をしているかのようだった。
自分たちの命の危機などまるで感じていないかのような。
実際、俺もこの2人がいれば全てが何とかなるのではないかと思ってしまう。
「……」
いや、違うな。
よく見ると、2人ともさっきより消耗しているのが分かる。
少し前の俺なら気付けなかったかもしれないが、本当に少し、極々僅かだけ、2人の力が弱まっている気がした。
「……ま、影人もいろいろ試してみてよ。あんまり吹き飛ばされて殺されないでね。時間勿体ないから」
「了解」
2人もそれを分かっているようで、俺にさっさと活路を見つけろと言ってきた。
おそらく、自分たちではどうにか出来ないと分かっているのだろう。あるいは、切り込むための一刀を待っている。
『サポートシステムさん。刀を、ノアの魔人の鎚に。あと万有スキルは『世界動地』で』
『承知しました』
俺はノアのアドバイスにしたがうことにした。
刀を抜いてサポートシステムさんに頼むと、黒影刀は魔人の鎚へと姿を変え、『世界の扉』に設定していた万有スキルはノアの『世界動地』へと変更された。
『世界動地』は文字通り大地を操るスキル。
魔人の鎚はその能力を最大限に引き出す効果がある。
「……まずは鎚を埋め込むところからか」
俺は目の前に広がるクレーターだらけの広大な大地を眺めながら、魔人の鎚を肩に担いだのだった。