第三話 西の国
影人が神樹に背を預けてスキル編纂に勤しんでいるのと同時刻。
神樹の森を囲うように、東西南北に存在する4つの国。
その内の1つ。西の国<アーキュリア>で、1人の奴隷少女がくたびれた路地を、複数の男たちから懸命に逃げていた。
「はぁはぁはぁっ!」
少女はボロボロの布を身に纏い、首には鈍い色をした鉄製の首輪をつけていた。
所々ケガをしていたが、肌が乾燥でボロボロだったため、どれが傷なのか、その判別を難しくさせた。
レンガや石や泥によって作られたボロボロの家々の間を、息を切らしながら少女は走り続けた。
何度か転んで擦りむいたのだろう。
膝や肘には真新しい傷跡があり、そのどれもに、じんわりと血が滲んでいた。
「急がなきゃ!
あれは!あの光は!
きっと間違いないのです!
お姉ちゃんが言ってたやつです!」
少女は追ってくる男たちの影に怯えながらも、自らを鼓舞するように、何度もそう呟きながら走り続けていた。
「くそっ!
どこ行った!あのクソ餓鬼!」
「ようやく買い手がついたっていうのに、逃がしたら大損だぞ!」
「何としてでも見つけろ!」
「………はぁはぁはぁ」
路地のさらに奥まった、狭い角に積まれた木箱の影に身を潜めて、少女は息を整えていた。
「どうしよう。
あんなにいっぱいいたら逃げきれないです。
でも、明日には私を買った人が私を引き取りに来るです。
そうしたら、もう逃げられないです。
私は何としても、行かなきゃいけないのに……」
少女はそう言って、抱えた膝に頭を埋めた。
「くそ!
どこ行った!
おい!向こうに倉庫がたくさんある!
あっちを探すぞ!」
すぐ近くで聞こえた声に、少女はビクッと体を強張らせたが、その足音がバタバタと遠ざかっていくのを聞いて、ハァーと息を吐いた。
「行かなきゃ!」
少女はキッと目に力を込め、再び走り出そうと勢いよく立ち上がった。
「どこに行くんですかね?」
「!?」
突然、自分の頭の上から声が聞こえてきて、少女はビクッと動きを止め、恐る恐る上を見上げた。
そこには、屋根に足先だけを引っ掛けて逆さ吊り状態になった仮面の男が、首だけを動かして、真下にいる少女を見ていた。
「ひ………っ!」
少女は思わず声をあげたが、その男の仮面から覗く瞳を見た途端、急に頭が重くなり、その場にドサッと倒れこんで意識を失ってしまった。
「やれやれ。
こんなのの回収に、私まで赴かなければならないとはね」
仮面の男はやれやれと溜め息を吐きながら、少女を肩に担いだ。
「ゲタンさん!
すいません!助かりました!」
少女を追っていた男たちのリーダー格と思われる大柄な男が、仮面の男に声をかけた。
「まったく、とんだ失態ですね」
ゲタンと呼ばれた仮面の男は再び溜め息を吐きながら、担いでいた少女を男に渡した。
「そういえば、この少女が興味深いことを言ってましたよ。
『あの光は!』と」
少女を渡したあと、ゲタンはリーダー格の男にそう告げた。
「おそらくその件で、ボスがゲタンさんをお呼びです」
リーダー格の男はその言葉を聞いて、声を抑えてゲタンに耳打ちした。
「………そうですか」
ゲタンは少し考える様子を見せたあと、それだけ言って踵を返した。
「あ!そうそう」
ゲタンは数歩歩いた所で立ち止まり、体だけを、再びリーダー格の男に振り向かせた。
「今回は思わぬ情報が手に入ったから見逃しますが、次、また私をこんな雑用に駆り出させたら、死んだ方がマシだと思える目に遭うと思ってくださいね」
ゲタンはそう言って、仮面の奥の瞳だけで笑ってみせた。
「……っ!は、はい!」
その言葉に、リーダー格の男だけが何とか返事を返し、他の者は固まったようにその場に立ち尽くしていた。