第二百九十六話 帰還。そして……
「……」
暴食の世界から帰還する瞬間に聞いたあの声。
それには聞き覚えがあった。
人を嘲け笑うような高慢な声。
まさに、傲慢という言葉が当てはまる奴の声だ。
すべては、奴の仕業というわけだ。
「……」
ミツキやフラウが憤っていたように、やはり怒りは溢れる。
戦いたくない者を無理に戦わせたり、神を気取って仲間に罰を与えたり、まさに好き放題。
傲慢。奴には一度、しっかりと灸をすえてやらなければならないだろう。
「こ、ここは?」
「も、戻れた、のですかな?」
「!」
ふと周りからざわつく声が聞こえて顔を上げる。そこここで和製鎧を身につけた兵士たちが周りをキョロキョロと見回していた。
どうやらあっちの世界に転送されていたワコク兵たちも無事に帰還できたようだ。
「影人殿っ!」
「殿様」
俺たちの姿を見つけた殿様が駆け寄ってくる。
ミツキたちもともに帰還していて、皆と同じように周囲を確認していた。
「……やったのだな?」
「ええ」
殿様たちは俺たちの策が駄目だったときのために街で食べ物を探してくれていた。
「……そうか。良かった……」
俺が無事に終えたことを伝えると殿様はホッとした顔を見せた。
「……それで、彼女は?」
「……無事に、いきましたよ」
「……そうか」
暴食が消えたことを知ると、殿様は複雑ながら微かに微笑んだ。
彼女のために街を駆けずり回っていたのだ。やはり何とかしてあげたいという思いはあったのだろう。
「それで……」
「危ないっ!」
「おわっと!」
殿様が話を続けようとしたら突然、空から巨大な何かが降ってきたので慌てて殿様を庇いながら刀でそれを受け流す。
「影人殿。べつにワシは庇わんでも死なんよ」
「あ、そうでした……それより、それは……」
「ふむ。岩だの」
反射的に殿様を庇ったが彼は万有スキルのおかげで不死身なんだった。
それよりも、空から降ってきたのは直径が3メートルほどの巨大な丸い岩の塊だった。
「なんでこんなのが空から?」
「おっきいですー」
ミツキとフラウも空から落ちてきた岩に驚いている様子だった。
「これは、ノアの魔法だな」
「女王、知ってるのか?」
ほぼ真球に近い岩の塊はたしかに人造なものだと思われた。
そういえば、この世界の暴食はまだいるんだっけか。
その相手を任せていた桜とノアはどこに……。
周りは俺たちがあっちの世界に行ったときと同じ森のまま。暴食に喰われたりはしていないようだが。
「あら、影人。戻ってたのね」
「うわっ!!」
周りをキョロキョロと見回していたら、森を吹き飛ばしながら空から桜が降ってきた。
「おー! みんな戻ったのだ!」
「きゃーっ!!」
そのすぐあとに巨大な岩の塊に岩の手足をくっつけたような巨人が降ってくる。ミツキたちが舞い上がる噴煙に声を上げる。
「ノア、か?
それに桜、その姿は……」
その岩の巨人の中からノアの声は聞こえた。
さらに桜は桜で、牙やツノや翼が生えていて、黒い衣装とマントも相まってとても邪悪な姿をしていた。
2人とも、異様なほど強力な魔力を放っている。
「ああ、これ?」
桜はマントの端をつかむと、ふわりと回ってみせた。
「【魔王】のスキルを全開にするとこうなるのよ。全能力解放で全ステータス大幅上昇。この姿のときは魔力を消費しないから魔法もスキルも使い放題。
ま、その代わりこれに成るのに魔力を尋常じゃなく消費するから、もとの姿に戻ると疲労が半端ないのよ。あんまり成っていられる時間も長くないしね。
もともとは神と戦うためのスキルだから、一時的にその域に至れるようになってるのよ」
正直、大幅上昇なんてレベルではない。魔王大戦のときとはそれこそ格が違う。
暴走状態の俺でもおそらく歯が立たないレベル。
桜は、こんな力を使わずに大戦に臨んでいたのか。
「大戦のときは一三四ちゃんに【魔王】を渡してたけど、実際あの子じゃこのスキルを使えなかったのよね。肉体がもたないから。だから適性のある誰かに託してくれればって思ってたんだけど、結局私のもとに戻ってきたってわけ」
「なるほどな」
この力を使っていれば魔王大戦では楽に勝てただろうが、そのあとの神との戦いでろくに戦えない。桜は先を見据えた上でこの力を使わずに連合軍との戦いに勝利したかったのか。
「ノアも……というか、ノアだよな?」
そして、隣には巨大な岩のゴーレムに身を包んだノア。
岩、というよりは黒く輝く鉱物の塊といったところだろうか。
「そうなのだ! この世界で一番硬い鉱物を集めて纏ってるのだ! 魔力をすごい使うし魔人の鎚と併用しないといけないすごい疲れるけど、私の技で一番強いのだ!」
ノアが自分で言うように、この黒い外殻からもとんでもない魔力が感じられる。ただ硬い鉱物を集積させただけではなく、それを強力な魔力でガチガチに固めているのだろう。
「……ちなみに、桜が手に持っているそれは……」
「ん? ああ、暴食よ」
桜が尖った爪を食い込ませながらひょいと持ち上げたのは首だけになった暴食だった。
改めて見ると、こっちの暴食は少年のような姿なんだな。
「この姿なら魔力を気にする必要がないから、『世界の扉』でこいつを空に飛ばして2人でずっとぶちのめしてたのよ。ノアの外殻ならこいつの攻撃も少しは耐えられるのが分かったしね」
あの防御無視攻撃みたいな暴食の捕食(転送)を防御するのか。
「ていうか、みんなが戻ってきたってことは本体は無事に倒せたのよね?」
「ん?
……ああ、まあな」
「ん? ま、いっか。途中から再生とかしなくなったからそうだろうなって思ったのよ」
厳密には倒したわけではないのだが、桜はとくに気にした様子もなかった。
「んじゃ、今ならこいつも消せるわよね」
桜はそう言うと、ぽいと暴食の頭を空に放り投げた。
「ほいっ」
そして魔人の槍を出現させると、その先端にとんでもない魔力を集中させた。
「ばいばーい」
そして、それを一気に撃ち出す。
青白い閃光が木々を一瞬で消し去りながら進み、暴食の頭部を包む。
『……あ、あ、』
「!」
そのまま消えるかと思った暴食だったが、突然、目を見開いた。
『ああああああーーーーっ!!!』
そして、叫び声をあげながら大きく口を開いた。
「な、なにっ!?」
突然の異変に皆が状況を見守る。
『ああああああーーーーっ……』
そして、暴食は桜の光線を飲み込み始めた。
「まずいっ! 桜! 攻撃をやめっ……!」
『……っぐ!!!』
俺は慌てて声をかけたが、一歩遅かったようで暴食はその攻撃をすべて飲み干してしまった。
『……ああ……』
「……くそ」
そして、暴食は目を輝かせると瞬時に肉体を再生した。
それはさっきまでのような痩せ細った体ではなく、しっかりと肉がついた人のそれだった。
「……くっ」
「桜っ!?」
暴食の変貌をしり目に桜が地面に膝をつく。
姿が元の姿に戻っていた。
「……けっこう、持ってかれたわ。おまけに時間切れ。
悪いけど、私はもうしばらく動けないわ」
桜は額に汗を光らせていた。
【魔王】での変身能力の時間が終わった上に魔力を大幅に暴食に喰われたようだ。
「わかった。あとは任せて休んでてくれ」
「う、ん。ごめ、んね」
桜はそう言うと残った力で扉を出現させて消えた。このままここにいても足手まといになると判断したのだろう。
『あー……』
暴食はよだれをダラダラと垂らしながら、周囲をキョロキョロと見回したあと、俺たちへと照準を定めた。
「来るぞ。みんな構えろ」
「やれやれ。結局こうなるのね」
「がんばるです!」
「ふむ。仕上げだな」
「私もやれるのだ!」
こちらに突っ込んでこようとする暴食を迎え撃つため、俺たちは武器を構えるのだった。




