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第二百八十七話 喰われ、そして堕つ

「ノア! 無事! ……ではない、か」


「え……へへ、なのだ」


 合流したノアは片腕を失っていた。

 さらに、近くに巨人の死体。

 その巨人は頭と胴体がなかった。おそらく暴食(グラトニー)にその空間ごと喰われたのだろう。

 傷口はスキルで止血されていた。即席の土の包帯といったところか。


「……大丈夫か?」


「うむ! まだ生きてるから大丈夫なのだ! 生きてさえいれば生きていけるのだ!」


「……それは、まあ、そうだけどな」


 ノアは屈託なく笑った。

 ノアらしい言い方だが、たしかにその通りだ。近くに同族の死体が転がる状況でノアが言うと余計にそう実感する。


『あー!』


「!」


 影を食べた暴食(グラトニー)は俺を見失ったことに気付き、天を仰いで声をあげていた。

 見た目通り、知能レベルはあまり高くはないようだ。他の原罪龍(シンドラゴン)と比べても不安定な存在なのか? 能力特化、ということだろうか。


『……ンー』


 暴食(グラトニー)は周りをキョロキョロと見回し始めた。俺のことを探しているのだろうか。今は特に魔力や気配を抑えてはいない。そういった類いの感知能力はないということか?


「……う」


「!」


 そのとき、視界の端で倒れていた巨人が動いた。まだかすかに息があったようだ。


『アーッ!!』


 それを見つけた暴食(グラトニー)が巨人に飛び付く。

 まずい。助けないと!


「……っ」


「……ダメなのだ」


 生き残った巨人を助けるために飛び出そうとしたが、ノアに腕を掴まれて引き止められた。


「いま出ていったらアイツに見つかるのだ。レンザはもうダメなのだ。助けに行って、一緒に犠牲になる方が失礼なのだ」


「……」


 レンザというのはあの巨人の名前だろう。


『グッ!!』


「が……っ!」


「……っ」


 そして、巨人は暴食(グラトニー)に喰われた。


「戦いに来てる以上、皆が戦士なのだ。勝つために私たちがやらなきゃいけないのは助からない者を助けることじゃないのだ」


「……」


 巨人が喰われた瞬間、ノアが一瞬だけ悲しげな顔をしたのも、今もなお拳を握りしめているのも、俺は気付いている。

 前の世界でさんざん命の取り合いはしてきたが、こんな、世界の命運をかけた戦いは初めてだ。

 全員で、命をかけて戦う。

 これは、そういう戦いなんだ。


「……分かった。まずは状況を知りたい。

 少し時間を稼ぐから手短に話してくれ」


 俺は頭を冷やすと、暴食(グラトニー)の周りに無数の影を出した。


『アーッ!』


 それを俺たちから遠ざかるように動かしてやれば暴食(グラトニー)は嬉しそうにそいつらを捕食しに行った。

 見たところ、ヤツは視覚のみで獲物を見つけているようだから、これで少しは時間が稼げるだろう。


「……うむ。それでこそ影人なのだ!」


 冷静になった俺を見て、ノアは嬉しそうに頷いた。どうやら自分で思うよりも頭が追い付いていなかったようだ。


「……皆は?」


「私ならここよ」


「桜!」


 俺が尋ねると、ノアの隣に現れた扉から桜が出てきた。


「この場所に出た途端、アイツに喰われそうになったから扉で逃げたのよ。

 女王も扉から出た瞬間に巫女ちゃん2人を抱えたまま、ものすごいスピードで飛んで逃げてたからどこかにいるはずよ」


「そうか……」


 とりあえずは皆も無事なようで良かっ……ん?


「……ミツキはどうした?」


 周りを見回しても見当たらない。

 どこか離れた場所で狙撃しようと待機しているのだろうか。


「……」


「……」


「……ん?」


 しかし、2人は俯いたまま、何も言おうとしなかった。


「……おい?」


 嫌な予感はしつつも、かすかな希望を持って言葉を待つ。


「……ミツキは、アイツに喰われたのだ」


「……は?」


「……私も女王も自分が離脱するので手一杯でね。あの子には、私たちみたいな高速離脱する術がなかったみたいで」


 桜が申し訳なさそうな顔をする。


「……そう、か」


 ……ミツキが、喰われた?


「……影人」


「……大丈夫なのだ?」


 2人が心配そうにいているのは分かっているが、正直、それにまともに返せる余裕がない。



『……怒りを』



 頭の中で、声がする。



『痛みと、怒りと、憎悪と……』



 闇の底から響き渡るような、荘厳な声。



「……影人?」



『絶望と、激痛と、嘆きと、悲しみと、失望と……』



 その声が俺の中でどんどん溢れていくのを感じる。

 だが、今はそれを悪いことだとは思えなかった。いや、それに身を任せることこそが、今この場での最適解なのだろうという確信さえあった。


 そこに堕ちたら、きっと戻ってこられなくなると、分かっていながら……。



『……そして、その全てでもって、始まりに、終わりを』



 俺はそれでも、仲間の死に、扉を開けることを躊躇わなかった。



「影人っ! そっちはダメよっ!」



 桜の声なんて、もう、ナニモキコエナカッタ……






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