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第二百八十話 怠惰と天竜

「くっ……。間に合わないか?」


 はるか上空から墜ちてくる2体の巨大なドラゴン。原罪龍(シンドラゴン)怠惰(スロウス)と天竜。

 その落下に巻き込まれないために全員で全力で夜想国から脱出する。


 だが、2体は想像よりもはるかに大きく、落下速度ははるかに速い。


「ちょ! これ、無理くない!?」


 空を高速で飛ぶ桜が上を見上げながら叫ぶ。スカーレットは桜のすぐ後ろを飛行していた。

 空中に作った魔力の足場を跳ぶよりも地上を走った方が速いということで、俺とミツキは下に降り、家々の屋根を跳んでいた。地上にいる吸血鬼(ヴァンパイア)たちを避ける目的もある。

 スカーレットによる【魅了(テンプテーション)】の支配下から解放された吸血鬼(ヴァンパイア)たちは再び俺たちに襲いかかろうとしている。空を行く桜たちを追う者もいれば、地上で俺とミツキを追って走っている者もいる。

 出来ることなら吸血鬼(ヴァンパイア)たちも天竜たちの落下の衝撃から脱出させたい俺たちからすれば都合がいい。

 幸いなことに吸血鬼(ヴァンパイア)たちは俺たちのトップスピードにもギリギリついてこれている。このままうまく全員を国外に連れ出せればいいのだが。


「……そのためには、まずは俺たちが間に合わないとな」


 俺は全速力で走りながら刀を抜いた。それを空に向け、力をためる。


「影人っ!? なにする気!?」


「少しでも、時間を稼ぎたい」


『フラウ。少し揺れる。落ちないようにしっかり掴まっててくれ』


『わかったです!』


 フラウに念話を送るとすぐに返事が返ってきた。姉のセレナにも届いているのだろう。


「……悪いな天竜。あんたなら大丈夫だろ」


 俺は小さくそう呟いてから、刀にためていた闇の力を一気に空に向けて撃ち放った。

 黒く丸い魔力の塊が高速で空を穿つ。


「わっ! あぶなっ!」


 魔力球は桜の横を通り抜けてさらに上空へ。

 桜はおおげさに驚いて避けてみせたが、当たらないようにしたし桜なら余裕で避けられることも折り込み済みだ。


 そして、俺が放った魔力球は墜ちてくる2体のドラゴンの腹に直撃した。的が大きいから外すべくもない。


『きゃああぁっ!!』


『フラウ。大丈夫か?』


『あ、は、はい。大丈夫ですー』


 すぐに念話で確認したら2人ともちゃんと無事なようだ。当てる場所には気を使ったからな。


「……効果は、ほんの少しか」


 下からの攻撃で突き上げて墜ちてくるのを少しでも遅らせようとしたのだが、ほんの少しスピードが弛んだだけで、またすぐにもとのスピードに戻ってしまった。

 だが、攻撃を受けても反応がないところを見ると、天竜は自我を失っているのだろうか。


『フラウ。天竜に声は届かないのか?』


『あ、えと、たぶんー。さっきから呼び掛けてはいるのですが、返事が返ってこなくてー。

 怠惰(スロウス)さんが復活して、天竜さんが竜の姿になって応戦し始めてすぐに声が届かなくなったような感じですー』


『……そうか』


 天竜はどうしてしまったんだ?


『セレナ』


『あ、はい!』


『神託の巫女の力で、天竜に意識が戻るように出来ないか? 原罪龍(シンドラゴン)には効かなくても、この世界の、アカシャの産物である天竜になら届くんじゃないか?』


『あ、そっか。そうですね。分かりました。やってみます』


『ああ。無理のないようにな』


『ありがとうございます……』


 セレナはさっそく演算を開始したようだ。

 神託の巫女の未来決定能力は可能性がゼロだとその未来をつかみ取れない。

 なので、現状の材料でそれが可能かどうかを演算してから未来を決定する。

 それらの情報処理がヒトの容量を超えているため、神託の巫女には相当の負担がかかる。

 まずは演算だけしてもらって、無理そうなら他の手を考えなければ。


『……でき、そうです……』


 少しして、セレナから可能だと返答があった。


『……フラウ。本当に大丈夫そうか?』


 演算の結果は光の巫女にも共有される。

 セレナが無理をして言っているのだとしたらフラウが止めるはずだ。


『……はい。大丈夫ですー。ちょっとキツいけど、そこまでの負担ではないです』


『……そうか』


 演算だけでも負担はかかるが、それによって未来を決定するのが何よりも負荷が大きい。それこそ、最悪命を失うレベルの負荷の場合も。

 光の巫女はそれを抑え、正しき道に導くためのストッパーでありナビゲーターでもある。

 そのフラウが大丈夫と言うのだから何とかなるのだろう。


『分かった。じゃあやってくれ』


『はいです!』


『……わかり、ました』


 すでに疲労が出ているようだがセレナは実行を始めた。

 未来の選出はすぐに終わる。セレナ本人は高速で過ぎ去る無数の未来の枝から一本をつかむイメージだと言っていた。

 端から見れば一瞬でもセレナ本人の中では一瞬のなかに無数の時間の経過があるのだろう。

 そんなもの、負担にならないわけがない。


『……終わり、ました。

 皆さんで、天竜様に向かって、攻撃を。

 目覚めるきっかけが、必要、です』


『分かった』


 セレナはかなり体力を消耗したようだ。

 さっさと終わらせて休ませなければ。


『桜。ミツキ。聞いていたな。

 タイミングを合わせて撃つぞ』


『おっけー』


『いつでもいいわよ』


 桜にもミツキにも念話が届いていたからすでに準備を終えていた。

 桜は飛びながら槍を空に向け、ミツキも走りながら空に弓を引いている。俺も同じように刀を空に向ける。

 念話の共有が働いているということは天竜の能力はまだ生きているということだ。自我はなくとも能力は走らせているのだから死んだりはしていないようだ。


 刀に力を集中させる。

 威力は、先ほどよりも少し弱めでいいだろう。


『じゃー、合図はわたくしがするわん』


 桜の後方を飛ぶスカーレットが申し出る。

 いつの間にかスカーレットも念話共有のグループに入っていた。女王か桜だろう。


『わかった』


『じゃー、いくわよん。

 5、4、3、2、1、0!』


 スカーレットのカウントダウンに合わせて3人が同じタイミングで空に攻撃を放つ。

 三条の光は同じ速度で天竜たちのもとへと走る。

 そして、再び天竜の腹に直撃した攻撃は大きな爆発となって轟音を辺りに響き渡らせる。


『きゃああぁーーーっ!!』


 天竜の背にいるフラウの声が響く。どうやら念話を接続状態にしたままのようだ。

 セレナのことだから自分たちが被弾しないようにしているだろう。


 俺たちは足を止めていた。

 神託の巫女であるセレナの未来決定能力で天竜が自我を取り戻すかどうかを確認したかった。

 それに、俺たちに襲いかかるよう命じられているはずの吸血鬼(ヴァンパイア)たちも、足を止めて空を見上げているのだ。

 彼らを操る色欲(ラスト)もまた、様子を見ようと考えているということだろうか。


『……う、あ、あれ? 私は、いったい……』


『天竜。目を覚ましたか』


 天竜の声が念話で届く。

 どうやら無事に意識を取り戻したようだ。


『え? 影人さん? なぜ……というか、もしかしてここは夜想国ですか?』


『ああ、そうだ』


 どうやら天竜は本当に意識がなく、その間の記憶もないようだった。


『とりあえず、その掴んでるのをどうにかしてくれないか?』


『え? あ、そうか。私は突然復活した怠惰(スロウス)の相手をするために元の姿に戻って応戦して……』


 天竜はようやく現状を把握したようだ。

 やはり怠惰(スロウス)は突然封印が解かれて出現したようだ。


『えーと、まずはこれを倒してしまいますね』


 天竜は簡単にそう言ってのけた。

 いくら原罪龍(シンドラゴン)のなかでも一番弱い怠惰(スロウス)とはいえ、そんなにあっさり……。


『よ、っと……えいっ』


「……あっさりぶん投げたな」


 夜想国並みに大きい怠惰(スロウス)を天竜はいとも容易く放り投げた。

 たしかに天竜も同じぐらいの大きさになっているから不可能ではないのだろうが。


『……アァ』


 投げられた怠惰(スロウス)はめんどくさそうに体勢を整えて空に浮かんだ。

 天竜もそれに向き合うように滞空する。

 2体が持ち直したことでとりあえず夜想国壊滅の脅威は落ち着いたことになる。


『……せっかく寄りかかって楽してたのにー……』


 そうぼやくのは怠惰(スロウス)だ。

 なぜか念話を俺たちにも送ってくる。あるいは天竜が自分が聞いた言葉を送ってきているのかもしれないが。


『……あなたは、なぜ封印から出てきたのですか?』


『んー?』


 向かい合う天竜が怠惰(スロウス)に尋ねる。

 たしかに、怠惰(スロウス)は生来のめんどくさがりということで封印が解けても出てこないと言われていたのに。


『あー、なんか、傲慢(プライド)に起こされて無理やり封印から出されたんだよねー。

 でも戦うのめんどいから近くにいた君に寄生して寝てようと思って~。べつにそれで倒されるならそれでもいいしねー』


『……』


 こいつは、本当に怠け者なんだな。

 しかし、またもや傲慢(プライド)か。

 そいつの暗躍のせいで神の計画がことごとく狂わされているな。


『……あなたに掴まれた途端、私の意識が途絶えましたがそれはあなたの能力ですか?』


『んー? そーだよー。【怠惰の共有】ってスキル。僕に触れると何にもしたくなくなって意識を保つこともやめちゃうんだー。

 だいたいの人はそれで生きることもやめちゃうんだけど、君は強いから意識を失うだけですんだみたいだねー』


『……なるほど』


 怠惰(スロウス)のスキルか。かなり厄介な能力だ。ほとんど即死攻撃みたいなもの。どこが原罪龍(シンドラゴン)最弱なんだか。


『あー、なんかよく分かんないけど、もうめんどくさいから僕のこと倒すなら倒していいよー。傲慢(プライド)は戦えって言ってたけど、めんどいし、べつに防御とかしないから一思いにやっちゃってよー』


 ……こいつは本当にこういうやつなんだな。

 まあ、怠惰だもんな。


『……分かりました。せめて苦しまないよう、一撃で仕留めましょう』


『あー、助かる~』


 天竜は翼をはためかせると体勢を整えた。

 開かれた口にとてつもない魔力が収束していく。息吹(ブレス)ってやつか。

 そして、天竜は口腔内に溜めた魔力を怠惰(スロウス)に向けて一気に撃ち出した。


『【天竜の咆哮】』


「うわっ!」


 天竜から放たれた強烈な光は大きな光の帯となって怠惰(スロウス)に向かってまっすぐ走った。

 それは一国に相当する大きさの怠惰(スロウス)を十分包み込めるほどの巨大な息吹だった。


『……あ』


 怠惰(スロウス)は避ける素振りも見せずにその息吹に包まれ、それが消える頃には、


「……あ、跡形もないぞ」


 怠惰(スロウス)の姿は残っておらず、ただ閃光の残像だけがそこに残っていた。


「いやー、すごい威力ねー」


 桜が感心した様子で上を見上げている。本人は戦闘はそこまでと謙遜していたが、やはりルルとともに最初に神から直接生み出されただけのことはある。

 というか、初めから天竜が地上の原罪龍(シンドラゴン)をすべて薙ぎ払ってしまえば良かったのでは、とさえ思ってしまうな。


『……影人さん』


『天竜。すごい威力だな。怠惰(スロウス)が跡形もないぞ』


『……申し訳ありません』


『ん?』


 なぜ謝ることがあるというのか。


『仕留め損ないました』


『……え?』


『私のブレスが当たる直前、色欲(ラスト)怠惰(スロウス)の前に現れて……』


『……なに?』


 姿を消していた色欲(ラスト)。どこかに逃げていたのではないのか?


『……そして、怠惰(スロウス)を自らのなかに取り込んで消えました』


『……なんだと?』


 あの大質量の怠惰(スロウス)を吸収したというのか。嫉妬(エンヴィー)は実体のない存在だから不可能ではないということか?


 というか、そうなると今、色欲(ラスト)たちは3体もの原罪龍(シンドラゴン)が……、


「影人っ! 後ろっ!」


「しまっ……!」


 ミツキの声に反応して急いで後ろを振り向くと、色欲(ラスト)の姿をしたそいつが俺の肩に手を置こうとしていた。




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