第二十八話 ルルの正体
グリンカムビ、ね。
確か、ユグドラシルにいる鳥が、そんな名前だったな。
俺は改めて目の前にいる少女を見つめた。
俺の胸辺りまでしかない小さな少女だ。
ライトグリーンの瞳に、とてもキレイな黄金色の髪をポニーテールにしている。
切れ長で座った瞳は、とても静かに落ち着いていて、諦観ささえ感じさせる。
今は、先ほどまで見せていた幼さはかき消え、ただ静かに、こちらを見据えていた。
「なるほど。
それがあなたの本当の顔って所ですか」
俺はやれやれと両手を挙げてみせた。
「あなたはなぜ、私が本当の守護者だと?」
少女は余計なことを話すつもりはないようで、端的にそう尋ねてきた。
俺も回りくどいのは性に合わないので、ちょうどいい。
「それは単純に、あなたが強いからですよ。
『月影の魔女』よりも、俺よりも、今まで出会った誰よりも、圧倒的に、ね」
俺がそう言うと、ルルは少しだけ驚いたような顔を見せた。
「これでも、うまく隠せていると思っていた。
今まで、誰かに気付かれたことはなかったんだが」
「確かに、体外に揺蕩う魔力が抑制されていたし、隠している時に見られるという魔力の揺らぎも見られなかった。
本当に巧妙に隠されていたよ」
「では、なぜ?」
ルルは首を横にコテンと傾げてみせた。
「俺がいた世界には魔力なんてものは無くてね。
相手の強さなんてものは、ほとんど勘みたいなもんで判断されてるんだ。
実際、人間しかいないから、そこまで個体差もないしな。
だから、そんな世界で相手の強さを測るのは難しい。
相手の足運びや所作、体幹、気配、目線の動き。
ありとあらゆる情報から、相手の強さを測る。
とりわけ俺は、相手の瞳の奥に広がる深さと大きさによって、相手の強さを推し測ることが多い」
「…………瞳の奥の世界」
ルルはぽつりと呟いた。
「『月影の魔女』は広くて大きくて、浅い器だ。
他者を優しく受け入れることが出来るのだろう。
その反面、自分に自信がないから、自分のことに深くツッコまれるとテンパる。
だからこそ、人には寛容でいられる」
『月影の魔女』はギクッとした様子をみせた。
「それに対して、あなたの器はとてつもなく広くて深い。
先も底もまるで見えない。
俺が推し測れなかった人は久しぶりだ。
だからこそ、俺はそこに裏打ちされた強さを感じたんだ」
「…………そう」
俺の説明に、ルルはそれだけ呟いた。
「あなたは私が強いと言ったけど、あなたも十分に強い。
この地に来たばかりの人間で、すでにここまでの力を持っている者はいなかった。
アカシャの言ったことは間違っていない。
あなたに導きは必要ない。
自分の思うように進めばいい」
ルルは、ここではないどこかを見つめているようだった。
「あなたは、転生者に道を示す役割を担っているのですね」
「人は迷いやすい。
それもまた人の道なれど、せめてスタートラインには立たせてやりたい。
私はアカシャのその願いを聞いた。
だから、それが私の役割になった。
それだけ」
この世界の創世神を呼び捨てにするほどの存在か。
「この世には運命という時の流れが存在する。
何者もその流れに逆らってはならない。
時の流れに逆らえば、その者は時の裁きを受ける。
光を歩く者は闇を見よ。
闇を歩く者は光を見よ。
その流れが見えれば、負けはなく、勝ちもない。
故に私は何も為さず。
無為こそ不変。
それでも、少しばかりなら手を貸そう。
と、そう思ってね」
「…………」
この人は………
他を遥かに超越した精神性。
同じ生き物と話しているとは思えないな。
「なーんてことを言ってみたら、あの子は魔王になっちゃったんだけどねー」
「…………」
おい。
台無しだぞ。
アホな顔で両手の指を頭頂部に差すな。
ひどくムカつくぞ。
「あんまり真面目な子だったから、こっちも合わせて真面目にやってみたんだけど、思ったより面白い解釈をする子だったみたいで、そんな流れぶっ壊してやるー!とかって出ていっちゃって、真面目すぎる子って怖いよね、ホント。
その点、あなたはこういうのも含めて通じそうだから助かるわ」
「…………」
ルルはテーブルに肘をついて、クッキーをかじりながらそんなことを言っている。
「ユリエー!
お茶おかわりー!」
「あ、はーい!」
ルルが空のティーカップをふりふり振り回すと、『月影の魔女』が慌ただしく新しいお茶を用意した。
「…………」
「どーしたのー?
さっきから黙っちゃってー!
そんなんじゃ、お姉さんがしゃべくり倒しちゃうぞー!」
「…………1つだけいいか?」
「んー?
なになにー?」
「あのパンダにしろ、あんたにしろ、何かを超えた奴ってのは、皆そんな風になるのか?」
正直、呆れを通り越してドン引きだ。
「そんなの知らないわよ。
アカシャとは気が合うからよく話してるだけで、他の神がどんな奴かなんて、天下の世界に生きる私には興味ないものー」
そうか。
ただの似た者同士か。
類が友を呼んだ結果だな。
こいつらが特例なことを祈ろう。
帰るか。
なんか疲れた。
さっきからおしゃべりが止まらないし、お菓子を食べる手も止まらないし、ユリエさんも大変そうだしな。
俺はガタッと椅子から立ち上がった。
「そろそろ帰る。
フラウの様子も気になるしな」
という理由を取って付けた。
まあ、気になるのは本当だ。
ここに来てから、フラウの気配が感じ取れないからな。
何やら特殊な結界が張られているようだ。
「あらそう?
残念ね」
俺に言われて、ルルはようやくおしゃべりを止めた。
「ユリエさん。
頑張ってください!」
「………はい」
俺が『月影の魔女』に声をかけると、彼女は大きく溜め息を吐きながら返事をした。
「その魔方陣に入れば、来たとこに戻れるからー!」
ルルはチョコをつまみながら、この部屋に来たときと同じ場所を指差した。
二度と来ないけどな。
「それでは、食事ごちそうさまでした。
美味しかったです」
俺はそう言って、主にユリエさんに頭を下げた。
あれを食べるためなら、もう一度来てもいいかもしれない。
「あ!
そーそー!」
俺が魔方陣の前に立つと、ルルが声を掛けてきた。
「探し物がどうしても見付からない時は、またここに来なさい。
ヒントをあげるから」
そう言って、ニヤリと笑った。
コイツには未来でも見えるのだろうか。
何となく、そうなるような気がする。
「………分かった」
俺はそれだけ返して、魔方陣の中に入り、神樹の根元へと戻っていった。