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第二百七十四話 強欲を上回る神殺しの魔王

「はぁはぁ……。

 あら、影人! 手伝いに来てくれたの? でももう、こっちはいつでも終わるわよー」


「お、おおう……」


 強欲(グリード)を槍でグサグサと刺しながら、桜は息を乱しながらも実に爽やかな笑顔でこちらを振り向いた。

 その息の乱れは疲労からくるものではなくて、興奮によるもののようだった。


「あ、あんたが影人かっ! 頼むっ! こいつを止めてくれっ! もう誰からも何も奪おうだなんてしないから! 頼む!」


「……影人に話しかけるんじゃないわよ」


「うぎゃぁあぁぁーーっ!!」


 俺の存在に気付いた強欲(グリード)が懇願するように俺に話しかけたが、それが(かん)に障ったのか桜は強欲(グリード)の胴体を真横に真っ二つに切り裂いた。

 痛みを通常の数倍にする魔人の槍であれだけ斬られたら、その痛みはどれほどのものなのだろうか。

 想像もしたくないが、おそらく普通の人間ならばショック死しているだろう。

 まあ、そもそもあれだけやられて生きているのが不思議なぐらいだが。そこは原罪龍(シンドラゴン)だからか。


「……ぐ。はぁはぁ……。ま、まずい。このままでは、死ぬ……」


「いやー、すごいわねー。やっぱり精神構造が普通の生命体と違うのね。普通、魔人の槍でここまでされたら体の前に精神が壊れちゃうはずなんだけど、さすがは……なんだっけ? なんちゃらドラゴンねー」


 桜も同じようなことを考えていたようだ。

 ちなみに原罪龍(シンドラゴン)な。


「影人!」


「ん?」


「でも、これは朗報ね! こいつら、べつに不死身とかじゃなくて、バラバラとかにしちゃえばさすがに死ぬみたいだわ!」


「あ、ああ。そうだな」


 まるで実験を楽しむかのように話す桜はまさに魔王だった。


「……く、くそ。さっきからおまえの魔力も体力も、あらゆるものを奪っているのに、なぜいっこうになくならないのだ……。

 おまけにスキルは奪ったそばから奪い返されるし」


「奪われたところで回復しちゃえばいいだけだからねー」


「……」


 なるほど。

 桜は、まさに強欲(グリード)にとって天敵だったわけだ。

 桜の万有スキル『世界の扉』ならば、奪われたスキルを即座に奪い返すなど造作もない。それに、強欲(グリード)はどうやら『世界の扉』同様、万有スキルやジョブに付帯するスキルは奪えないようだ。

 体力や魔力も奪える分、『世界の扉』よりは奪うという点では優秀だが、それらを一気にすべて奪えるわけではないらしい。

 だが、いくらなんでも2人の能力が似すぎている。

 たぶん、神のやつが強欲(グリード)の能力を真似て『世界の扉』を創ったのだろう。体力や魔力を奪う仕様にしなかったのは、その必要がないほどの回復能力を持つ桜に与えることが決まっていたからか?

 そこに割かれていたリソースを扉にかけて移動能力もつけたのだろうか。


 だとしたら、あの神の算段は恐ろしいほどに的を射ていたことになるな。


「……ところで、前よりも回復が早くないか?」


 2人をじっと見つめると、2人の少し上あたりに魔力量や体力量の数値、そしてスキルなんかが視える。

 魔王大戦のときには視えなかったが、あの頃よりも明らかに回復速度が上がっているように思う。


「ん? あー、視えるんだ。魔人の弓の能力かな。魔王の妨害を抜いてくるなんてさすがねー」


 桜が感心したような表情を見せた。

 どうやら魔人の弓を統合したことで、その能力を使えるようになったらしい。

 人のステータスを視る能力だろう。【鑑定】の類いのスキルは存在するが実力者には通用しないことがほとんどだ。魔王や原罪龍(シンドラゴン)にも通用するのは魔人の弓だからこそだろう。


 2人の数値を視ると、魔力や体力の数値がものすごい勢いで上下している。スキルも消えたり戻ったりを繰り返す。

 実際に見えないだけで、2人の間では奪い合いの応酬がずっと続いているのだ。


「あのときは魔王のスキルがなかったからねー。体力魔力即時回復とか無限障壁とか、魔王の称号に付帯される【魔王】ってスキルのおかげよ」


 あのとき、というのは魔王大戦のことだろう。

 あのときの桜は魔王という称号と、それに付帯されるスキルの類いを使っていなかったようだ。


「【魔王】は不敗が所持条件だからね。魔王大戦で勝ったらそのあと神とか、最悪こいつらとも戦わないといけないかもだったから、万が一にも負けて失うわけにはいかなかったの。だから一三四(ふたなし)ちゃんに一時的に預かってもらってたのよ。

 あの子の一枠は他の人にペーストできない代わりに何者にも干渉されないから守るにはもってこいなのよね」


「……ふむ」


 桜はこうして強欲(グリード)と戦うであろうことをあらかじめ予想していた、ということか。あるいは、そこまではいかなくとも強力な魔王という称号を失わないようにしていたか。

 いぜれにせよ、魔王大戦という大きな戦いのときでさえさらに先を見据えて力を温存していたわけか。

 あのとき本当に桜が全力を出していれば俺たちは勝てるべくもなかったわけだな。実際、俺は敗けて一度死んだわけだし。


「その、一三四ってやつのスキルは称号スキルもコピーできるのか?」


 万有スキルでさえ出来ないことを。


「んー? まあ、それはシステムのバグみたいなものね。私が私自身に『世界の扉』を使って【魔王】を奪って、その一瞬だけ【魔王】を称号スキルじゃなくして、その瞬間に一三四ちゃんがコピーして……って、無理やり隙間を縫って何とかした感じ?」


「あー……」


 ルルが『また』無茶をして、と言っていたが、桜はたぶんそういう無茶を何度もやっているのだろう。


「……まあ、それはもういいか。

 それより、普通に会話できるほど余裕があるってことは、向こうはそろそろ限界なのか?」


 万有スキルの行使にはかなりの集中力を要する。『百万長者』全解放時にはその場から動けなくなるほどに。

 さらには【魔王】のスキルも行使しながらこれだけ俺と話せるというのは、手放しにできるほど奪われる回数が減っているということなのだろう。


「……う、ぐ……く、そ……」


 四肢をもがれ、胴体も真っ二つに切り裂かれた強欲(グリード)は体の端が崩れ始めていた。


「……お、俺が、崩壊、するなど、あり得、ない……はず……」


 強欲(グリード)は信じられないといった表情を浮かべていた。

 痛みに顔を歪ませながらも、その事実を受け入れられないといった様子だ。


「ホントだったらその程度のキズ、すぐに再生するんでしょうねー」


「桜。何かしたのか?」


 槍を肩で支えながら、桜が口元に手を当ててクスクスと笑う。


「【魔王】にはいくつもの効果があってね。そのなかのひとつに神殺しがあるのよ」


「……神殺し、か」


 神の敵対者たる魔王らしい能力だな。


「それを魔人の槍にのせて攻撃してできたキズは神といえども再生できないの。というより、神だからこそ、と言った方がいいかしらね」


「まさに、魔王の力だな」


「そゆことー」


 原罪龍(シンドラゴン)は神の落とし種。分類上は神に属するのだろう。だからこそ対神スキルである魔王は効果絶大といったところか。


「……あのパンダは、自分も危うくなるのを承知でこれを用意したのだろうか」


 下手したら、自分がそれで討たれるというのに。


「そーかもねー。ま、そんだけ必死だったんじゃない?

 あいつの狙い通りに動くのは癪だけど、今やこの世界を守りたいって気持ちは一緒だから、その思惑にのって原罪龍(シンドラゴン)を殺しまくってやるわよ」


「……頼もしい限りだな」


「ま、全部終わったらついでにあのパンダも殺すかもだけどねー」


「……まあ、それは止めはしないが」


「わーい!」


 なんだかパンダのツッコミが聞こえてきそうだが、いろいろ説明しなかったあいつの責任だろう。


「……ふ、ふふふふ」


「!」


 体のほとんどが消失し、肩から上だけとなった強欲(グリード)が下を向いて笑い出した。

 いよいよ苦痛からおかしくなったのだろうか。

 崩壊は止まることなく、下からどんどんと体が崩れていた。


「神の、天敵、ね。それ、は、恐れ入っ……た。

 だが、こんなものが、通じる、のは、俺、まで、だ」


 強欲(グリード)が顔を上げる。

 脂汗だらけの真っ青な顔が精一杯の皮肉に満ちた笑顔を見せる。


暴食(グラトニー)には、届かない、し……嫉妬(エンヴィー)には、そもそも当たら、ない。

 それ、以上は……」


「はいうるさーい」


「っ……!」


「おいおい」


 強欲(グリード)はまだ口から上だけになっても喋っていたが、桜は顔面に槍を突き刺した。

 最後の攻撃によって強欲(グリード)は完全に消し飛び、この世界から完全に消滅した。


「適材適所よ。

 私のこの力は初めから強欲(グリード)を倒せれば良かったの。他のやつらは他の人たちが何とかするわ」


 桜は自分のスキルが原罪龍(シンドラゴン)全員に対して絶対ではないことを理解しているようだった。


「とはいえね。心配なのは暴食(グラトニー)なのよ。嫉妬(エンヴィー)の方は吸血鬼(ヴァンパイア)たちが何とかするでしょうけど、暴食(グラトニー)の方は私たちの力が必要よ」


「……桜は、暴食(グラトニー)のことを何か知っているのか?」


 俺も軽く情報は聞いているが、たしかに地上の原罪龍(シンドラゴン)の中では暴食(グラトニー)が一番強いんだったな。


「前にね。魔王大戦に向けてお姫様を拐ってくる計画を練るついでに暴食(グラトニー)が封印されてる場所を見てきたのよ」


 そういえば、前に魔王が『世界の扉』を使ってワコクに侵入したという話を聞いたな。そのときにそんなことしていたのか。


「封印越しでも何か分かったのか?」


「……あれはヤバいわ。下手したらあいつにこの世界は滅ぼされるかもしれない。

 できたら、さっさと嫉妬(エンヴィー)を片付けて吸血鬼(ヴァンパイア)たちにも手伝ってもらいたいぐらいよ」


「……そんなにか」


 これは心してかからなければならないな。


「だから影人。

 悪いんだけど魔人の槍を渡すのはもう少し待って。今はまだ、強力な武器をひとつにするより皆で分け合って使うべきだと思う」


「ああ。わかった」


 実際、その方がいいだろう。

 魔人の槍は桜の方が使い慣れているだろうしな。場合によっては弓も再分離してミツキも喚んだ方がいいかもしれない。




『影人っ!』


『ん? その声はミツキか?』


 噂をすればミツキからの念話だ。

 なんだか焦っているように感じる。

 ミツキにはエルフの大森林で色欲(ラスト)の見張りを頼んでいたはずだが、何かあったのだろうか。


『どーしたのよ』


 念話は天竜を通して仲間内で共有される。

 桜も緊迫した声のミツキに先を促す。


『ごめんっ! 色欲(ラスト)がエルフたちにかけた催眠を解いたあと、いつの間にかどこかに行っちゃって!』


『なにっ!?』


『なにしてんのよ!』


『ちゃんと見てたのよ! それなのに、ホントに一瞬で、いつの間にか気付いたらいなくなってたの!』


 色欲(ラスト)は精神干渉系の能力を使う。

 仲間が解放されてホッとした一瞬の隙に自分の姿を認識しづらくして、その場を離れたのかもしれない。


「……いったい、どこに……」


色欲(ラスト)は夜想国よ』


『ルル』


 俺たちが色欲(ラスト)の行方に考えを巡らせていると、ルルから念話が届いた。

 色欲(ラスト)吸血鬼(ヴァンパイア)の国である夜想国にいるという。


『……嫉妬(エンヴィー)は?』


『……復活したわ。女王が封印を抑えてたけど色欲(ラスト)が突然現れて封印をこじ開けたの。

 今は2人がかりで夜想国で暴れてる。女王まちが応戦中よ』


 ……どういうことだ。

 色欲(ラスト)はその本能の特性上、世界を滅ぼすのには否定的で俺たちと敵対しない、邪魔をしないと約束したばかりのはずだが。

 やつらに約束などというものを求めたのが間違いだったのか?


『とりあえず原罪龍(シンドラゴン)を2体同時に相手取るのは想定外よ。いくら女王でも荷が重いわ。

 あなたたちとミツキを夜想国に送るから援護に回ってちょうだい』


『ああ』


『おっけー』


『わかったわ!』


 3人からの返事を受けて俺たちの足元に転移魔方陣が広がる。きっとミツキの方もそうなのだろう。


「一三四ちゃん、天狐(てんこ)ちゃん。ここは頼んだわよ」


「はい!」


「ほーい」


 そうして、俺たちは吸血鬼(ヴァンパイア)の国へと転移していったのだった。




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