第二百七十三話 魔人武器融合。そして魔王惨歌
「やれやれ。最初に会ったのがアレとはな……で、ここはどこだ?」
なかなか強烈な個性を発揮した色欲をミツキに託して(押し付けて)、次に俺がルルに飛ばされたのは……。
「……ここは、迷いの森か」
魔族の領域。
エルフの大森林と隣接する森だ。
ここでは森自体が襲ってくる、なんてこともあったな。
そのときに出会った少年が魔王直属軍だったりな。
「……で、ここに転移させられたってことは、次は強欲か」
強欲の封印場所は聞いてなかったが、この森にいるのだろうか。
『あ、影人~』
『ん? ルルか』
森の気配を探ろうとしていたらルルから念話が送られてきた。
『魔人の弓を受け取ったのよね。そしたら先にやってほしいことがあるんだけどさ』
『ん? 次の原罪龍のところに急がなくていいのか?』
たしかに争っている感じはしないが。
『あー、それは大丈夫よ。あの子ったら、ホントに無茶するんだから』
『……桜は、また何かしでかしたのか』
何をしたのか気になるが、ルルが現場から離れた場所に転移させたのだから、俺が急行しなければならない状況にはなっていないということなのだろう。
『まあいい。それで? 魔人の弓をどうするんだ?』
肩にかけていた魔人の弓を手に持つ。
凄まじい力を内包しているのを感じるが、手にピッタリと馴染んでくる感覚がある。
『やっぱり影人は拒絶されないわね』
『ん?』
ルルには俺が魔人の弓を手に取っていることも視えているのだろうか。
『拒絶ってどういうことだ?』
『魔人武器は所有者を選ぶからね。それなりに実力がないとそもそも持つことさえ出来ないのよ』
『そうなのか』
言われてみれば所有者のいなかった魔人武器はだいたい封印されていたし、黒影刀を管理していた殿様は万有スキルの所持者だ。使えなくとも持つことは許されていたってことか。
『で、これから影人にやってほしいのは魔人の弓と刀をひとつにする作業よ』
『……ひとつに?』
そういや、サポートシステムさんがそんな能力を得たって言ってたな。
『ええ。アカシャが言ってたんだけど、『百万長者』にはそういう能力が備わったって。だから詳しいやり方は分からないけど、いつも万有スキルを使ってる要領でやれば出来るはずよ』
『……なるほど』
『ちなみにいつもはどうやって使ってるの? 自分で貸し出すスキルを選んで渡す相手を決めて、とかってやってたら魔王大戦での魔王とのスキルの奪り合いなんてやってらんないわよね』
『それはサポートシステムさんに……』
『え?』
『ん?』
そうか。ルルたちは『百万長者』内のサポートシステムさんの存在を知らないんだな。
俺も便宜上そう呼んでるだけだが、その処理能力の高さはシステムと言わざるを得ないだろう。
『よく分かんないけど、自分でやるのとは違う自動判断制御みたいなものがあるのかしらね。
それなら、今回もそれに合わせてふたつの武器をひとつにするように念じればいいはずよ』
……サポートシステムさんの存在を、アカシャは知ってるのだろうか。
わざわざルルに伝えなくてもいいと思ったか、あいつなら単純に忘れてることもあり得るが。
『おーい。聞いてるの、影人』
『ん? ああ。わかった。やってみる』
とりあえず今はそれはいいか。
『……サポートシステムさん。
魔人の弓と黒影刀をひとつにできるか?』
『承知しました。
万有スキル『百万長者』の新たな能力、魔人武器融合を行います』
魔人武器融合ね。
俺が頼むとサポートシステムさんは何事もなかったかのように業務を実行する。
やはり俺が話しかけようとしなければ、頭のなかで考えていることはサポートシステムさんには伝わらないらしい。
「ん?」
少しすると、黒影刀が勝手に鞘から抜けて、魔人の弓とともに宙に浮かんだ。
ふたつの武器は互いにぐるぐると回転しながらゆっくりと混じりあっていった。
そして、ふたつの影がひとつに重なると、そこには黒影刀一本だけが残っていた。
「……できた、のか?」
融合した刀はゆっくりと俺の手に収まる。
星屑のようにキラキラとした刀身の根元。鍔に近い部分を見ると、ひときわ強く輝く光が増えていた。
「……これが、融合された証、か」
『はい。無事に魔人の弓と魔人の刀は融合されました。その星が証です。
すべての魔人武器を融合すると、刀の分を含めて7つの星が刀身に瞬きます』
「なるほどな」
それはつまり、すべての魔人武器を合わせるまでは黒影刀は真の姿にはなっていない、ということだろうか。
『できたみたいねー』
刀を鞘に戻すとルルから再び念話が送られてきた。
『ああ。持ち歩くのが大変そうだと思ってたからひとつになってくれるのは助かるな』
『ああ。たしかにねー。
あ、それで、基本的には弓と同じ感じで、その地の原罪龍を倒したらそこにいる所有者から魔人武器を受け取ってひとつにしていってちょうだい。
万有スキルの方も同じやり方でひとつに出来るとは思うけど、スキル所持者には他の地の討伐にも加わってほしいから、それは地上の原罪龍を掃討してからでいいわ』
『わかった』
地上のってことは、やっぱりルルたちが相手をする憤怒が最後になるのか。
神が戦う傲慢の次に手強いらしいから当然か。
『さ、そろそろ魔王ちゃんのところに行ってちょうだい。心配しなくてもあの子は無事だから』
『……ああ。わかった』
あの子はって。不安しかないのだが。
「も、もうやめてくれ! 俺からもうこれ以上なにも奪わないでくれー!」
「ふふふ。強欲が聞いて呆れるわね。
ほらほら。今度はあなたのスキルを奪っちゃおうかしら」
「いやだーっ!!」
「お、おおう……」
桜の気配がする森の奥に進むと、四肢を切断されて大樹に張り付けにされた、やたらと豪華な服を纏った男が泣き叫んでいた。
男はない手足をバタバタと揺らすように体をよじりながら拘束から何とか抜け出そうとしているが、桜によって縫い止められたであろう楔から逃れることはできないようだった。
桜は瞳孔ガン開きで笑いながら男をいたぶっていた。
あの男が強欲の原罪龍なのだろうか。
「にいちゃん、にいちゃん」
「ん? おまえは、たしか天狐、だったか」
あまりの惨状に目を奪われていると小さな少年に服の袖を引かれた。
この少年は森の主にして魔獣の王である、魔王直属軍のひとりだ。
天狐は困ったような顔でこちらを見上げていた。
「あいつが魔王の地雷を踏んじゃったのがいけないんだけどさ。さすがにちょっと可哀想になってきちゃって。
僕も一三四姉ちゃんも止めたんだけど、まだ足りないって言って、少しずつあの男からいろんなもんを奪ってるんだよね」
困りきった表情の天狐の視線の先には同じように困った様子の少女がいた。
魔王大戦のときに桜の隣にいた魔王直属軍のひとりだ。
「桜の地雷って、あいつの何を刺激したらあんななるんだ」
俺はやれやれとため息をつきながら男を少しずつ切り刻んだり、『世界の扉』でスキルを奪ったりしながら笑う桜に近付いていった。
「……おい、さく……」
「あはははははっ! バカな男っ! 私から影人を奪うですって? そのざまで? ぷぷっ! バッカじゃないの! そんなに欲しいならいっぱいあげるわよ! この槍ならね。いっぱい痛みが手に入るわよ!」
「うぎゃぁぁーーっ! 痛いー! 俺が痛みを感じるだとぉっーーっ!?」
「あーら! 何でも欲しいんでしょー? たくさん痛みもらえて嬉しいわねー! やったー!」
「も、もういらないーーっ!」
「……」
うん。なんか、間に入りたくないな。