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第二百六十一話 闇の帝王の苦悩

「……人。影人!」


「……ん?」


「起きたのだ!」


 意識が覚醒したのを感じる。

 目を開けると久しぶりの日差しが妙に眩しい。

 おそらくは闇の帝王の因子が暴走していたのだろうが、そのときの記憶はまったくない。

 夢の中で、ずっと深い闇の中に沈んでいた気がする。


「……くっ」


 上半身を起こすと、全身に痛みと凄まじい疲労感を感じた。

 暴走による反動だろう。


「まだあんまり無理しちゃダメよ」


「……桜」


 痛みで再び地面に倒れそうになった俺を桜が支えてくれた。

 見た目こそ違うが、こうして間近で接すると目の前の女性は間違いなく桜だと分かる。


「……悪い。迷惑をかけた」


「……ううん。お互い様よ」


 俺が謝ると桜はイタズラに笑った。

 たしかに、そもそもの発端は桜が魔王として戦争を起こしたからだったな。

 とはいえ、桜たちがいなければ俺が世界を滅ぼしていただろう。


「フラウも起きたわよ!」


「!」


 ミツキの声が横から聞こえて顔を向けると、俺と同じように上半身だけを起こしたフラウが複雑な顔をしてこちらを見ていた。


 おそらく、フラウもさっきの映像を見たのだろう。

 あれはきっと闇の帝王の記憶。

 俺自身が闇の帝王になって視ていたから分かる。帝王の、彼の感情が。


 生まれ落ちてすぐに任された大役。

 その重圧と不安。

 自分が始めた種の繁栄。

 そして徐々に意図したものからずれていく子供たち。

 やがてはそれらが世界を滅ぼさんとする災厄へと変わっていく。

 焦り、悲しみ、不安、不可解、重責、悩み眩み、隠れてはみても、やがては担ぎ上げられ、奉られる。

 破壊の神が如く、闇の帝王として。

 自らを生んだ女神を殺せと願われる。


 誰か……誰か……。

 

 しかし、彼の助けを求める手を取ってくれる者はいない。

 神は、(そら)から降りてきてはくれない。


 普通なら怒りを覚えてもいいと思う。

 実際、彼はそれを怒りとして自らに言い聞かせた。


 でも、そんな彼が心の奥底で一番に感じていたのは、孤独だった。


 彼はひたすらに孤独で、ひたすらに寂しかったのだ。

 自分の苦悩を誰かに分かって欲しかったのだ。


 そんな些末な願いを込めて振られた一刀は、しかしやはり、()には届かなかった。


「……」


 フラウが悲しそうに俯く。

 神を責めても仕方ないだろう。

 神と地上とでは時間の流れも考え方も違う。神からしたら生んですぐの我が子が牙を剥いたのだ。

 神は間違ったモノを生んだとしてそれを処分するだろう。遥か先の近い未来に現れる本当の脅威に備えるために。


 神に敗れ、武器もスキルも取られ、肉体は滅び、その魂もまた消えようとしていた。

 本来ならば神を、世界を恨んでも仕方ないとも思える状況だが、闇の帝王が最後に抱いていた感情は……。


「ちょっと! 影人聞いてるの!?」


「イタっ!」


 桜に耳を思いきり引っ張られる。

 何か話していたみたいだがまったく聞いていなかった。


「……悪い。なんだ?」


「もう……。じゃあもう1回言うわね。

 なんかもう気分じゃなくなっちゃったし、戦争は終わりにするわ。

 魔王軍は解体。侵略した土地はそこの種族に返す。魔族は本来の状態に戻して元の領地に引っ込むわ。

 条約とか細かいあれこれはこれから各地のトップと話し合うことにするわ」


「……それでいいのか?」


 桜は世界全体の力を使って神を討とうとしていたのに。


「もういいわ。もともとは影人と私がいるこの世界を何とかして守ろうとしてただけだから。これ以上やって世界の力を落とすのは得策じゃない」


 桜はそこまで言うとプルの方を見た。


「上の連中に伝えてくれる?

 結局すべてはあなたたちの掌の上みたいで癪だけど、あなたたちに協力してあげるわ。

 神を殺した方が楽だと思えるような化け物相手に勝算があるって言うならね」


「……ん。たぶん聴いてるから伝わってるはず」


「……そ。ならいいわ」


 桜はそれだけ聞くと俺の手に自分の手を重ねた。


「……ホントに、無事で良かった」


 それは心から出た声のようだった。

 そうか。桜は世界を、神を敵に回してでも俺を守ろうとしてくれていただけなんだ。


「……無事、かどうかは分からないけどな。もはや指一本動かない」


 照れから、そんなことを言ってみる。


「ふふふ。私もよ。もう疲れちゃって全然自動回復が追いつかないわ」


 そう言って笑う桜は、たしかに桜の笑顔だった。



『……そうですか。なら、今なら私の力も届きますかね』



「!」



「……死色(しにいろ)の瞳」



 そう言って桜の目の前に突然現れたフォルトナー博士の瞳には不穏な気配をはらむドクロが浮かんでいた。




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