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第二十六話 パンダの仕業

寒くもなく、暑くもない。

まるで一流ホテルのように完璧に空調管理された部屋。

それに、爽やかで落ち着く香り。

前の世界で、小高い丘の草原に吹く風がこんな感じだったような。

アロマか何かなのだろうか。


俺は神樹の根元で出会った魔法使いの少女に連れられ、彼女の師匠なる人物の所に一緒に転移させてもらった。

ここは、その師匠のいる部屋なのだろう。

この部屋自体は大して広くない。

テーブルセットが置かれたリビングに、レンガ調のキッチンだけ。

床や壁は木目調で、とても落ち着く雰囲気だ。

リビングの左右には扉があるが、ここは彼女たちの部屋だろうか。



「師匠。

連れてきた」


俺の隣で、魔法使いの少女がキッチンに向かって声をかけた。

こうして並ぶと、俺よりずいぶん小さい。

フラウより少しだけ大きいぐらいか。


「はいはい。

ちょうど今シチューが出来た所なんですよ。

良かったら食べながらお話しましょう」


キッチンには老齢の女性が立っていた。

少し腰が曲がっていたが、聡明で溌剌とした印象が伝わってくる女性だった。

彼女はチラリとこちらを見ると、シチューを皿に盛り始めた。


「やった。

シチュー。

好き」


はい?


「ルル。

上着を脱いだら、運ぶの手伝ってちょうだいね。


あ!

あなたはどうぞ座ってらして。

久しぶりのお客様ですもの」


「あ、はあ」


俺はさっきまで敵意むき出しだったルルと呼ばれた少女が、着ていたローブやとんがり帽子を脱ぎながらシチューに小躍りしているギャップについていけなかった。

今は師匠なる女性がよそったシチューを、ルルがテーブルに運んでいる。

俺はその光景を見ながら、まだ転移した位置で突っ立っていた。


「はあ。

まあいいか」


俺はまったく敵意の欠片もない師匠の女性に警戒しているのが馬鹿馬鹿しくなり、おとなしく席に座ることにした。

たとえどんなに巧妙に隠そうとしても、隠そうとすることに対する違和感は隠しきれない。

彼女からは、それがまったく感じられない。

例えるならそう、田舎に久しぶりに帰ってきた孫を迎えるおばあちゃんだ。

鼻歌を歌いながらご機嫌にシチューをよそう老齢の女性に、俺はそんな情景を思い浮かべた。


いや、お前も鼻歌歌うんかい!


一緒になって鼻歌を歌うルルはもはやだだの女の子にしか見えなかった。



「はいはい。

お待たせしました!

それじゃあ、いただきましょうね」


テーブルの上にはシチューとパン。

色とりどりのサラダに、なぜか煮物に厚焼き玉子まである。


師匠の女性とルルは胸の前で指を組んでお祈りをしていた。

俺は特にそんな習慣もないが、何となく、いつもよりきちんと両手を合わせて、


「いただきます」


と言った。


その後、2人は普通に食事を始め、特にルルは耳をピコピコさせながら、美味しそうにシチューを頬張っていた。

俺も確かに空腹ではあったので、いただくことにした。

というより、こんな美味しそうな匂いをさせている食事を前にお預けはちょっと無理だった。


「うまい!」


シチューを一口すすると、俺は完全に篭絡された。

具材はごろごろと大きめに切られているのに、ほろりと柔らかい。

きっと何時間もかけて煮込まれたんだろう。

サラダもしゃきしゃきだし、煮物も中心までしっかり味が染み込んでて、しょっぱいのと甘いのがどちらも用意された厚焼き玉子もふわふわで、控えめに言って最高です。

俺はルルと同じ勢いで、ばくばくと料理を平らげていった。

師匠はそんな俺たちを優しく微笑みながら見守っていた。



うん!

ごめんね!

フラウ!







その頃のフラウさんはと言うと。



「ぎゃーーー!

また魔獣ですー!

なんで私ばっかそんなに追い掛けるんですかー!

私そんなに弱そうですか!?

そんなに美味しそうですか!?

あ!ほら!

あそこに鹿さんがいますよ!

あちらなんてどうでしょう!?」


だが、魔獣はフラウに夢中だった。


「なんでーーー!!

ご主人様ぁーーーー!!!」







結局、3杯もシチューをおかわりしてしまった。

ルルも3杯食ってたんだ。

そりゃあ、つられるってものだろう。

今は2人とも椅子に反り返って、ふーふー言っている。

師匠は、


「あらあら、よく食べましたねー」


と言いながら、食器を片付けてくれている。


いや、ほんとに何から何まですみません。



洗い物も終わり、俺のお腹も少しだけ落ち着き、テーブルには紅茶が置かれていた。

香り高い、キレイなお茶だ。


「さて、あらためて、ようこそおいでくださいました。

草葉影人さん。

私は神樹の守護者で、『月影の魔女』と呼ばれています」


ルルの師匠はそう言って、恭しく頭を下げた。


「ご丁寧にありがとうございます。

俺のことは、ある程度ご存知なんですかね。

まああらためて、草葉影人と申します。

お食事、とてもとても美味しかったです」


俺はそう言って深々と頭を下げた。


ルル。

うんうんって同意してるの見えてるよ。


「基本的に、この地に降り立った転生者の方は把握しております。

女神アカシャ様から、事前に啓示をいただけますので」


月影の魔女はそう説明してくれた。

どうやら彼女は転生者の保護や育成も担っているようだ。


「突然、見も知らぬ土地に転生させられて、右も左も分からないのに魔獣蔓延る神樹の森を抜けなければならないのです。

少しぐらいのサポートは必要でしょう。

各国から人材は派遣されてきますが、その者たちについていっていいのかどうかさえ分からないでしょうし、少なからず盗賊なんかもいますから、派遣員を装った者に利用されないよう、最低限の手解きをしてさしあげてます」


ん?


「えっと、俺は何もしていだいた記憶がないのですが。

というか、お二人とも初対面ですよね?」


なぜだ。

いじめか?

いじめ、ダメ、ゼッタイ。


「それが、女神アカシャ様から、


『これから降臨してくる草葉影人さんは強いし、自分で判断できるから、ほっといていいですよ』


と啓示を受けまして」


うん!

嫌がらせだった!


月影の魔女は申し訳なさそうな顔をしていたので、それはあのパンダが完全に悪いから、気にしないよう言っておいた。


パン神さん。

次に会うのが楽しみですね。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 見えない嫌がらせを地味に続けるパンダ神さん、まだまだこれからも続きそうですね。
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