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第二百五十四話 桜とフラウ

「……さて、とりあえず私はあの子の言うように回復に努めるわ。あとよろしくね、フラウちゃん」


「あ、は、はいー」


 プルとノアが影人と対峙している様子を遠目に見ながら、魔王はフラウにそう告げると地面に腰を下ろした。


「……あ、あのー」


「ん?」


 足をバタバタさせてのんびりと休息を取る魔王にフラウは恐る恐る話しかけた。


「……あ、えっと、魔王、さんは、お名前はー」


「あー、桜でいいわよ。私のあっちでの名前。こっちでは基本魔王だったから、こっちでの名前とか考えてないし、みんな基本あっちでの名前を使ってるみたいだから」


 魔王は隣に立つフラウには目を向けず、影人から目を離さずに答える。

 リラックスしてはいても警戒は怠っていないようだ。


「あ、じゃ、じゃあ、桜さんでー。

 あの、桜さんはご主人様と、えっと、あちら側の世界でお知り合いだったんですよね?」


「ん? あーそーよー。まさか2人ともこっちに転生させられるとは思わなかったけどねー」


 こちらの世界の住人にとって転生者とは異なる世界からやってきた存在ではあるが、肉体自体はこちらの世界のものとして生まれてきているので特段、気を回したりするようなものではなかった。

 転生者という存在自体が公に認知されているので、「転生者である」と言われても、「ああそうなのか」と思われる程度の認識だった。

 ともあれ、あちらの世界の科学やら文化やらは危険な側面もあるため、時の権力者たちや転生者自身、あるいは教会によって一般への異世界の理解度は意図的に低下させられていた。

 フラウのような、いわゆる一般のこちらの世界の住人にとって異世界とは、「なんかそんな世界が隣にあるらしい」ぐらいの認識なのである。


「……あ、あの、あちらの世界では、ご主人様と桜さんは、ど、どういった関係、だったですか?」


「……んー」


 魔王は焦っているかのようなフラウの表情を見て、ニヤリとイタズラな笑みを浮かべた。


「恋人……」


「えっ!?」


「……って言ったら困るかしら?」


「え? え、えとー……」


「ふふふ、冗談よ」


 顔を真っ赤にして困っているフラウを見て、魔王は優しげに微笑んだ。


「影人は私の兄。私は、あっちの世界ではあの人の妹をやってたの」


「……! 妹さん、ですか」


「そういえば、あなたにも姉がいたわね」


「あ、はいー」


 魔王に言われ、フラウは命の樹に封印されている姉を思い浮かべる。

 今の自分の力なら、姉を解放できるかもしれない。

 この戦いが落ち着いたら早く姉のもとに行こうとフラウは改めて考えた。


「……それなら、あなたなら分かるかしら。私が何としてでも、影人のことを守りたいって気持ちは……」


「わ、わかるです! 私も、お姉ちゃんのことは絶対助けたいです!」


 魔王ははっきりとそう宣言するフラウの顔を見つめた。


「それなら、あなたは私を手伝うべきだわ。影人のいるこの世界を守るためには、女神を殺すのが一番手っ取り早いのよ」


「……え?」


「光の巫女の力を持つあなたが協力してくれれば私の作戦の成功率は跳ね上がる。あなたの力を使えば、たぶん私の『世界の扉』は天界にまで届くから」


「え、えと……」


 魔王は戸惑うフラウを横目に喋り続ける。


「できれば影人もいれば完璧なんだけど、あの人はああ見えてけっこう頑固だから、きっと自分が決めたことをやり通すでしょうね。女神側にはいろいろ世話になってるみたいだし、そういうのに義理堅いから、あの人……」


「……桜さんは、ご主人様のことを……」


 まるで慈しむように影人の方を見つめながら話す魔王に、フラウは少しの不安感を持って呟いた。

 フラウの視線に気付いた魔王は困ったように眉を下げた。


「……どうなのかしら。正直、自分でも分からないのよ。自分の感情が。私の想いが。

 家族に対する情愛なのか、偉大な先達に対する敬愛なのか、あるいは……」


「……」


 そこでうつむいた魔王はすぐに顔を上げ、フラウに手を差し出した。


「なんであれ、影人のことが大切なのは一緒よ。

 あなたもでしょう? 影人はあなたにとっても大事な人。それなら、ともに彼を守るために戦いましょう」


「……え、えと、」


 フラウは一瞬、逡巡してみせた。

 しかし、すぐに顔を上げて魔王を見つめた。


「……私にはよく分からないです。

 でも、ご主人様がそうしないなら、私もきっとそうしないです。

 だから、ごめんなさい!」


 フラウはバッ! っと勢いよく頭を下げた。


「……ふふ。そうね、あなたはそういう子よね。きっと、あなたの気持ちは正しいわ。あなたは、きっとそれでいいのよ」


「……?」


 フラウは魔王の言っていることがよく分からず首をかしげた。


「!」


「え? ひゃっ!」


 そのとき、フラウの足元に魔方陣が広がる。


「……これはっ! 転移魔法!?」


 魔王も予期せぬ事態に驚きを隠せずにいた。


『ごめーん。この子、ちょっと借りるねー』


「ルルっ!?」


 向こうでプルが驚いた顔をしていることで、この場全体に轟いたその声の主を魔王は理解する。


「神樹の守護者! どういうつもり!?」


『影人を取り戻すにはあの子の力も必要なのよ。そのために、この子をちょっともらうわ。大丈夫。なるべく早く返すから。それまで頑張ってねー』


「あ、ちょっ!」


「ひゃあぁぁぁーー……っ!」


 念話が終わると同時にフラウの足元の転移魔法が発動し、魔王が伸ばした手は届かずにフラウはその場から姿を消した。


「ああもう。これだから上の奴らは嫌いなのよ。ろくに説明もしないで勝手に動いて!」


 そう憤ってみたが、女神側が影人を戻すために画策していることを確信した魔王は作戦変更を余儀なくされて口惜しいとは思いつつも、それに乗るしかないことを悟っていた。


「……いいわ。時間稼ぎね。こうなったら思いっきりやってやるわよ」


 魔王はそう言い切ると『世界の扉』を使ってプルたちのもとへと合流したのだった。















「……う、こ、ここは……?」


『フラウっ!?』


「お、お姉ちゃん!?」


 ルルによって強制的に転移させられたフラウがやってきたのは、姉が封印されている命の樹の目の前だった。


『……ルル様の仕業ね』


 直接この場所に人を転移してみせたことで、フラウの姉はこれを神樹の守護者の芸当だと理解した。


『ここにあなたが来たってことは、ついにそのときが来たのね』


「お、お姉ちゃん?」


 フラウの姉は戸惑う妹をまっすぐに見据えた。


『フラウ。いまここで、私の封印を解くのよ』


「い、いま?」


『そう。きっと今のあなたなら、私の神託の力を抑えられる。ルル様はそう思ったから、あなたをここに寄越したのよ。

 そして、それと同時に私の力が必要なときが来たんだわ。

 そちらの状況はよく分からないけど、きっと私の力がないと状況を打破できないわ』


「……」


 フラウはきっと、それは影人のことなんだと理解する。


『だからフラウ。あなたの力で、私の封印を解いて』


「……はいです!」


 そうしてフラウは姉が封印された命の樹に手をかざした。




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