第二百五十二話 絶望の黒
『カァッ!』
「……わーおっ」
影人が手のひらを天にかざすと、空一面を黒い矢が埋めた。
それはもはや数を数えることさえバカらしくなるほどの本数だった。
『……』
その中の1本が雨の降り始めのように、ポツリと空から落ちてくる。
それはどんどん加速し、回転し、自重を、魔力を増幅させていく。
「あ、これ、受けられないわね」
自分に近づく程威力を増すその矢を見て、魔王はすぐにそう断じた。
「逃げよ」
そして、出現させた『世界の扉』に入り、矢の着地地点から離れた位置に転移した。
それと同時に、降る矢が地面に着弾する。
「……っ!
……うわーい」
矢が地面に刺さった瞬間、そこにあった地面と周囲10メートルほどが一気に吹き飛んだ。
爆発が収まった頃、そこには大きな穴だけが残っていた。
「……1発でこの威力ね。これは相当ヤバイわね」
頭上の、空を埋め尽くす矢を見上げながら魔王は槍を構え直した。
「……あれは、ミツキの魔人の弓の力。しかも、エルフ化して1矢に力を集中したものと同等、あるいはそれ以上の力を、あれだけの数」
離れた高台にいる自分たちの頭上にまで迫る勢いの膨大な数の黒矢に、プルは恐ろしさを感じていた。
「……影人は、全部の魔人武器の技を使えるのだ?」
「……たぶん。魔人武器はもともと闇の帝王が使っていた武器が7つに分かたれたものだから。その技を今の影人がどれぐらい使えるかは分からないけど」
「……プル。本当に私たちは魔王を手伝わないでいいのだ? たぶん、アレは魔王でも厳しいと思うのだ」
「……」
プルはノアのその問いには応えずに戦況に再び目を戻した。
「……ご主人様……」
フラウは真っ黒な人型の影となった主人の姿を不安げに見つめることしか出来なかった。
『……ガァッ!!』
天に手を掲げていた影人は、試し撃ちは終わったとばかりに勢いよく挙げていた手を振り下ろした。
それにしたがって、空を埋める黒矢がいっせいに魔王目掛けて降り注ぐ。
「やばやばっ」
魔王は自分に向かって落ちてくる黒い空を見て慌てて逃げようとするが、矢は移動する魔王に合わせて角度を変えて落ちてきた。
「うーん。誘導もできるのね」
魔王はその様子を見て、ため息をついてから矢の雨に手をかざした。
「しょーがない。開け! 特大『世界の扉』!!」
すると、魔王の頭上に巨大な1枚の扉が現れた。
それは空中に浮かび、空に向いていた。
その扉はすぐに魔王側に開き、落ちてくる矢を迎え入れる形になる。
そして、落ちてきた黒矢はすべて音もなくその扉のなかに吸い込まれていく。
『ガッ!?』
やがて、空を覆っていた矢がすべて扉のなかに消えると扉は再び閉まり、すうっと消えてしまった。
そして、その一瞬あと、遠く地平の先でとてつもない轟音と爆発が響いた。
「ひゃっ!」
「な、なんなのだ!?」
その爆発にフラウたちが耳をふさぐ。
「魔王が『世界の扉』で矢をすべて転送した。あの位置は国境付近。たぶん力を無効化する谷の方に飛ばしたんだと思う」
「なるほど! そんなことも出来るなんてさすが魔王なのだ! あれなら影人の攻撃も怖くないのだ」
「……」
「……ふぅ」
扉を消した魔王が息を吐く。
「なるべく被害が出なそうなとこに飛ばしたけど、無効化されてもそれをぶち抜いてあれだけの爆発が起こるなんてね」
『……ヴガァッ!!』
影人は自分の攻撃が消されたことに怒りを感じたようで、今度は自身の周りに無数の黒い玉を出現させた。
「……それはさっきの。杖のやつね」
それを見て魔王も影人が魔人武器の能力を発揮していることに気が付く。
「……鎌と短剣は勘弁してほしいわね」
魔王がそう呟くと同時に、影人が黒い玉を魔王目掛けて飛ばす。
黒玉は黒鬼を貫いた流星の型でなく、球状のままで魔王に向かって飛んできた。
細く伸ばした流星よりも鋭くはないが、玉のままで飛ばした方が威力は高いようだ。
「ああもうっ!」
魔王は先ほどの矢と同等以上であろう威力の攻撃に、再び巨大な扉を出現させた。
そして、放たれた黒玉は開いた扉に吸い込まれ、矢と同様に再び姿を消した。
そのすぐあと、再び谷の方角で大地が爆ぜる。
「……っく。……はぁ」
扉を消した魔王は頬に汗を伝わせ、疲労の色を見せた。
「な、なんか、魔王のやつ疲れてるのだ!? 魔王は魔力の自動回復があるから平気のはずなのだ!」
「……たぶん、あれだけの規模と威力の攻撃を一度に転送するのはものすごい魔力を使う。その消費量が、魔王の魔力の回復量を上回ってるんだと思う。あれは、魔王が相手の攻撃を迎撃できないときの切り札、なんだと思う」
「……プ、プル。どうするの?」
「……」
『……』
「……あー、やっぱりそう来るよね~」
疲労の色を見せた魔王。
それを見た影人は右手を上に。左手を前にかざした。
そして、天には空を覆う大量の黒い矢。
自身の周りには影人の姿を隠すほどの無数の黒い玉が現れた。
攻撃を転送するのに大きく力を消耗するのなら、その限界が来るまで攻撃を続ければいい。
無尽蔵の力を持つ影人は単純にそう判断した。
「……あれ、防ぎきれるかなぁ」
そして、それは正しかった。
圧倒的なステータスと魔力、スキルと耐性を持つ魔王にそれ以上の圧倒的な力でねじ伏せる。
それこそが、魔王の最も有効な倒し方だったのだ。
『……ガァッ!!』
そして、影人は出現させたそれらをいっせいに撃ち放つ。
「……っく、そぉ!! 『世界の扉』ぁっ!!」
魔王は前方と上方に2枚の巨大な扉を出現させ、影人の攻撃をすべて転送させてみせた。
地平の彼方で起きた爆発で大地が揺れる。
「……はぁはぁ」
魔王は消耗していた。
圧倒的な魔力回復を上回る消耗。
うなだれ、肩で呼吸をする。
『……』
「……はは。勘弁してよ」
そんな魔王がようやく前を向くと、先ほどの2種の攻撃の他に、影人の手には真っ黒な槍が握られていた。
その槍が黒く青白い光を帯電させる。
「……ごめん。影人。ちょっと、助けらんないわ」
そして、すべての攻撃が魔王に向けて放たれた。