第二百四十五話 パンダ再臨
……どこだ、ここは?
目が開かない
意識が曖昧だ
考えが定まらない
俺は……いったい……
「おーい。影人さ~ん」
ん?
「おーい。聞こえてます~?」
聞き覚えのある声。
これは……。
「あ、起きましたかー?」
「……パンダ?」
「はい! みんなの愛されキャラ、パンダさんです♪」
目を開けると、目の前にデフォルメ化されたいつぞやのパンダがいた。
こいつは、この世界の創世神である女神だ。
「……おまえのところに来たということは、俺はやはり死んだのか……」
こいつと対面したのは前の世界で死んで、こっちの世界に転生するときだった。
「いやー、残念ながらそんなこともないんですよー」
「……は?」
「まー、私もいるしね」
「ん?」
横から別の女の声が聞こえて顔を向ける。
なんだか自分の体の動かし方がいつもと違う。
「ルル?」
「や。久しぶりー」
その声の主は神樹の守護者であるルル・ド・グリンカムビだった。
呑気に笑いながら手をフリフリと振っている。
「それに、月影の魔女まで」
「あ、ど、どうも。お久しぶりです」
ルルの後ろでは老婆の姿をした女性がお茶を用意していた。
姿は老婆だが、たしか実際はかなり年若く、俺と大差なかったはず。
「あんたたちがいるってことは、ここは神樹の中、か?」
周りを見渡すと、前に来たことのある部屋だと気が付く。
この世界に来て間もない、ルルと出会ったときに来た部屋だ。
俺たちは部屋の真ん中に置かれたテーブルに座っていた。
「そーよ」
ルルは月影の魔女が淹れた紅茶を口にしながら頷く。
「……なぜ、ここにパンダがいる。女神が地上に降りてきたのか?」
「いやいや、逆ですよー」
「逆?」
「ここが、アカシャのいる天界に近いのよ」
「……なるほど」
パンダが降りてこれるギリギリの場所にルルたちが昇ってる感じか。
「神樹は、唯一地上から天界に昇ることのできる神域なのです」
「……誰だ?」
さっきからテーブルの端に誰かがいるとは思っていたが、初めて見る顔だな。
長いストレートの黒髪。端正な顔立ち。背は高め。黒い着物のような装い。非常に落ち着いた大人の女性といった雰囲気がある。
「この姿では初めましてですね。私は天竜です」
「天竜? 人型になれたのか」
天竜はエルフの大森林と魔族の領域との中間地点にある洞窟にいた原初の存在。
そんなヤツが、なぜここに?
「なぜって、私と天ちゃん(天竜)はアカシャが最初にこの世界に創った2人だからねー」
「創った、だと?」
「そーなんですよー」
パンダは楽しそうに手をバタバタさせる。
「……そうか。この世界の創世神なんだから、原初の存在である彼女たちを創ったというのは当然か」
目の前で手足をバタバタしているパンダがそんなことをしたとは到底思えないがな。
「あー! いま失礼なこと考えましたねー!」
「ああ、口に出した方が良かったか?」
「むむむー!」
パンダが口を尖らせる。
どうせ考えていることは筒抜けなのだ。
変な気遣いは無用だろう。
「……それで? なぜ俺はここにいる。俺はいったいどうなった?」
桜に魔人の槍で刺されて完全に致命傷を負ったはずなのだが。
「いやー、実はいま、影人さんは魂だけの存在になってましてー。肉体はまだ下界でくたばってますー」
「お、おお」
いや、それはそうなんだろうが、そこまで直球で言われるとショックなところがあるな。
「どうりで、体の感覚がいつもと違うはずだ」
なんていうか、夢を見ているような感覚に近い。
「そーなんですよー。あ、なんなら、ちょっと様子を見てみますか? えいっ」
「ん? おわっ!」
パンダが手をぶんと振ると、テーブルの上にテレビ画面のようなものが現れ、そこに体を貫かれて血まみれになった俺の体のドアップが映し出された。
「おっと。カメラが近すぎましたね」
パンダはそう言うと映像を引いた。
まあ、おかげで俺が確実に致命傷であることが分かったよ。
「……みんな」
引いた映像には、プルとノアとライズの3人が魔王である桜と戦っているところが映し出されていた。
善戦はしているが、やはり苦戦しているようだ。
俺がやられたから、彼らが代わりに戦ってくれているようだ。
「……フラウはどうしてる?」
フラウの光の巫女の力があった方がまだ対抗できそうだが。
「あの子はまだ心が弱いからね。プルが眠ったままにして後ろに下がらせたみたいよー」
「……そうか」
俺が桜にやられたことで動揺してしまいかねないから知らせないでおくことにしたのか。
それはたしかにその方が良いかもな。
「……それで? 俺はここでどうすればいい? なぜこうなった? まだ死んでいないなら、俺にはやることがあるということなんだろう?」
三対一とはいえ相手は魔王。
戻れるなら早いうちに戻った方がいい。
「まぁまぁ。順番に説明しますから、まずはお茶でもどーぞ」
パンダがそう言うと、月影の魔女が俺の前に紅茶を置いてくれた。
香り高い紅茶を一口飲むと、だいぶ心が落ち着いた。
「まず、私たちのことをお話しましょうかねー」
そう言うと、パンダは自分のことを指差した。
「えっとー、まず、私はアカシャって言います。ご存知の通り、この世界を創った神ですね」
……神の自分語りを聞くのは初めてだな。
「でー、神様にもいろいろありましてー。影人さんがいた世界があるように、いろんな世界があって、それぞれをいろんな神が管理してるんですねー。で、私はその中でもけっこう重要なポジションを担っている神なんですよー」
神が何人もいるのか。
で、このパンダがその中でも偉い方だと。
世も末だな。
「……むー。話が進まないのでツッコミはやめておきましょう。
で、影人さん。アカシックレコードって知ってますか?」
「えーと、たしか全てのあらゆる始まりから終わりまでを記録している宇宙の記憶、とかだったか」
うろ覚えだが。
「まあ、だいたいそんな感じですー。神の始まりの始まりからの記憶を記してある全世界の記録書ですねー」
「それが?」
「それを管理してるのが私なんですよー」
「……それは、かなり重要なポジションだな」
「そーなんですよー。
で、話は変わりますが、私たち神はみんな、ある1人の神様から生まれたんですね」
「最高神的なのがいるってことか」
「そーですそーです。で、その方、イリス様って言うんですけど。イリス様が今の神っていう存在になるときに、自分の中にある悪いものを分離して外に出して封印したんですね」
神になるために不要なものを切り捨てたのか。
「でも、それらはそれぞれ意志を持ってまして、イリス様に捨てられた腹いせに全ての世界を壊そうとしてるんですよー。
で、その封印ってのも長くは続かなくてー」
「迷惑な話だな」
というか、嫌な予感しかしないな。
「まったくですー。
で、世界を壊すにしても、ほぼ無限に近い数の世界を一個一個壊すのはめんどいじゃないですか。だから、彼らはまず全世界の記憶を壊そうと考えたみたいなんですねー」
なるほどな。
「で、それを管理してるのが……」
「私です、と」
「つまり、その最高神とやらが切り捨てた悪感情があんたを狙ってると?」
「そーなんですよー。しかも、ちょうどいまイリス様が休眠期に入っちゃって、封印が解けつつあるんですー」
「そうか、頑張れ」
で終われたらどれだけ楽か。
「ちなみに、この世界にもその封印のひとつがあるから、もしそれが解ければこの世界も終わりかもなんですー」
ま、そう来るよな。
「……つまり、俺たちにもそいつの対処を手伝えと?」
「そのとーりです! というか、その対抗手段としてこの世界を創ったまであります!」
自分1人では対処しきれないから戦力を増やしたかったのか。
「……それは、そのイリス様? とか他の神に手伝ってもらえないのか?」
というか、そもそもがそのイリス様の責任だろう。
「いやー、イリス様が休眠期に入ってしまうから封印が弱まるので、イリス様にはどうにも出来なくて。それに神は世界の管理で忙しくて、なかなか他の神の手伝いなんてやってる暇がないんですよー」
「全世界の危機だというのに自分のことで手一杯なのか」
人間と同じだな。
「まあ、そんなわけで、私はせめて封印が解ける前に強力な手札を揃えようって思って、この世界を創ったんです。
で、この世界と私のいるとこを繋ぐ神樹を守る存在としてルルを。まだ安定してなかった世界を落ち着かせる存在として天竜を創りました。
で、その次に彼らへの対抗手段として攻撃特化の存在を創ったんですが、その子には反抗されちゃいましてね。私を裏切って、私のことを殺そうとしてきたんですよ」
「……それって、もしかして」
「そうですー。いわゆる、闇の帝王ってヤツです」
闇の帝王も、原初の存在の1人だったのか。
「ん? だが、闇の帝王はこの世界の魔人と呼ばれる種族の中から発生したと聞いたぞ? 原初の存在だというなら、それだと時系列が合わなくないか?」
「あ、それは反抗的だった彼を私がぶっ飛ばしまして、何度か転生を繰り返した結果、最終的にそこに落ち着いた感じです」
「……なるほど」
何度も転生し、何度も女神に敗れ、それでもなお闇の帝王として在り続けたのか。
「で、彼の失敗から私は原初の存在を創るのをやめました。ルルと天竜に大きな力を与えて、彼女たちの監修のもとで世界に力を持つ者が生まれるのを待つことにしたんです。
でも、なかなか強力な存在が現れなくて、私は他の世界から人を招くことにしました」
「それが、転生者たちか」
「そーです。世界間の壁を通ってきた魂はその抵抗力から強い魔力と肉体を持って転生できることが分かったので、この世界の隣にあった影人さんたちのいた世界で亡くなられた方の魂をこちらに招待したんです。そのときにちょっと干渉できたので、任意のスキルもおまけして」
俺たちは対抗兵器として呼ばれていたわけだ。
「ん? だが、俺が来たときは魔王を倒してもらうためとか言ってなかったか?」
「あー、あれはその方が食い付きがいいかなって思って。それに、魔王に世界が支配されそうなのは本当でしたし」
まあ、たしかに全ての世界を破壊しようとしている最高神の落とし種がどうとか言われるよりは、これから転生しようとしている世界を支配しようとしている魔王がいるって方がイメージは湧きやすいが。
「でー、そうやって転生者を集めてるときに、たまたま影人さんのなかに、しつこすぎてイラついた勢いで完全に滅したはずの闇の帝王の残りカスがあるのを見つけたんですよ」
因子ってやつか。
「で、彼の意志はもうないみたいだったから、これは貴重な戦力になるぞ! って、張り切って召集しちゃいました!」
パンダが偉そうにえへんとふんぞり返る。
「それって、俺はまだ生きていたのにこっちの世界に呼ばれたのか?」
「え? あ、言ってませんでしたっけ? 影人さんだけは転生ではなく転移なんですよ。なので、すべてが終われば同じ時間に戻してあげることはできますよ?」
「……いや、初耳すぎるんだが」
だから俺には死んだ記憶がないのか。
「いやー、すいません。てっきり言ったものだと思ってましたー」
パンダは悪びれもなく頭をポリポリとかく。
今さらこのパンダに何かを期待しても無駄なのだろうが、さすがに軽く殺意を覚えた。
「えーと、あとは何を話すんでしたっけー」
「あー、あとは私が話すわ。アカシャに任せとくと千年ぐらいすぐ経っちゃうから」
アゴにぬいぐるみみたいな手を当てて考えるパンダを見かねてルルが名乗り出た。
そうしてくれると非常にありがたい。
「まずは、そうね。
光の巫女と神託の巫女。2人を創ったのは私よ」
「お、おおう」
いきなり予想外のところから来たな。