第二百四十四話 貫く
「……くっ」
桜の魔人の槍による斬撃をかわす。
無意識に先ほどよりも大きく避けてしまっている。
「ふふ、どーしたの? 怖いの?」
桜がイタズラに笑う。
その通りなのだろう。
体が、無意識にさっきの痛みを忌避しているのだ。
軽くかすっただけであの痛みだ。
もし、まともに斬られたら。
もし、体を貫かれでもしたら……。
「えいー」
「……くそっ」
頭では分かっていても体が余計な動きをつけて大げさに避けてしまう。
それが逆に隙を生むことになると分かっているのに。
「はいそこっ」
「ぐあっ!」
斬撃を大きく避けたせいでバランスを崩す。すかさず桜はそこに蹴りを入れてくる。
槍で体を支えた蹴りは強力で、俺は大きく吹き飛ばされた。
「くっ……」
黒影刀を地面に刺して勢いを殺し、すぐに体勢を立て直す。
前を向くと、桜の周りには青白い光に囲われた黒い魔力の塊が無数に浮いていた。
「さて、どうするー?」
桜はそれを俺目掛けて一斉に放つ。
「くそっ!」
数が多すぎる。
概算で15個ほどの魔力の塊は光線となって俺に向かって飛んでくる。
巨大な力の奔流は大きな壁のようになって俺に襲いかかる。
俺は黒影刀を前に構え、漆黒の魔力球を4つ生成する。
「いけっ!」
それらをすぐに射出。
俺は急いでその場を離れる。
すぐに攻撃同士がぶつかる音がして、ものすごい衝撃が走る。
そして、相殺によって起きた粉塵のなかを残った光線が抜け、走ってくる。
打ち消してもまだ10本以上。
それらは依然として津波のように俺を消しにくる。
光線の津波の切れ目に向かって走る。
「……っ。少し遠いか」
だが、このままでは俺の速度でも桜が放った光線の奔流からは逃れられない。
おそらく飲まれれば全力で防御してもヒト溜まりもないだろう。
「……出せるか」
俺は光線の端に刀を向けた。
「はぁっ!」
そして、思いきり力を込めると、漆黒の魔力球がふたつほど現れた。
一度、最大数を放つとしばらくインターバルが必要だったが、火事場のバカ力というやつだろうか。
「……い、けっ!」
無理をした影響で体に大きく負荷がかかるが、俺はなんとかその魔力球を飛ばし、速度を落とさずに走る。
すぐに魔力球は光線の一番端に当たり、その部分が大きく抉られる。
「よしっ」
そして、俺はその穿たれた穴に向けて跳躍するように飛び込んだ。
「……っ」
光線の津波はそのタイミングでちょうど俺の真横を通過していく。
そして、それはそのまま見えなくなるまで地平の果てに向けて飛んでいった。
その過程にあるものをすべて消し飛ばしながら。
光線の先が街のある方向じゃなくて良かった。
「……はぁ。なんとか、避けたか」
俺は無理をした影響で全身がずっしりと重くなるのを感じた。
だが、ひとまずの窮地を脱したという安堵はやはり大きかった。
「よく避けたねー」
「なっ!」
だから、すぐ真後ろに桜が来ていたことに俺は声をかけられるまで気付けなかったのだ。
「はい、終わり」
「しまっ……がっ!」
そして、俺は振り向きざまに桜の魔人の槍で刺された。
体のど真ん中。
心臓を貫かれた?
油断。
ヤバい。
痛みが、いや、それよりももう、これは致命傷……。
「……ぐっ!」
「ばいばい、影人」
とてつもない痛みを感じた瞬間、悲しそうに笑う桜の顔を見たのを最後に、俺の意識は途絶えた。
「影人っ!!」
「そんなっ!」
魔王の波動のような凄まじい攻撃を影人がなんとかかわし、プルたちがホッとした次の瞬間、影人は魔王の槍によって体を貫かれていた。
ノアもプルも急いで現場に向かおうとしたが時すでに遅し。
魔王が槍を抜くと影人は力なくその場に崩れ落ち、血がとめどなく流れた。
「……か、影人さんっ」
ライズも信じられないといった表情で動かない影人を見ていた。
「……っ。ノア。ライズ。戦闘態勢。影人がああなった今、魔王と戦えるのは私たちだけ」
プルは即座に切り替え、ノアたちに指示を出す。
まだ戦いは終わっていない。
それどころか、最悪の状態に向かいつつあるのだ。
「……そ、そうだ。フラウも起こさないと。彼女の力なら、まだ……」
「それはダメ! ……たぶん、フラウはアレを見たらまともに戦えない」
「……そうか。そう、ですね」
プルの視線の先にある影人の亡骸を見て、ライズはフラウを部下とともに下がらせることにした。
いまだ眠りについているフラウはライズの部下にかかえられて後方へと運ばれる。
「……ノア。もう戦えそう?」
「うん。もう大丈夫なのだ。魔力はまだ回復しきってないけど体力は戻ってるのだ。
そっちはどうなのだ?」
「……ん。大丈夫。私は【魔力徴収】と魔人の杖のおかげでほぼ全快した」
「俺も出ます。俺も体力なら回復してる」
「おけ」
「相談は終わった~?」
「!!!」
3人が話し終えると、いつの間にか出現していた扉から魔王が出てきていた。
影人がいたところには横たわる影人と1枚の扉があるだけだった。
「直属軍はやられちゃったけど、私があなたたちを倒しちゃえば結果的には同じことよね」
魔王はそう言って3人に槍を向けた。
槍の先端が青白く光る。
「ノア! 壁っ! ……っ!」
そして、魔王の槍から巨大な光線が撃ち出された。