第二百四十二話 草場家
俺の家系は、いわゆる忍の家系だ。
主に仕える影。
潜み、隠れ、動き、主を支える。
それは、侍と呼ばれる者たちがいなくなってからもなくなることはなかった。
俺たちは形を変え、国に仕えた。
表立って言えないような仕事を主に扱い、世界中を飛び回った。
ときに外交を優位に進めるために動き、ときに災害から人々を救い、ときに脅威となるものを排除した。
ときに人を救い、ときに人を殺すのだ。
俺はその家系の長男として生まれた。
生まれたときから家督を継ぐためにさまざまな訓練を行った。
べつにそれに不満はなかったし、自分の体の動かし方は何となく分かったので、特段苦労することなく技術を身に付けていった。
さすがに初めて人を手にかけたときは些かショックを受けたりもしたが、それもすぐに慣れた。
弟たちも皆、この仕事を手伝うために訓練を行い、技術を身に付けていった。
とはいえ、俺のようにうまくはいかないことも多く、必然的にやはり俺が家督を継ぐことに決まりかけた。
だが、そのとき、桜が生まれた。
「……」
「ほら、影人。新しい妹よ。名前はね、桜って言うのよ」
母親から初めて桜を見せられたときに、その眼を見て感じた。
自分とは世界が違う存在が現れたと。
「お兄ちゃん! ほら、こっち!」
「……速いな」
「ふっふっふー。じつはこっそり鍛えてるのです!」
桜はすぐにその才能の片鱗を見せ始めた。
一度見ただけで同じ動きを再現し、一度読んだものは決して忘れなかった。
そして、肉体の成長とともに出来ることの幅も広がった。
「……」
明らかに当時の俺よりもレベルが高かった。
きっと桜はすぐに俺を超える存在になる。
俺がそう感じるのはわりかし早かった。
べつに俺はそれでも構わなかった。
優先すべきは家。
桜が当主になることで家が安定するならば、俺は桜を支えよう。
一部でそれに反発する動きもあったようだが、俺が桜のサポートに徹するようになるとその声も次第になくなっていった。
そして、桜の初めての任務の日。
「……緊張してるか?」
「んー? まあまあ?」
「ふっ。桜に聞くだけ無駄だったな」
「もー! 私だって緊張ぐらいするんだからねっ!」
「ははっ。まあ、そういうことにしておいてやろう」
「もー!」
なんてことはない。
いつも通りの簡単な任務のはずだった。
目標地点から目的のものを奪取し帰還する。
俺が今まで何回もやってきた任務。
事前に下調べを入念に行い、桜にまったく危険が及ばないようにことを運ぶことが出来るはずだった。
そりゃあ危険な思いをさせないと成長に繋がらないから、多少は危険はあった。
だが、いざとなれば、俺がすべてを解決してやれる程度のレベルの任務のはずだった。
「……くそっ! なんだあの敵の数はっ!」
「……この国って、あんなマシンガンぶっぱなしてくる奴らが普通に配置されてるんだっけ?」
「いや、そんなはずは……」
あとから聞いた話では、ちょうどその日は国のお偉いさんが視察に来るとかで警備がとくに厳重になっていたらしい。
そして、その話は意図的に俺たちには伏せられていた。
どうやら、俺に家督を継いでほしかった者が桜を擁立しようとする俺に愛想を尽かし、代わりに弟を立てるために、俺たち2人を始末する方向に進めたらしい。
当然、弟も親父もそのことは知らない。
ようは、決行のスケジュールを調査した者がそいつらの息のかかったヤツだったのだ。
それによって最悪のときに潜入した俺と桜は、すさまじい数の兵隊から銃を向けられることになったのだ。
「っ! お兄ちゃん! あぶないっ!」
「なっ! 桜っ!!」
そして、庇うために俺を海に突き落とした桜は、俺の代わりにマシンガンに貫かれた。
俺は海に落下しながら、桜が蜂の巣にされるところをただ見ていることしかできなかった。
命からがら帰還した俺は親父にすべてを報告。
嘘の報告をした者も手を回した者も全員を処刑したが、残ったのは虚しさだけだった。
そして、結局俺がそのまま家督を継ぐことに決まり、今まで以上に世界中を飛び回って任務をこなした。
まあ、その途中で俺もこっちの世界に来ることになったのだが……。
桜は、俺のせいで死んだんだ。
俺が注意を怠ったから。
しっかりと不穏な芽を摘んでおかなかったから。
桜が生き延びて家督を継いでいれば、こちらに来たのは俺だけで、今ごろ桜はあちらの世界で当主として天寿を全うしていたはずなのに。
あまつさえ、こちらの世界で魔王なんてやることもなかったはずなのに。
「……はぁっ!」
「えいー」
地面を蹴って一気に接敵した俺は黒影刀で桜を袈裟斬りする。
桜はそれを片手で持った魔人の槍で軽くいなす。
それなりに力を込めたはずなのに、魔王である桜は俺の斬撃にまるで重さを感じていないようだった。
「……ふっ!」
「ほっはっていっ、はー」
それならばと、再び俺は桜に斬りかかり、激しく打ち合った。
桜はさまざまな角度から向かってくる刃を槍を器用に回してすべて受けていく。
懐に入ってしまえば槍の方が不利なはずなのに、桜の槍さばきはそんなことを微塵も感じさせない。
手元に近い攻撃には刃先に近い部分を持って弾き、足元への攻撃には柄の端を持って槍を回す。
槍の近距離戦闘を難なくこなすその姿はやはり桜のものだった。
「……相変わらず武器の扱いもうまいんだな」
「んー、普通だよー。だいたい触れば使い方分かるしねー」
「……そうだったな」
桜に出来ないことはなかった。
使ったことのない武器も一度手に持てばすぐに扱ってみせた。
チェスや将棋、ゲームやパソコンなんかもすぐに敵がいなくなった。
「それに、今はほら。スキルとかっていう便利グッズもあるしね」
「……そうか」
俺の『百万長者』内にも、【槍の名手】やら【神槍】やらのスキルがあるように、桜もまたそれに類似するスキルを保有しているのだろう。
他者から奪えるのだから、自ら血の滲むような鍛練をしてスキルを取得する必要もないのだから。
「……とんだチートだな」
「ホントにね。逆にちょっとつまんないぐらいだよ」
桜は苦笑いしながら、小指の先に乗せた槍を器用に回す。
もともとスペックの高い資質に、スキルを奪う『世界の扉』。そして、魔王としての圧倒的な魔力。
桜はやはり、非の打ち所のない魔王なのだ。
「……」
「おや?」
俺は接近戦をやめ、桜から距離をとった。
俺も戦闘系のスキルで底上げしているとはいえ、奪ったスキルでガチガチに固めている桜に近接戦闘ではやはり勝てない。
それならば、俺は俺だけの高出力で押すしかない。
「……」
俺は黒影刀の剣先を桜に向けた。
そして、剣先に闇の力を集めていく。
「ああ。それは夜想国での~」
「……やはり、それも見ていたのか」
次第に剣先に球状に闇の力が集う。
真っ黒な真球。
吸血鬼たちを吹き飛ばし、なおも突き進んだ漆黒球。
「それで、私を倒せればいーね」
「……あのときおまえに助けられた俺が、今のおまえを止めてやるのが俺の責任だ」
「……ふふ」
不敵に笑う桜に、俺は圧縮された漆黒球を放った。