第二百四十話 魔王の降臨
「ライズ王子」
「大丈夫です。疲れて眠っているだけです」
ライズがフラウを抱えて戻ってきたので受け取る。
顔を見ると、少し疲労はあるようだがよく眠っているようだ。
「……頑張ったな」
「んん……」
頬に軽く触れると、フラウはくすぐったそうにしてみせた。
「……ノア。フラウを頼む」
「うむ。わかったのだ!」
ノアにフラウを託すと、軟らかい土で出来たベッドを作り、そこに寝かせた。
「影人さん。これで前線に出ていた直属軍はすべて倒しました。あとは魔王と、その隣の少女だけですが」
「……ええ。おそらく……」
『マスター、少しいいでしょうか?』
『ん? サポートシステムさん?』
魔王直属軍を打ち破り、これから向こうがどう出てくるかというところで、サポートシステムさんが頭の中で話しかけてきた。
『先ほどは演算に追われていて報告が出来ませんでしたが、落ち着いてきたので改めて報告いたします』
『なんだ?』
『先ほどのやり取りのなかで、万有スキル『百万長者』内に存在するすべてのスキルを他者に貸与することに成功しました』
「おい! あれ!!」
「んっ!?」
『それに伴い……』
『悪い。サポートシステムさん。向こうが動きそうだ。ちょっと待っててくれ』
『……承知いたしました』
サポートシステムさんの話を遮って申し訳なかったが、どうやら魔王側で動きがあったようだ。
「……ま、魔王が」
ライズが驚いている。
その視線の先では魔王が高台からふわっと降り、桜色の長い髪を揺らしながら、ゆっくりと地上に着地していた。
その姿に、戦場が一時停止する。
その圧倒的な存在感に、皆が魔王の一挙手一投足を見逃せずにいるように感じた。
『……サポートシステムさん』
『なんでしょうか?』
『さっき、落ち着いた、と言ったな』
『はい』
『それはなぜだ?』
『スキルが奪われなくなったからです。現在は兵たちに貸与している必要分以外はマスターのもとに戻っています』
サポートシステムさんに言われてリストを確認してみると、たしかに半数以上のスキルが俺の中に戻っていた。
……それは、貸与しなくても問題ないほど優勢な者がいるという意味でもあり、貸与するべき相手がもうこの世にいないという意味でもある。
『……そうか』
『……それで、マスター。先ほどの……』
「か~げ~と~っ!」
「!」
魔王が大声で俺を呼ぶ。
拡声魔法で音量を上げた声は戦場に響き渡った。
「直属軍の戦いは終わったみたいだから、そろそろ私たちの番だよー! 早く降りてきなよー!」
魔王は両手を口にそえて声を張っている。
「あ、あんな可憐な少女が、本当に魔王なのか……?」
隣でライズが困惑した表情を見せる。
たしかに、はた目にはただの可愛らしい少女にしか見えない。
年は俺と同じぐらい。
背はミツキよりは少し小さいか。
くりっとした猫目と長い桜色のキレイな髪が特徴的だ。
今は魔王らしからぬ、薄い色のワンピースを着ているから余計だろう。
ともすれば、青春映画のヒロインのようにさえ思える。
……だが、あれは。
あいつは……。
「影人ったら~。早く来ないと大変だよ~!」
「……なに?」
魔王は頬を膨らますと、亜空間から一本の長い槍を取り出した。
それは真っ黒で、何とも禍々しい雰囲気を醸し出していた。
「……あれは、まさか」
「……魔人の槍」
「……プル」
いつの間にか目を覚ましていたプルが俺の隣にいた。
「もう! そんなちっちゃい子を隣に侍らせて! やっちゃうよ!」
「……なっ」
魔王は槍の矛先を戦場に向けた。
その先には呆然と魔王の姿を見ている魔族と連合軍たちがいる。
「……影人。あれヤバい」
「……え?」
「ちゅどーん!」
「なっ……!」
プルが呟くと同時に、戦場が光った。
魔王の槍から巨大な閃光が放たれたのだ。
なんの溜めもなく撃たれたそれは黒く青白い閃光。
魔王の何倍もの大きさのその閃光はどこまでも突き進み、そして、そこにあったすべてを吹き飛ばした。
「……くそ」
俺の中にまたスキルが戻ってくる。
かなりの数だ。
貸していた相手が死ねば、自動的に戻ってくるようになっているのだ。
「ま、魔王様っ! な、なぜ私たちまでっ!」
魔族が閃光に巻き込まれたのを見て、近くにいた魔族が嘆く。
「ん~、なんか邪魔だったからー。ごめんねー。たぶん、これからこんなことがよく起こるから、皆はもう戦いはいいから下がってなよ~。どうせ私と影人の、勝った方の勝ちなんだからね」
「……っ。わ、わかりました」
悪びれもなくそう言ってのけた魔王に、魔族はおずおずと引き下がった。
恐怖と力による絶対的な統治。
それが魔王と魔族との主従関係のようだ。
「皆も引け! 影人さんの邪魔をするな!」
ライズの号令を受けて、連合軍の面々も下がっていく。
「影人殿! 儂も手伝うかっ!?」
戦場を駆け抜け、状況を整えていた殿様が声を飛ばす。
たしかに、殿様ならば魔王の攻撃も耐えられるかもしれない。
「……いや、それには及びません。殿様は退陣の指揮をお願いします」
「そうか! わかった!」
もしも俺が魔王に破れたときに、代わりに対抗できそうなのはプルやノア、あとは殿様ぐらいだろう。
戦力は出来るだけ残しておきたい。
向こうの高台には、まだ最後の直属軍もいるしな。
『……サポートシステムさん』
『はい。マスターの運動野は返還してあります。もう動いて差し支えありません』
スキルの奪い合いが終わったことでサポートシステムに貸していたリソースが戻る。
手足を動かすと、問題なく稼働しているのが確認できた。
「……よし。いくか」
「あ、影人」
「ん? なんだ?」
俺が高台から降りようとしていると、プルが声をかけてきた。
「ルルからアドバイスが来た。あの槍には気をつけろって」
「ルルから?」
神樹の守護者がわざわざ何を?
「あの槍に直接触れると死ぬらしい」
「……そうか。わかった」
ルルがなぜそんなアドバイスをくれたのかは分からないが、貴重な情報としてありがたく受け取っておこう。
「行ってくる。あとは頼んだ」
「はいよー」
俺はそれだけ言うと、高台から飛び降りた。