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第二百三十五話 神樹の守護者たる

「……くっ」


「……は~。やっと剥がせた」


 魔天纏(まてんまとい)を破られた破理(はこと)が膝をつく。

 破理の周りを巡っていた球がプルのもとに戻る。


「……」


「……」


 しばらく2人は黙ってそのままだったが、


「あ~!」


「……?」


 破理が突然、立ち上がり、両手を挙げて伸びをした。


「いや~、まさか影人に続いてまた破られるとはな~。おっちゃんちょっとショックだわ~」


「……」


 両手を挙げてまいったまいったと呑気に呟く破理の様子をプルは片時も見逃さずにいた。

 長く戦闘を続けていたが、ようやく破理の最強の鎧を剥がしただけ。

 破理自身はまったくの無傷。

 まだまだ、どこまでも戦える状態ではあるのだ。


「……さて、と」


「……?」


 破理は挙げていた腕をだらんと下ろし、全身を弛緩させてみせた。

 破理はまるで午後のティータイムのようにリラックスしているようだった。

 戦闘中には決して見ることのない光景。

 そのバグに、プルの目が一瞬の判断を遅らせる。

 そして、


「……っ!?」


 プルが破理の存在に気付いたのは、プルの周りを回る球が破理の拳を止めたあとだった。

 破理は一瞬でプルの眼前に移動し、プルに拳を向けていたのだ。


「ふ~ん。どうやら本当にオートみたいだな。嬢ちゃん、今の反応できてなかったもんな」


「……くっ」


 破理に話しかけられてプルはようやく後ろに下がった。


「……さっきよりも速くて、重い」


 下がるプルとともに2つの球もついてくる。

 だが、そのうちのひとつ。

 今の破理の攻撃を受け止めた方の球にヒビが入っていた。


「いや~、魔天纏さ。便利なのはいいんだけど、あれ、めちゃめちゃ燃費悪いんだよ。維持するだけですごい魔力くうし、けっこう神経使うわけ。ま、それでもおっちゃん痛いの嫌いだから使ってるんだけどさ」


「……」


 プルによってその魔天纏が破られたということは、魔天纏を使うことによって消費していた魔力や、その維持に意識を向ける必要がなくなったということ。

 それはつまり、


「……ようやく、俺もホントの本気でいけるってわけだ」


「……くっ!」


 破理から、凄まじいまでの闘気が迸る。

 強力な魔力が練り込まれ、彼の体を強化する。


「……よっ」


「……っ!?」


 瞬間。


 プルの前から消えた破理。


「……!」


 背後で球が何かを防いだ音がした。だが、プルが振り返るとそこには何もなく、今度は再び逆の方向から音がしたと思えば、そのすぐあとに上から音がする。


「……こいつっ」


 先ほど自分が2つの球で破理の魔天纏を破壊したのと同じ方法。

 何度も何度もヒット&アウェイを繰り返し、そのたびに黒い球が自動でそれを防ぐ。

 そのあまりの速さに、もはや2つの球がどちらも防御に回っていた。

 そして、先ほどよりも強化された本気の破理の拳に、びしびしと球にヒビが入っていく。


 そして、


「おらぁっ!」


「……っ!?」


 ついに破理の渾身の一撃が魔人の杖の黒球を砕く。


「……」


 プルは攻めなければ負けると感じ、無意識下で進めているある詠唱とは違う攻撃魔法を詠唱した。


「……いけ」


 プルが魔法を発動すると無数の氷の刃が出現して破理を強襲する。


「……いや、無理だろ」


「っ!」


 しかし、破理はそれが発射された瞬間にはその場を離れ、プルの背後に回っていた。


「自動制御のその玉っころでさえやっとなんだ。任意発動の攻撃なんざ、今さら止まって見えるぜ……おりゃ!」


「くっ!」


 そして、再び正面に回った破理はプルに拳を振り上げ、それを防いだ残りの黒球もいよいよ限界を迎えようとしていた。

 プルが放った氷の刃は今になってようやく破理がいた位置に到達していた。


「……《瞬雷》」


「いや、だから無理だって」


「……むぅ」


 敵の位置に突然雷を発生させるプルの最速魔法でさえ、破理は軽く避けた。


「……いま、魔法が発生する前に避けた。そうか。おまえは魔力を読んでる」


「ま、そゆこと」


 プルが大賢者の眼で破理を視る。破理の眼もまた、自分と同じ眼をしていた。


「……」


 破理が大賢者であるとは思えない。

 おそらく、たゆまぬ鍛練と経験の果てに、大賢者の眼と同等の能力を得たのだとプルは結論付けた。


「ほいよっと!」


「……っ!」


 そして、再び接敵してきた破理の一撃によって、残っていた黒球も砕かれる。


「さて、これで身を守ってくれるものはなくなったな」


「……それはお互い様」


「ま、そりゃそーか」


 とはいえ、状況は絶望的。

 こちらの攻撃はあちらに届かない。

 しかし、あちらの攻撃をこちらは防げない。

 状況的には同じでも、置かれた現況の厳しさは火を見るより明らかだった。


「……」


 だが、プルは感じていた。

 魔人の杖の真価がまだ発揮されていないことを。

 そして、そのために先ほどから無意識下で詠唱していた呪文がまもなく完成することを。


「……んで? どーすんだ、嬢ちゃん? 降参でもするか?」


「……もうちょい待ち」


「……おいおい。ま、いーけどよ」


 プルに待てと言われ、破理は肩をすくめながら腕を組んだ。

 このとき、破理が間髪を容れずに攻めていれば容易にプルに勝てただろう。

 本当の本気同士で戦いたいという破理の欲求が、自らの首を締めることとなるのだった。






「おまた~」


「……ん?」


 しばらくすると、プルが杖を掲げた。

 準備が整ったようだった。


「……」


 その様子にただならぬものを感じた破理が組んでいた腕を解いて構えを取る。


「……え~と、こうしてこうして、こうかな」


 プルは詠唱していた呪文を紐解きながら魔法へと変換していく。


「……この力は……」


 そのとき、破理の眼はプルに流れ込む異常な量の力を感じ取っていた。

 ソレは地脈から立ち昇るようにプルへと注がれていた。


「……おまえ、そりゃまさか……神樹の……」


「……うん。どうやら、これが魔人の杖の使用条件が必要だった理由みたい」


 プルに注がれているのは世界の中心である神樹の力。

 本来ならば神樹の守護者だけが使える力。

 その発動条件は大賢者と魔導王を極めた者が魔人の杖を使用すること。

 魔人の杖の使用条件はそれを逆説的に示していたのだ。


 そして、それこそが神樹の守護者の弟子としての最後の試練でもあった。


「……くっ」


 プルは額に汗を流す。

 強力すぎる力を制御するのが難しいようだ。


「……出、てこい」


 なんとかその力をまとめたプルはそれを杖から魔法として顕現した。


「……おいおい。さすがに勘弁してほしいぜ」


 杖から出てきたソレを見渡しながら、破理の頬を汗が伝った。


 プルの周りには、先ほど破理が何度も打撃を加えて破砕した黒球が無数に出現していた。

 概算で100個ほど。

 数が多すぎて、破理からはプルの姿がほとんど視認できなかった。


「……ふぅ。さすがに負担がヤバい。これ以上出したら私の体がもたない」


 プルは呼吸を乱し、汗を流していた。

 どうやら、神樹の強力な力は相当の負担になっているようだ。


「……せめて魔天纏がありゃあ……いや、もうそんなレベルの話じゃねえか」


 異様な存在感を放つ無数の黒球を眺めながら、破理は構えを取った。


「……これにもまだ向かおうとする心意気は認める」


「……当然。それこそ求めてたもんよ」


 圧倒的に不利な状況で、明らかに自分よりも強力な存在に立ち向かう。

 強くなりすぎた破理にとって、もはやそれこそが自分の求めているものだと悟っていた。


「……負けたかったの?」


「……ふっ。なるほど。そりゃあ、考えようによってはそうとも取れるな」


 首をかしげるプルの問いに、破理は笑いながら答える。

 強さを求めた結果、強くなりすぎた破理が至ったのは、完膚なきまでに自分を叩き潰してくれる存在だった。


「……まだまだ上がいることが分かったんだ。俺はまだまだ上を目指せる。敗北は、自分の立ち位置を知るために必要だった。俺はここから、まだまだ上に行ける」


「……やれやれ。ここまでくると、いっそ清々しい」


「はっ! 誉め言葉として受け取っておくぜ!」


 呆れたように首を振るプルに、破理は嬉しそうに笑う。


「……じゃ、頑張れ」


「おうよっ!」


 そして、破理を飲み込む無数の黒球に、破理はじつに嬉しそうに向かっていった。



















「やっ」


「ひゃっ!?」


 <ワコク>。

 自国に結界を張りながら休息を取っていたカエデのもとにプルが現れる。

 カエデは突然出現したプルに飛びのいて驚いていた。


「プ、プル様? ……そ、その方は」


 カエデはプルが首根っこを掴んで引きずっている男を見て息を飲む。


「なっ! そいつはっ!」


 カエデの近くで控えていたトリアも刀を抜く。


「おう。姫さん久しぶり。ご覧の通り、おっちゃん負けちまったよ」


「そゆこと」


「……え?」


 プルに襟首を掴まれた破理は弱々しく手を挙げて挨拶してみせた。


「これ、ここで管理しといて。カエデの結界は同じスキルで解除しない限りこのおっさんには無効化できないみたいだから」


「これって……。ま、そうなるな」


 カエデが魔王城に捕らえられていたときのことを鑑みるにそう結論付けたプルはカエデに破理を抑えておいてもらうことにしたのだった。


「え、と、事態がいまいち飲み込めませんが、承知しました」


 カエデはとりあえずとばかりに、ぺこりとお辞儀をした。

 もとより、神樹の守護者になるであろう者の頼みを断ることなどできないのだから。


「じゃ、私は戻るね。あでゅ~」


 プルは軽く手を振りながら、再び転移魔法で跳んでいった。


「……」


「……え、と、とりあえず、結界で囲わせていただきますね」


「おう」


 残されたカエデは破理を結界の中に閉じ込めた。

 こうなれば、一三四(ふたなし)のサポートなしでは出ることは出来ないだろう。


「……あなたは、なぜ戦いを求めるのですか?」


「ん? なんでだろうな。自分が一番強くなりたいから、かな。そのために、強いヤツを探してる。で、これが一番手っ取り早い方法だったからだ」


「……くだらないですね」


「ははっ。なかなか言うねぇ」


「それに、強いヤツを探すのなら、自分で育てればいいのでは?」


「……ほう?」


「自分が思う最強の存在を自分の手で育てて、その者と戦えば良いのでは?」


「ふむ。なかなか良いアイデアだな」


「……我が国には、鍛え甲斐のある者が大勢おりますよ」


「ひ、姫様っ!?」


「はははっ! なるほどな。胆の座った姫さんだ。ま、考えておくよ」


「ええ。快いお返事をお待ちしてます」





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