第二百三十四話 2つの球体
「……」
音速を超える速度でプルに接敵する破理。
プルはそれにまったく反応できていないようだった。
ーーやはり買いかぶりだったか。
破理がそう判断して拳を振り上げた時。
「がっ……!!」
突然、下からアゴに強烈な衝撃を受け、破理は大きくのけ反った。
「……《悪魔殺し》」
「……くっ!」
その隙にプルが強力な光線を放つ。
破理は身をよじってそれを何とかかわした。
「……なんだよ、それは」
体勢を立て直した破理はプルの周りを浮かぶ球体に目をやった。
それは真っ黒な真球で、土星の輪のようなリングが1つついていた。
「んで、もうひとつ」
「……は? うおっ!」
上空から落ちてきたもうひとつの黒い球を破理はギリギリのところで避ける。
避けられた球はもうひとつと合流し、プルの周りを回った。
それもやはりリングが周りについていた。
「そいつぁ、魔人の杖の先っぽについてたやつか?」
破理がそう言ってプルの持つ杖を見ると、その先端の意匠がなくなっており、代わりに魔力で型取られた雪の結晶のような形になっていた。
その周りをもともとついていた六芒星が囲っている。
「うん。やっぱりこっちの形の方がしっくりくる」
使い慣れた意匠にプルはご満悦の様子だった。
「……敵性攻撃に自動反応で防御する球体ってとこか?」
破理がプルの周りを回る2つの黒い球体を見つめながら尋ねる。
「正解。ひとつが防御でひとつが攻撃。魔法的側面を持つ単純物理」
「……魔法防御も物理防御もお構いなしにぶち破ってぶん殴ってくるってことか」
「ま、そんなとこー」
「はは、シンプルなだけにタチが悪いな。おまけに嬢ちゃん自身がほとんど無限に魔法を撃ってくると」
プルの返答に破理が苦笑いを浮かべる。
それは奇しくも自分の戦闘スタイルと同じだったからだ。
「魔天纏はあらゆる攻撃を防げるけど衝撃は防げない。だったらもう攻撃されないぐらいボコボコにしてやればいい」
「ははっ! 嬢ちゃんもたいがいだなっ!」
破理が嬉しそうに構えを取る。
「よっし。そんなら……」
足に魔力を込め、先ほどよりも強く、速く空気を蹴る。
瞬間的にプルに接近した破理はプルの側頭部目掛けて蹴りを入れる。
「これでどう……ごあっ!」
が、その足に黒い球体がぶつかってきて、破理は再び後方に飛ばされた。
「無駄。速さは関係ない。攻撃に対して自動で反応する。魔法でも物理でも」
プルはそう言うと杖を掲げた。
その動作に合わせてもうひとつの球体が浮かび上がる。
「んで、こっちはこっちで。ほい」
「うおっ!」
プルが杖を振り下ろすのと同時に凄まじいスピードで球体が破理に向かって飛んだ。
もうひとつの球体はプルの周りをぐるぐると回っている。
破理はすんでのところでそれを避けたが、球体はすぐに折り返してきて、再び破理を襲う。
「ちっ! 追尾機能か」
破理は舌打ちしながら足に魔力を込めた。
【瞬脚】で背後から襲い来る球体を瞬時に避ける。
が……。
「なっ! ……ぐあっ!」
黒い球体は破理が避けた方向に瞬時に対応して折れ曲がり、破理に強くぶつかった。
ダメージは受けていないものの、その衝撃で破理は地面に向けて大きく吹き飛ばされる。
「……くっ。衝撃だけでこんだけ吹き飛ばされるとか、どんだけ重いんだよ、あれ」
建物に突っ込んだ破理は瓦礫を弾き飛ばしながら再び空に戻る。
「うーん。それでもやっぱりノーダメージなのかー」
プルは瓦礫からすぐに出てきた破理を見て、ハァとため息を吐いた。
「ま、それならアレが剥がれるまでボコボコにするのみ」
プルが再び杖を振り上げると、先ほど破理を吹き飛ばした球体が再び破理目掛けて飛んだ。
「……ぬんっ!」
「……わーお」
それは破理に正面からぶつかったが、拳でもって迎え撃った破理は後方に吹き飛ばされることはなく、互いに少しだけ後退っただけだった。
「ふん。とんでもない衝撃だが、俺の拳で打てば弾けないことはないな」
「……いやいや、魔鉱石でもぶち壊すはずなんすけどー」
「はっ! 魔鉱石なんざガキの頃に砕き飽きたぜ!」
この世界の最高硬度の鉱物さえ壊す一撃を拳で相殺する破理にプルはドン引きしていた。
「ま、いーや。そんなら手数でいくかー」
「ぬっ!?」
プルはそう言いながら転移魔法で破理から距離をとった。
攻撃用の球体は破理のそばに残ったままで、防御用の球体だけはプルと一緒に転移して、変わらずプルの周りを浮遊していた。
そして、攻撃用の球体がゆっくりと動き出し、
「おわっ!」
急激に速度を上げると、破理の周りをものすごい勢いで回りながら何度も破理に衝突してきた。
「くっ! ちっ! はっ! おりゃ!」
破理は吹き飛ばされないように自分にぶつかってくる球体をすべて拳で打ち返す。
避けても自動で追尾してくるのだから弾き返すのがベストだと判断したようだ。
「……《流星軍》」
「……おいおい。マジかよ」
遠くにいるプルが杖を掲げていると思ったら、新たな魔法を発動させていた。
しばらくすると、空のさらに上から無数の隕石が破理目掛けて降り注いできた。
「ちゃんとミツキたちには影響出ない角度にしてるから安心してやー」
「く、そっ!」
破理は降り注ぐ隕石の間を【空歩】で潜り抜けていく。
「うがっ!」
が、その隙を球体につかれてまともに衝突した破理は飛ばされる。
「……ぐっ!」
そして、そのまま隕石に衝突し、ぶつかった隕石は大地に沈む。
さらにそこに次々と隕石が落ちていく。
その衝撃で大地が揺れ、地面に大きな穴が空く。
「うおぉぉぉぉぉーーーっ!!」
破理は圧倒的な重量に押されて地中深くまで押し込まれていく。
そして、そこにさらに黒い球体が留めとばかりに突っ込んでいった。
やがて、衝撃が収まり、少しの静寂が辺りを包む。
「……ちょっとは効果があればいーなー」
プルが呑気にそう呟いていると、ゴゴゴゴゴ……と地鳴りがし始める。
「……うおりゃああぁぁぁぁーーっ!!」
「……おっさんしぶとい」
そして、大きく空いた地面の穴から黒い球体を担いだ破理が現れた。
「はぁはぁ。いや、さすがにおっちゃんもちょっと疲れたよ」
球体をポイと投げ捨て、破理は再びプルと向き合った。
「……無傷のくせに」
プルは破理の纏う魔天纏にかすかなヒビが出来始めているのを見逃さなかった。
度重なるダメージにようやく綻びが現れたようだ。
そしてそれは、破理も当然理解していた。
「……さて、こっからは短期勝負だな。嬢ちゃんが俺の魔天纏を砕くのが先か。俺が嬢ちゃんの鉄壁を抜くのが先か」
「ん。やれるもんならやってみー」
「はっ! こっちのセリフだ!」
破理は嬉しそうにそう言うと、再び空を蹴った。
一気にプルに近付き、拳を振るう。
それに反応して防御用の球体が破理に向かう。
「……おらっ!」
破理はそこで拳の向きを変え、防御用の球体を拳で弾き飛ばした。
「もらった!!」
そして、それが戻る前に破理は再びプルに向けて拳を振る。
飛ばされた球体はすぐに方向転換して戻ってきているが、それよりも破理の拳の方が早かった。
「……あ、まーい」
「なっ……うごっ!」
が、破理の拳がプルに当たる前に、破理は攻撃用の球体に弾かれて飛ばされたのだった。
「そ、そっちは攻撃専用なはずだろっ!」
「専用とは言ってない。だから、攻撃にしか使えないわけじゃない。そんでー」
「がっ!」
攻撃用の球体に注意を払っていた破理は背後から飛んできた防御用の球体に弾き飛ばされる。
「そっちも、防御だけとは言ってない」
「ぐ、うおぉぉぉぉーーっ!!」
そして、2つの球体は破理に何度もぶつかり、魔天纏のヒビはどんどん大きくなっていった。
「仕上げ……」
プルは杖を振り上げると巨大な氷の塊を出現させ、それを破理に向けて振り下ろした。
「くおっ!!」
そして、それを受けた破理の魔天纏がガラスが割れるように破砕されたのだった。




