第二三十一話 覚醒転生
「よっし! 全部撃破!」
ミツキは今まで数十~数百に分散させていた矢の魔力を1本に絞って集中させた矢で、天狐の放った9個の火の玉をすべて破砕してみせた。
「……ふぅ」
建物の屋上に立つミツキは額の汗を拭った。
度重なるスキルと魔法の併用。
大技の連発。
ミツキの体力と魔力はかなり消耗していた。
「……っと。……もう、あんまりもたないわね」
一瞬、意識がふらっとなりかけたミツキは頭をぶんぶんと振って気持ちを持ち直した。
「……あとは、あいつの金色の衣をなんとかしないと」
あらゆる攻撃を無効、もしくは弱体化させる天狐の金色の体毛。
それで守られている限り、自分の攻撃は天狐に届かない。
ミツキはその攻略法に頭を悩ませていた。
「……炎を扱ってるんだから、普通に燃えたりはしてくれなそうだしなー」
『そーだね。無理だと思うよ』
「え? ……きゃっ!」
対策を考えていたミツキの背後に突然天狐が現れ、尻尾の大振りでミツキは吹き飛ばされた。
「……っぶな」
『ちぇ。ガードが間に合ったかー』
が、すんでのところで魔人の弓を構えて防御することに成功していたようだ。
「いつの間に。まさか瞬間移動まで使えるとか言わないわよね」
『いやいや、【幻惑の吐息】で姿を認識しづらくしただけだよ。たぶん油断して対策解いてるだろうなって思ってね』
「……」
天狐の言う通り、ミツキは口布も外していたし、防護魔法も解除していた。
一射集中の矢に神経を集中させていたというのもあるし、もうそのスキルは使ってこないだろうという油断もあったのは確かだった。
「……思ったより老獪なのね」
『そりゃ、こう見えても君の何十倍も生きてるからね。人間のやり方はそれなりに熟知してるから、よく参考にさせてもらってるよ』
ミツキは天狐の嫌みを聞きながら再び口元に防護魔法をかけた。
【狩人の目】で見ると周囲には紫色の霧が充満していたが、防護魔法をかけていれば問題なさそうだったので、ミツキは【狩人の目】を解除した。
その霧が逆に自分の視界を遮る要因になるからだ。
『お姉さん、けっこう戦闘経験あるんだね。自分の手札のなかから懸命に有効なものを切ってるのが伝わるよ』
「……褒め言葉として受け取っておくわ」
ミツキは弓に矢をつがえながら返事を返した。
『……さて、そんな中で、お姉さんの攻撃は僕に効かない。僕の攻撃は防ぐのがやっと。こんな状況を打開する攻略法は思い付いたかな?』
「……」
天狐に問われたが、戦闘相手にそんなことを明かすはずがない。
「……」
だが、ミツキにはもう手は残されていなかった。
そもそもミツキの戦闘スタイルは多数相手の殲滅戦。
遠距離攻撃を持った近距離戦闘に長けた高防御力の魔物との開けた場所での一対一での戦闘はミツキにとって最も避けたい状況だった。
というより、そんなレベルの相手など今までしたことがなかったのだ。
「……」
ミツキは魔人の弓に目を向ける。
唯一、希望があるとすればプルが言っていた言葉。
魔人の弓の真の力とやらだ。
「……」
だが、長年の戦闘経験から不確定な要素に懸けるのは致命的だと知っているミツキにとって、それは恐怖でしかなかった。
自分の攻撃がまったく通じない状況で使いこなせない力にしかすがれない現状に、ミツキは悔しさすら感じていた。
『……手詰まりかな? ちょっとは期待したんだけど、まあ、そこそこ楽しめたし、もういいや』
天狐は動く気配のないミツキにため息を吐くと、先ほどとは比べ物にならないほどの大きさの火の玉を9つの尾の先に出現させた。
「……っ! さっきのは手加減してたのねっ」
そこにいるだけで肌が焼けそうなほどの熱気にミツキは手で目を保護した。
『ん~、お姉さんがどれぐらい出来るか見たかったからねー。でも、もう無理そうだし、さっさと終わらせて、もう1人のおチビちゃんの方に乱入しようかな。あっちの子の方は楽しめそうだしね!』
「……そんなこと、させない!」
けらけらと笑う天狐にミツキは弓に込めた力を強くする。
『いやいや、もういいよ。じゃあね、弓使いのお姉さん』
天狐はそう言うと、大玉の火球をすべてミツキに向けて放った。
『あ、ちなみにさっきのとは違って1ヶ所に魔力を集中させてないから、さっきみたいなことは出来ないよ』
「……くっ!」
向かってくる火球を何とか撃退しようとしていたミツキは【狩人の目】で天狐の言っていることが本当だと理解する。
大玉の火球は魔力の中心がなく、ぐるぐると循環しながら向かってきていた。
これではさっきの魔力の中心を貫く矢は使えない。
「……これは、ちょっと無理ね」
回避しようにも、この火球は先ほどのものよりも速かった。
そもそも追尾機能があるのだから逃げられない。
「……ごめん、みんな」
ミツキが諦めて弓を手放そうとしたそのとき。
「……え?」
プルがかけていった魔法がようやく発動したのだった。
「……きゃっ!」
『うわっ! なんだっ!?』
ミツキの足元に魔方陣が展開され、ミツキが光に包まれる。
「……え? こ、これは」
その光のなかで、ミツキは自分の体が変わっていくのを感じていた。
「……くっ。いたっ!」
それは相応の痛みを伴った。
その魔法は肉体だけでなく、魂の在り方さえ変容させる魔法だった。
『あ、発動したー?』
『プ、プルっ』
痛みに耐えるミツキの元にプルから念話が届く。
『な、なによこれっ。めちゃくちゃ痛いんだけどっ!』
『ごめんごめん。でも、魔人の弓をホントに自分のものにするにはやっぱりこれしかなくてねー』
『な、なんなの、これ』
『魔人の弓はエルフ専用の武器。なら、もういっそエルフになっちゃえばいい』
『……え、え?』
ミツキは痛みと混乱でプルの言葉がまったく理解できなかった。
『それは《覚醒転生》って魔法。大賢者と魔導王を極めた魔法士にしか使えない。私もさっき初めて使った』
『ぶ、ぶっつけ本番なのね』
ミツキは痛みに抗いながら苦笑した。
『まー大丈夫やろ。期間限定ですぐ戻るから平気平気』
『め、めちゃくちゃ痛いけどね』
『そりゃ、肉体と魂を再構成してるからね。ファイト』
『き、気軽に言ってくれちゃって』
『あ、ごめん。そろそろ切るわ。じゃ、がんばれー』
『あ、ちょっ!』
「……プルめ。覚えときなさいよ」
告げるだけ告げて一方的に念話を切ったプルにミツキは悪態をつきながら、ふっと微笑んだ。
「まあ、いいわ。これで力が手に入るなら、エルフでも何でもなってやろうじゃないの」
不思議と、凄まじいスピードで迫ってきているはずの火球はひどくゆっくりに感じていた。
ミツキにはそれが自分の感覚器官の向上であると理解できた。
「……く、ああっ!」
そして、ひときわ光が強くなかったと思ったら、すっと光は収まっていた。
『な、なんだあれ? 髪が……』
《覚醒転生》によってエルフ種となったミツキは髪がすべて白になっていた。
そして、耳も先が尖り、まさにエルフの様相を呈していた。
「……」
エルフへと転生したミツキは魔人の弓を眼前に持ち上げた。
先ほどまでとは段違いの軽さ。
まるで自分の腕のような一体感をミツキはそれに感じていた。
「……」
そして、ミツキは導かれるかのように自然と弓を引いていた。
力を込めなくても弦が引ける。
ペンを握る程度の力で最大限まで弓を引くことができた。
「……」
さらに、【狩人の目】を発動していなくてもミツキには迫り来る火球の穿つべき箇所が見えていた。
「……」
だが、今のミツキにはそんな必要すらないことも理解していた。
「……いけ」
そして、静かに矢は放たれた。
光を纏った矢はその一本のままで巨大な火球に向かい、そして、
『な、なにっ!?』
まるでそこに障害物などなかったかのように矢は火球を通過し、その瞬間、火球は霧散した。
通過したあとも矢はどこまでも飛んでいき、やがて空へと消えて見えなくなった。
「……」
そして、ミツキは同じように残り8個となった火球もすべて1矢で消滅させた。
『……お姉さん、変わったんだね』
先ほどまでと明らかに性質の違う力を放ったミツキに天狐は認識を改めた。
「……さっさと終わらせましょ。プルの方を手伝わなきゃ。あっちの方が楽しそうだし」
『……言うじゃん』
先ほど自分が言ったのと同じセリフを返され、天狐は本格的に戦闘態勢を取るのだった。




