第二十三話 フラウの決意と影人の無茶振り
鬱蒼と生い茂る森。
一本が50メートルはあろうかという大樹たち。
その大樹の根っこもまた巨大で、大地を歩く時に、その木の根に苦労するほどに、それは隆起していた。
「フラウ。
大丈夫か?」
「あ、あい。
だいじょぶです。
ご主人様」
俺とフラウは東の国<ワコク>を出たあと、南の国<リリア>を目指し、神樹の森を南西方向に歩いていた。
レベル自体は低いとはいえ、魔獣の出る神樹の森をわざわざ通らなくても<リリア>には行けるらしいが、俺には人目につかない所でやりたいことがあった。
そのため、フラウには申し訳ないが、神樹の森を通るルートを選択させてもらった。
まあ、フラウのためでもあるから、頑張ってもらわないとな。
今は、人も魔獣もいない所に向かって、フラウと2人で進軍していた。
が、
フラウはすでにバテバテだった。
「君は西の国から1人で神樹あたりまで来れたんじゃないのか?
まだ出発して15分ぐらいしか経ってないぞ」
確か、各国から神樹まではほぼ同距離だと聞いている。
それならば、神樹から<ワコク>までの距離と同じ距離を、この子は1人で走破したことになる。
今のこの状態では、とてもじゃないが、そんなことが出来たとは思えない。
ましてや、低空とはいえ飛行まで可能なキマイラから走って逃げるなど、到底不可能だろう。
「あうー。
あの時は、とにかく必死で、神樹まで行きさえすれば何とかなるんだって。
ただそれだけ考えてたから。
疲れたとか、そんなこと考える余裕なんてなくって、
自分でも、よく分からないです」
フラウはハァハァ言いながら、何とかそう答えた。
「そうか」
まあ、本人が分からないなら仕方ないな。
一応、頭の片隅には置いておくとしよう。
「ほら。
もう少しで休める所に着く。
もうちょっと頑張ろう」
「あ、あいー」
別に俺が背負ってやってもいいんだが、いつまでもそんなわけにはいかない。
フラウの姉を探すのも少なからず危険があるかもしれないし、フラウには最低限、自分の身は自分で守れるようになってもらいたい。
そう思って、俺はフラウを盛り立て、もう少しだけ頑張らせた。
「大丈夫か?
ほら。
水でも飲みな」
「あ、ありがとございますー」
俺は<ワコク>でもらった水筒から、コップに水を注ぎ、フラウに渡した。
フラウはそれを受け取ると、ごくごくと美味しそうに喉を鳴らして一気にそれを飲み干した。
だいぶ喉が乾いていたんだな。
これからはもう少し様子を見ながら水を飲ませるようにしよう。
俺は飲み過ぎないようにと注意して、もう一杯注いでやった。
カエデ姫からもらったチョコを一口ずつ食べて、ようやく一息ついたフラウに、俺は話をすることにした。
もちろん周りの安全性は確認済みだ。
「フラウ」
「はい」
俺が名前を呼ぶと、フラウは姿勢を正した。
ちゃんとした話をすることが分かっているのだろう。
「君のお姉さんを探すのは、おそらく容易じゃない。
あまり言いたくはないが、いろいろな意味で、無事ではないかもしれない。
最悪、もうこの世にはいないことも。
さらには、君自身にも危険が振り掛かるかもしれない。
命を狙われるかもしれない。
それでも、君はお姉さんを探したいか?」
「はい!」
俺の問いに、フラウは一切迷うことなく即答した。
「本当に分かってるか?
死ぬかもしれないんだぞ?」
俺はさっきよりも語気を強めて、わずかに殺気も込めて言ってみた。
「分かってます!
それでも、私はおねえちゃんに会いたいです!」
またもや即答だった。
「君がこのまま<ワコク>に戻っても、カエデ姫たちは歓迎してくれるだろう。
そうしたら、俺が代わりに君のお姉さんを探してやってもいい。
君は<ワコク>で待ってるだけでもいいんだよ?」
「私がおねえちゃんを探してあげたいんです!
…………でも、私1人だけでは無理だと思います。
だから!
ご主人様の力を貸してください!
一緒におねえちゃんを探してください!」
そう言って、フラウは地面に頭をつけた。
これ以上、言っても無駄か。
「分かった。
一緒に探そう」
「ありがとうございます!」
俺の返答に、フラウはさらに強く頭を下げた。
「頭を上げて。
これから大事な話をする。
よく聞いて欲しい」
俺がそう言うと、フラウは頭を上げ、
「はい!」
と、まっすぐに俺を見つめてきた。
覚悟を秘めた、良い目だった。
「スキルについては知っているね。
君はいまどんなスキルを持っている?」
俺の質問に少し考える仕草をしてから、フラウは答えた。
「あ、えっと、
【決意表明】というもので、自分が心に誓った決意を口に出すことで、相手にその熱意を伝えやすくなる、というものみたいです」
なるほど。
道理で俺の脅しじみた問いにも動じないわけだ。
影響を受けていたのは俺の方だったわけだ。
これはこれで、なかなか面白いスキルだ。
「他には何かあるのか?」
「え、えっと、ないです」
フラウは少し申し訳なさそうに答えた。
「そうなのか。
普通は2つ3つ持ってるって聞いてたんだが、フラウぐらいの歳なら、それぐらいなのかな」
俺の言葉に、フラウは悲しそうな顔をした。
「あ、えっと、
私の村の一族は特殊で、1つしかスキルを授からない代わりに、特別なスキルを持つことが多くて、でも、私はその中でもたいしたことないスキルだったから、村からはあんまり良い顔されてませんでした。
おねえちゃんだけは、そんな私にも、とても良くしてくれて。
だから、あんまりご主人様のお役には立てないかもしれません。
すみません」
そうだったのか。
先天的な自分のスキルにコンプレックスを抱いていたとは、デリカシーのない質問をしてしまったな。
「フラウ。
君のお姉さんは君自身をきちんと見てくれてたんだな。
それに、スキルに関しては心配するな」
「え?」
俺は首を傾げるフラウに、俺自身のスキルについて説明した。
「誰かに貸すことで使えるようになるスキル、ですか。
そんなスキル、私の村にもありませんでしたし、聞いたこともないです」
フラウは驚いている様子だった。
当然だろう。
スキルは本来、自分自身の内から生じ、自分自身にとって利するように使われるものだ。
自分では使えないスキルなど、訳が分からない。
おい。聞いてるのか、パン神。
訳が分からないんだよ。
「このスキルは信用できる者に貸し与えることで、パーティー自体の力を上げ、総合力を上げることで真価を発揮する。
でも、不特定多数にそのことが漏れて、敵になり得る者にその情報が渡ると、敵は迷わず俺を始末しに来るだろう」
あのサユキという子のように。
「そうなった時、俺自身はスキルを使えないからな。
敵の格好の的だろう。
だから、このことは他の誰にも言って欲しくない。
もちろん、カエデ姫やトリアさんにもだ。
分かるか?」
カエデ姫たちのことを信用していないわけではないが、所詮は権力者だ。
国民や身内とは天秤に掛けられないだろう。
国民のためなら、貴重な転生者を切り捨てる判断もしなければならない。
それが為政者だ。
それに、情報を知る者は少ない方が良い。
「分かりました。
絶対に誰にも言いません。
私のスキルと、おねえちゃんに誓って」
そう言って、フラウは俺に決意を伝えた。
その決意は、確かに俺に伝わってきた。
「よし。
ではこれから、君にスキルをいくつか渡す。
最初は慣れないかもしれないが、<リリア>に着く前に、それらに慣れてもらうことになるだろう」
「はい!」
俺の言葉に、フラウはしっかりとした返事を返した。
「うん。
では、まずは、
【身体強化】からだな。
それに慣れたら、次は
【思考加速】と【身体機動】。
そのあとは、
気配を消す【隠者】と、短時間だけ姿を消せる【隠遁術】。
あとは、攻撃は魔法がいいか。
【ブリザードミスト】と、【光雷】あたりが使い勝手がいいかな。
まあ、魔法は徐々に増やしていこう。
できれば、【博識】もつけたいな。
まあこれは<リリア>に着いてからでもいいか」
「あ!あの!
ご主人様!」
「ん?
どうした?」
俺はしばらくしてから、フラウに呼ばれていることに気付いた。
「あ、あの、私はどれくらいのスキルを覚えるのでしょうか?」
フラウが心配そうにそう尋ねてきた。
「なに。
とりあえず30個ぐらいだ。
まずはそれぐらいで様子を見よう」
「さ、さんじゅっこ」
フラウは目眩がしたようにふらついていた。
「一度にそんなに誰かに与えられるなんて、ち、ちなみに、ご主人様のそのスキルは、いったい全部でいくつあるんですか?」
「ん?
言ってなかったか。
俺のスキルは『百万長者』。
文字通り百万個だよ。
だいたいだけどな」
「ひゃ、ひゃくまん。
ご主人様は、それを全部覚えてるんですか?」
フラウはノックアウト寸前だった。
「ああまあな。
自分の戦力は把握しておかないと」
「そ、そうですか。
が、がんばります!」
「お!そうか!
じゃあ、もう少し増やしてみるか!」
「ぎゃん!」
あ、倒れた。