第二百二十九話 巨人の王vs.戦神
「むむむ~」
ノアは自分に向かってくる黒い火球を見つめていた。
「あれはさすがに直接触れたらヤバそうなのだ」
周囲の空気さえ燃やしながら近付いてくる黒い火球はいくら強固な巨人族の肉体を持つノアでも直撃は避けたいようだった。
「ん~。とりあえず防いでみるのだ」
ノアはそう言って、魔人の鎚を地面に打ち付けた。
すると、ノアの目の前の地面が飛び出し、大きな土壁となった。
厚さは1メートルほど。
「……ふん。無駄だ」
それを見た黒鬼は鼻で笑う。
黒鬼が放った黒い火球がその土壁に触れると、土壁はまるでバターのように一瞬で溶け、火球の勢いはまったく衰えていなかった。
「あ~、ヤバいのだ~」
ノアはその光景を見て慌てて横に回避する。
自分の足元の地面を横方向に飛び出させてジャンプ台にしたことで、ノアはかろうじて火球を避けることができた。
避けられた火球はそのまま地面を溶かしながら直進。
先が見えないほどに地面に大きな穴が空いた。
「うう~む。防御はムズい、と」
「考える暇は与えんぞ」
「……うわーおなのだ」
ノアが対策を考えていると、黒鬼は今度は自分の周囲に6個の黒い火球を出現させた。
そのどれもが先ほどと同程度の大きさだった。
「ぬんっ!」
黒鬼が両腕を振ると、6個の火球がそれぞれ放物線を描きながらノアへと飛んでいった。
「う~ん。そんじゃまあ、とりあえず、なのだ!」
ノアは向かってくる火球に対して、先ほどと同じような6枚の土壁を出現させた。
大きさも同じぐらいだが、今度は色が若干黒いように見える。
「バカめ。それはさっき防げなかっただろうに」
黒鬼が笑みを浮かべるなか、6個の火がその土壁にぶつかる。
そして、やはり土壁は容易に破壊された。
「……なに?」
だが、先ほどとは違い、少しだけ火球の勢いを弱めたように感じられた。
「ふむふむ。そんなら、これでいくのだ!」
その様子を見たノアは再び土壁を出現させた。
しかし、今度は1個の火球に対して8枚の壁を。
「なにっ!?」
それに黒鬼が驚くなか、火球が壁に衝突する。
そして、
「……バ、バカな」
火球は6枚目の壁を破壊したところで完全に威力が衰え、7枚目に到達する前に消滅してしまった。
「ふむふむ。6枚、念のため7枚あれば完全に防げるのだ」
「な、なぜだ! 最初の壁ならば何枚あっても防ぐことなど出来なかったはず!
おまえ! その壁に何をした!」
黒鬼が信じられないといった表情でノアに問いかける。
「私の『世界動地』は大地を操るスキル。地面ならば、どの種類を操るのかの選別も難しくないのだ。
だから、なるべく火に強くて頑丈なのだけを集めて固めたのだ」
「そ、そんなことが……」
「それでも、これだけ破壊できるのだから、やっぱりその地獄の炎はすごいのだ!」
「ぐぬぬぬぬ。バカにしおって……」
満面の笑みで敵の技を褒めるノアに黒鬼はギリリと歯を噛みしめた。
「ならば! これならどうだ!」
黒鬼は今度は手のひらから放射状の炎の波を放出した。
それはまるで津波のようにノアに向かっていく。
「……ん~。ほいっと」
それを見たノアは鎚を地面につける。
すると、黒鬼の周りを囲うように先ほどの黒い土壁が現れ、ドーム状になった壁に黒鬼はまるごと囲われてしまった。
「なっ! ちょっ!」
そして、黒鬼は自らが放った黒い炎の波に包まれた。
「ぐおおぉぉぉーーっ!!」
「さっきみたいに集中させた炎じゃないなら、それぐらいの厚さの壁で十分防げるのだ。
おまえ自身がそれを食らったらどうなるのだ?」
ノアはそう解説したが、ドームの中で暴れる黒鬼にはその声は届いていなかった。
「……ぬあぁぁぁーーっ!」
「おおー!」
そして、しばらくすると黒鬼はドームの壁を破壊して外へと出てきた。
全身に焼け焦げた跡があるが、あまりダメージはないようだった。
「さすがに術者はあんまりダメージ受けないのだ」
ノアは予想通りの状態だったようだが、黒鬼はダメージ以上に肩で息をしているようだった。
「ハーッ、ハーッ。おのれ。おのれ。
おのれおのれおのれおのれ!」
そして、怒り心頭の様子の黒鬼は全身に魔力を漲らせた。
「うおぉぉぉーーっ!!」
「……なんなのだ?」
異常なほどの魔力を自らに圧縮していく黒鬼にノアもさすがに眉間にシワを寄せた。
「……ん?」
ノアは徐々に体が縮んでいく黒鬼に気が付く。
「……だいぶ縮んだのだ」
そして、黒鬼は前に吸血鬼の国でノアが出会ったときと同じぐらいの、大柄な男性ぐらいの大きさに変化したのだった。
「……うう~む。あれはヤベーのだ」
しかし、以前のときとは比べ物にならないほどの魔力の質にノアはすぐに気が付いた。
以前はただ自らの体を縮めただけの見せかけだったが、今回はあの巨体を維持していた魔力を全て圧縮し、この大きさの肉体のなかに全て詰め込んだ洗練された状態となったのだ。
「さらに!」
その上で、黒鬼は先ほどの黒い炎をその身に纏わせた。
自らの戦闘力に黒い炎をのせたのだ。
「……ふっ!」
「おわっ!」
そして突然、その場から消えた黒鬼はノアの目の前に現れ、大きく振りかぶって拳を撃ち下ろしてきた。
ノアはそれをすんでのところで避けたが、拳を受けた地面は蒸発し、大きく抉れていた。
「あの炎の威力があいつのパワーとスピードで向かってくるってわけなのだ」
黒鬼から距離をとったノアが嫌そうに呟く。
「それに、でっかくなった敵はだいたいすぐやられるけど、ちっちゃくなった敵はだいたい強いってミツキが言ってたのだ」
「何をぶつぶつ言っている」
黒鬼は地面に刺さった拳を抜き、ノアに向き直った。
「……でも、」
ノアはそう言って、ふっと笑った。
「そんな強いヤツと戦えるなんて嬉しいのだ! どっちが強いか、ハッキリさせるのだ!」
「はっ! それでこそ戦闘種族だ! 戦神の血が騒ぐというものだ!」
2人はそう言って楽しそうに笑いながら地面を蹴った。