第二十二話 旅立ちの日に
「ふむ。
つまりお主は、その子の姉を探す旅をしたいから、この国には留まれんと。
だが、姉が見つかれば、その子ともどもこの<ワコク>で保護をしてほしい。
その見返りとして、我が国に力を貸そうと、そう言うことで良いか?」
「はい」
殿様の周りへの説明を兼ねた確認に、俺は首肯した。
昨夜の殿様との話から一夜明けて、今は最初に通された天守閣で、この国のお偉いさんたちが並ぶ中、真ん中に座る俺とフラウに対し、上座に座る殿様が昨夜打ち合わせた内容通りに話を進めていた。
殿様が鎮座する上座は一段高くなっていて、そこから降りて左右に、怖い顔をした重鎮たちがひしめき合う。
その中の、殿様に一番近い所にイエナガとカエデ姫が左右に分かれて座っており、カエデ姫の後ろの壁にテツが、反対にイエナガの後ろの壁にはトリアさんがいた。
そして、カエデ姫と座布団ひとつ分を空けて、左右に2人ずつ、妙齢の男性が怖い顔をこちらに向けている。
先ほど紹介されたが、どうやら彼らが4分割された領地を治める四大大将らしい。
そして、その4人のお付きの者やら、城の者やらが何人も、その後ろに控えていた。
彼らは俺がこの部屋に入ってきてからずっと、俺をものすごい形相で睨み付けてきた。
いや、ものすっごい居心地悪いんですが。
フラウが怖がってるからやめてもらえませんかね。
もうこの子、カエデ姫とトリアさんの方しか見れてませんよ。
皆の殺伐とした雰囲気に殿様は深く溜め息を吐くと、
「あー、そうじゃ。
お主はあちらの世界に想い人を残してきたそうだな。
それに、その子の親代わりとなって育てていかねばならず、こちらの世界では色恋沙汰などに現を抜かしている暇などないと申しておったが、まことか?」
と、わざとらしく俺に尋ねてきた。
殿様の意図を何となく察した俺は、
「はい。
その通りでございます」
と、素直に頭を下げた。
「左様か。
子を持つ親として、その大変さは身を持って分かっておる。
何か用立てしたいことがあれば遠慮なく申すが良い。
出来る限りの計らいを致そう」
「はっ!
ありがたき幸せ!」
そのやり取りが終わると、恐ろしい形相で俺を睨み付けていた人たちは手のひらを返したように生温かい視線を向けてくるようになった。
ようは皆、俺がカエデ姫に色目を使うんじゃないかと目を光らせていただけらしい。
その疑いが晴れ、むしろ俺の境遇に、「頑張れよ」という心情になったようだ。
それはそれで気持ち悪いのか、フラウは自分にも向けられる生温かい視線に、またもやカエデ姫とトリアさんだけしか見れなくなってしまった。
俺からすれば、カエデ姫たちもそんなフラウを生温かい視線で見ているのだが、おっさんどもよりはましってことなのか。
まったく、何なんだ。
この平和な世界は。
やさしいせかいかよ。
俺は思わず、くっくっと笑っていた。
皆のその様子を、殿様は楽しそうに見ていた。
「もう行くのか?」
その後は宴が開かれ、俺はさっきまで怖い顔をしてたおっさんどもに絡まれながら、しこたま飲み食いさせられた。
途中でテツに助けを求めたが、同情したような顔をしただけで、結局助けてはくれなかったので、無理矢理巻き込んでやった。
フラウはフラウでカエデ姫を筆頭とした女性陣に囲まれて、かわいいかわいいと揉みくちゃにされていた。
こちらもトリアに助けを求めていたが、そのトリアが率先しているのを見て絶望していた。
一夜明けて、俺とフラウは旅支度を済ませ、<ワコク>に来た時と同じ、西の門に来ていた。
俺たちは再び神樹の森を抜けて、今度は南の国<リリア>に行くことにした。
本来ならば、最も情報の集まるであろう、北にある王都<マリアルクス>に行くつもりだったが、それならば、ライズ王子に紹介してもらった方が話が早いだろうというので、そうすることにした。
今は見送りに、
殿様とカエデ姫とイエツグ。
テツとトリアさん。
あとは数名のお付きの者がいる。
荷物を持って行こうとする俺たちに、殿様が声を掛けてきた。
「無理はするでないぞ。
困ったことがあれば、いつでも連絡してくればいい」
カエデ姫も、
「道中大変かとも思いますが、お二人のご無事を心よりお祈り申し上げております」
と、胸の前で両手を組んで頭を下げた。
他の者も順に、俺とフラウに声を掛けていき、俺たちはそれぞれに丁寧に対応した。
全員が話し終えた頃、殿様が渡したいものがあると言って、一振りの刀を渡してきた。
「これは?」
俺はその刀を手に取りながら殿様に尋ねた。
「それは、我が家に伝わる由緒正しき伝家の宝刀『黒影刀』だ」
「殿っ!
それはっ!」
おいおい、殿様の家の宝刀って、つまりは国宝だろう?
そんな簡単に人に渡して良いものではないはずだ。
現にイエツグを筆頭に、皆も動揺しているようだ。
「こんな大層なものっ!
受け取れません!」
俺はそう言って、殿様に刀を突き返そうとしたが、殿様はそれを受け取りはしなかった。
「草葉殿。
お主たちの旅は過酷なものとなるやもしれぬ。
お主は刀を使うようだが今は丸腰だ。
道中、たいした手助けもできないであろうから、せめて持っていってほしいのだ」
殿様はそう言って、真剣な眼差しで俺を見つめた。
「…………分かりました。
慎んで借り受け致します」
俺はそう言って、黒影刀を引き抜いた。
それは刀身も柄もすべてが真っ黒な黒刀だった。
「その刀でフラウと姉を守り、無事に帰ってくるのだぞ!」
「…………本音は?」
「ここまで歓迎してやって、途中で死んで帰ってこないなどと言うのは許さぬ。
さっさと姉を見つけて帰ってきて、我が国に貢献しろ!」
「もう!
お父様!」
何となく、この殿様の扱いは分かったようだ。
俺は大きな声で笑っていた。
そうして、俺とフラウは東の国<ワコク>をあとにして、再び神樹の森へと足を踏み入れたのだった。