第二百十五話 少年との別れ
「ほい、出口に着いたよ~」
「外です~!」
「長いようで長かった」
「ホントにな」
「いやはや、疲れましたな」
サイクロプスに乗った少年の案内で、俺たちは無事に迷いの森の外に出られた。
森の外は緑豊かな草原が広がっていた。
草原の奥に、昼前だというのに闇の霧に包まれた空間がある。
「あれが魔王のお城だよ」
少年は親切にそう教えてくれた。
吸血鬼の国を覆っていた常闇の結界のようなものだろう。
かなり高度な魔法だ。
「いろいろと助かった。ありがとう」
「いや~、べつにいいよ! なんだかんだ僕も楽しかったし!」
お礼を伝えると少年はサイクロプスから降りてきた。
どうやらこの少年は本当にただ俺たちを案内してくれただけのようだ。
不憫な境遇のようだし、変に疑ったりして悪かったな。
「……テツさん、ちょっと」
「なんでしょうか?」
俺はフラウたちと話している少年から離れて、テツに話を通した。
「……なるほど。わかりました。問題ないですよ。私が仲介しましょう」
「ありがとうございます」
テツから了承を得られたので、俺は再び少年のもとに行く。
「なあ。ちょっといいか」
「なあに?」
俺が話しかけると少年はこちらに向き直った。
フラウとプルはサイクロプスの肩にのせてもらっている。
「おまえさえ良ければ、人間の領域の<ワコク>に来ないか?
あの国は種族を差別したりしない。さすがに戦争中の魔族は難しいだろうが、特別な獣人だろうが問題なく受け入れてくれるんだ」
「私はそこでそれなりに顔が利くからな。仲立ちしてあげよう」
「!」
俺は少年に移住を提案した。
同族の迫害から逃れてずっと迷いの森で生きてきた少年。
いくら魔物を使役できるとはいえ、1人で生きていくのは大変だろう。
案内してくれた礼も兼ねて<ワコク>を紹介しようと思ったんだ。
「……人間の……」
少年は驚いたような顔をしたあと、考えるようにうつむいた。
「……ちなみに、おまえは人を食べるのか?」
「食べないよそんなの! オークやオーガじゃあるまいし。
普通に果物とか、動物を狩ったりしてるんだ。魔物を使えば狩りも難しくないからね」
「そうか」
念のため確認したが、それならやはり問題はないだろう。
「……どうする?
<ワコク>に行くなら俺たちと一緒に行くか、テツさんに紹介状を書いてもらって自分で向かってもらう形になるが」
森の構造に詳しい少年なら魔族の領域から出るのも容易いだろう。
「ん~。いいや!」
少し考える仕草を見せていたが、少年はパッと顔をあげ、両手を後頭部に当てながらあっけらかんと断ってきた。
「……いいのか? この森で1人で生きていくのはツラくはないのか?」
「大丈夫! 僕はここで育ったから! それに、1人じゃない。仲間はたくさんいるからね!」
少年はそう言ってサイクロプスの足を優しく撫でた。
それに気付いたサイクロプスは少年の頭を優しく撫で返していた。
「……そうか。1人ではなかったんだな」
魔物は彼にとって使い魔ではなく、隣人であり仲間であり、友達のようなものだったようだ。
余計なお世話だったな。
「でもありがとね! 気にかけてくれて嬉しかったよ!」
少年は満面の笑みを見せた。
それは本当にただの少年の笑みだった。
「……ああ。いろいろ助かった。
一段落したら、また皆で会いに来よう」
「うん! 約束だよ!」
そう言って俺たちは少年と握手を交わし、迷いの森をあとにした。
少年はしばらくサイクロプスの肩にのって手を振っていたが、やがてサイクロプスとともに森の中へと帰っていった。
「……魔族の領域にも、あのような者がいるのですね」
「ええ。そうですね」
草原を歩きながらテツが呟く。
魔族や、それに与する者。そして、その領域に住まう者は皆等しく敵だと思っていたが、そうでもないようだ。
とはいえ、これから向かう先は魔王の城。
否応なく敵だけの世界となるだろう。
「……ですが、ここから先は甘い考えは捨てていきましょう」
「……はい」
「はいです!」
「ほいほい」
そうして、俺たちは魔王の領域へ向けて歩を進めていった。
「……さて、と」
少年はしばらく森の中に進むと、サイクロプスから降りて念話を飛ばした。
『あ、魔王様~? 言われた通り、影人の兄ちゃんたちを森から出したよ。無事にお城に向かいそうだね』
『ありがと。さすがは魔獣の王ね』
『へへ、まあね。
あ、森の変異種はちっこい魔法士がぶちのめしてくれたから大丈夫みたい。核は取っとくよ。研究して培養できないか試してみる』
『そ。魔力やスキルを吸収する能力はたしかに有用ね。あなたに任せるわ。
魔王直属軍としての腕の見せ所ね、天狐』
『まかせといて!』
「ふう……」
念話を切った少年、天狐は先ほどの街があった場所に向かう。
『人間の領域に来ないか?』
「……」
天狐は影人に言われたことを思い出す。
「……悪いね、影人の兄ちゃん。僕は違う意味でそこに行くことになると思うよ」
天狐はそれだけ呟いて、まだくすぶっている焼けた蔦のドームの中へと入っていったのだった。