第二百十三話 フォルトナー博士の暗躍
「……っ!
速い、し攻撃の気配が読めないのが厄介だな」
消えるように闇に紛れ、死角から逆手に持った刀で切りつられる。
俺はそれを刀で受けようとするが、そのタイミングで遠くから無数の手裏剣が飛んでくる。
「ちっ!」
後ろに下がりながら手裏剣を打ち落とし、切りかかってきた黒装束の忍と距離をとる。
連携も上手い。
何より狙撃手の気配を読みきれない。
「……プル。手裏剣を投げてきてる奴らを魔法で撃てるか?」
俺がプルに尋ねると、プルは少し悩むような仕草を見せた。
「ん~、出来なくはないけどオススメはしない。まあ、やってみよか」
「どういうことだ?」
俺がプルの方をチラリと見たときにはプルはすでに魔法を放っていた。
小型の《火球》。
それだと弱すぎて倒せないと思うのだが。
プルの杖から飛び出した火の玉はまっすぐに狙撃手がいるであろう場所まで飛んでいったが、
「あ……」
地面から出てきた木の根に遮られてしまった。
そして、《火球》はその魔力を吸収されて消滅。
代わりに天井から新たなウッドサーバスが降りてきた。
「ほらね?」
「……おまえ、分かってたならやるなよ」
無表情で首をこてんと横に倒すプルに思わず突っ込む。
こうなることが分かってたから弱い魔法にしたわけか。
「!」
そして、別の場所からまた何枚もの手裏剣が飛んでくる。
それと同時に刀を持った忍が躍りかかってくる。
「ちっ! ……!」
俺は再び下がりながら両方をさばこうとしたが、俺の前に出てきたテツが手裏剣をすべてその身で受けきった。
「テツさんっ!」
「今です! 影人殿っ!」
「助かるっ!」
俺はテツが盾になっている間に忍の刀を弾き、そのまま忍を真っ二つに切り裂いた。
切り裂かれた忍は木の枝のようになり、そのまま地面に沈んで消えていった。
「よし! フラウ、どうだ!?」
前衛を倒した俺はフラウの様子を見ようと振り向いた。
「ご、ご主人様……。なんだか、力が溜まるのが遅いです」
「……なに?」
フラウは自分の手のひらを見ながら首をかしげていた。
短剣に光の巫女の力を溜めようとしているが、少しずつしか蓄えられていないようだ。
「……ん~?」
それを見たプルが魔力を視る大賢者の眼でフラウを視る。
「……あ~、ここ。この場にいるだけでほんの少しずつ力を奪われるみたい。で、今は特にフラウの力を奪うことに集中してる」
「……そんなことも出来るのか」
どうりで俺たちがそれを感じないはずだ。
「……!」
そして、先ほど倒したはずの忍が再び天井の蔦から生まれて降りてきた。
「……なるほど。その奪った力で再び再生可能なわけね」
これは急いでフラウに攻撃させた方がいいな。
「プル。フラウに結界を。これ以上の力の流出を抑えてくれ。
テツさんは俺と一緒にウッドサーバスの相手を。プルが結界で攻撃を防いでくれるからこちらから攻めましょう」
「ほーい」
「承知しました!」
「フラウは引き続き力を集中することに努めてくれ。プルの結界でさっきよりはマシになるはずだ」
「わかったです!」
「……」
チラリと少年を見ると、まだ目を閉じて2本のしっぽを振っていた。
さっきよりも振り幅が大きい気がする。
気にはなるが、今はこちらに集中するか。
「!」
忍たちの気配が強まった。
周りを見ると、他のウッドサーバスたちが動かなくなっている。
どうやら力を忍たち3人に集中したようだ。
敵も本気というわけだ。
「テツさん。いきましょう」
「はいっ!」
そして、俺たちは忍たちを狩りに跳んだ。
「……ん? フォルトナー博士? こんなところまでどうした?」
「これはこれは皆さんお揃いで」
南の<リリア>の南端。
砂漠地帯に設けられた駐留軍のテントがそこここに見受けられる。
魔王軍との戦争の最前線の、作戦会議をしているテントの中にいたライズ王子を<マリアルクス>の魔法スキル総合研究所の所長であるフォルトナーが訪ねる。
ライズは魔王によって破壊された王都が、ある程度元の機能を回復したことで再びこの地に戻ってきていた。
その場にはライズの側近であるザジとリード、ガルダの姿があった。
普段はスキルや魔法の研究以外で研究所から出ないフォルトナーがこんな戦いの最前線に来ることは非常に珍しく、ライズはそれを訝しがった。
「……」
そして、それを不穏な目で見つめる者がもう一人。
ライズ王子の側近でありながら魔王直属軍の、闇のゴーシュとしての顔も持つザジである。
彼とフォルトナーは裏で繋がっている。
といっても、フォルトナーはスキルや魔法を研究したいという自身の欲求のために魔王軍に情報を提供しているだけで、その提供先がザジなのだ。
こんな突然の訪問は聞いていない。
ザジはフォルトナーの突発的な行動の真意を探れずにいた。
「フォルトナー博士。殿下はなぜここに来たのかと聞いています」
ザジはフォルトナーを冷たく見下ろしながら言葉を放つ。
かけた眼鏡の奥の瞳は到底仲間に向けるものとは思えなかった。
「おまえって、ほんとフォルトナー博士のこと嫌いだよなぁ」
そんな様子をリードが気軽に眺める。
2人の不仲という体は城内では有名のため、よくある光景のようだった。
「ふふふ、少し興味深い情報を手に入れましてね。見学がてら、王子にもそれをお伝えしようと思いまして」
「……情報? 見学だと?」
ライズは嫌な予感がしたが、フォルトナーは自身の研究のために特殊な諜報活動を行っているらしく、どこからともなく重要な情報を持ってくるので、それを確認しないわけにはいかなかった。
「はい、じつは……」
フォルトナーはそう言うと、ライズの耳に口を寄せ、こそこそと耳打ちで情報を話した。
「……」
ずいぶん長いことフォルトナーは話していたが、盗聴防止用の魔法もかけられていたため、ザジにはその内容を傍聴することが出来なかった。
「……そ、そんなバカな」
「殿下っ! どんな情報なのですかっ!」
ライズの信じられないといった顔に、ガルダが思わず身を乗り出す。
「……」
ライズはしばらく黙ったままうつむいていた。自身の中で情報を整理しているのだろう。
ザジがチラリとフォルトナーを見ると、とうに自分の役目は終えたとばかりに能天気な顔をしていた。
そして、情報の策定を終えたライズがようやくとばかりに口を開く。
「……<ワコク>のカエデ姫が魔王軍に連れ去られたそうだ」
「……っ!」
「そんなバカなっ!」
「ヤバいじゃないっすか!」
ライズから告げられた言葉に皆が一様に驚く。
ザジはその情報は知っていたが、皆に合わせることには慣れていた。
だが、ザジが驚いたのは本当だった。それをフォルトナーがライズに告げたからだ。
スキルや魔法の研究に心血を注ぐフォルトナーは特に新たなスキルや魔法の発見に目を輝かせる。
そして、カエデ姫が土壇場でスキルを昇華させたように、追い込まれたときに新たなスキルが開花する可能性は高い。
ザジはフォルトナーならば、カエデ姫がさらわれたことで結界が解除されることを秘密にしておけば、急激な展開に新たなスキルを開花させる者が現れると考えそうだと思ったのだ。
「……今はまだ結界は健在だが、いつ解かれるか分からない。
リード。至急<マリアルクス>と<ワコク>に事実確認。
ガルダ。兵たちに緊急配備を伝えろ。いつでも魔王軍を迎え討てるようにしておけ。
ザジはここで俺と対策会議だ」
「「「はっ!!」」」
ライズの指示を受けてリードとガルダはテントを飛び出す。
「……フォルトナー博士。情報提供感謝する。あとは我々に任せて下がっていてくれ」
ライズはチラリとフォルトナーに目線を送るが、
「いやいや、長年人類を守ってきた素晴らしき結界が解除されるかもしれない。そうなればここは戦闘の真っ只中になる! そんな新たなスキルの発現の現場になりそうなところを私が見逃すはずがないでしょう!」
「……やはり、それが狙いか」
「……ちっ」
ライズとザジは2人とも嫌な顔をした。
フォルトナーが興味があるのはスキルと魔法の研究のみ。
自国のため、ひいては人類のためなどという考えはまったくなく、魔王軍と乱戦をしてほしいがために情報を提供したのだ。
2人はそれが分かっていながらも、その情報の重要性から彼を雑には扱えずにいた。
「……護衛はつけませんよ。あと、作戦は聞かないでください」
「はいはい。それで大丈夫ですよ」
ため息混じりのライズの言葉にフォルトナーはニコニコしながら応じてテントを出ていった。
「……殿下、よろしいのですか?」
「仕方あるまい。彼はもういないものと思おう」
「……」
ザジはフォルトナーが出ていった入口をしばらく眺めていた。
「……さてさて、どうなることやら」
フォルトナーは楽しそうに鼻唄を歌いながら砂漠に消えていった。