第二百八話 出発。そして、新たな投獄者
「はふっ! はふっ! はふはふっ!」
「……フラウ。俺が言ったこと忘れてるだろ」
魔族の領域で出会った人間の容姿をした少年。
その少年のもとに合流した俺たちは焼いていた魚をいただくことにした。
警戒は怠らないよう言ったはずだが、フラウはまったく遠慮というものを知らない様子で魚にがっついていた。
「あははははっ! よく食べるね!
いっぱい釣ってきて良かったよ!」
「はふふっ! おいひいでふっ!」
「ふむふむっ! うまひっ!」
「……プル、おまえもか」
屈託なく笑う少年は到底魔族には見えなかった。
事前にプルが食べられるかどうか判別しているから構わないのだが、それにしてもフラウがここまで遠慮なくいくのは珍しいな。
プルはまだしも、フラウは節度があるからこういう時は遠慮しそうなんだが。
「いいね! よく食べる女の子はかわいいよ!」
「……」
無警戒で隙だらけ。
自分と同じぐらいの年格好のこの少年の雰囲気がそうさせているのだろうか。
「……お二人とも、よくそんなに食べられますな」
テツがこっそりと耳打ちしてくる。
さすがに軍人である彼は警戒を崩していないようだ。
「ふ~! 美味しかったです~!」
「うん。美味」
「はっはっはっ! それは良かったよ!」
すっかり打ち解けた様子の3人。
フラウとプルはずいぶん気を許したようだ。
「……」
さっきからこの少年だけでなく周囲にも警戒網を広げているが、他に潜んでいる奴はいないようだ。
それどころか魔獣の1匹さえいる気配がない。
いくら濃い瘴気が探知を阻害するとはいえ、これだけの時間この場に停滞していて何も出てこないということがあるのだろうか。
魔族の領域というのは魔族や魔獣の巣窟だと思っていたのだが、実際は広大な土地にかなり散布しているのだろうか。
あるいは、有事に備えて1ヶ所に集められている?
有事か……そんなのは決まっている。
カエデ姫が拐われたことで人間の領域に張られた結界が消えるかもしれないからだ。
その説の方が有力か。
とすれば、それに召集されていないこの少年は本当に……?
……いや、そう判断するのは早計だ。
いずれにせよ情報が少なすぎる。
今はもう少し様子見か。
「さ! 腹ごしらえも済んだし、そろそろ行こっか!」
火を片付けると少年は立ち上がった。
どうやら本当に俺たちを森の外まで案内してくれるようだ。
「最近、野盗まがいの奴らが出るって噂もあるから気を付けて行かないとね」
「……そんなのがいるのか」
その情報は嘘か否か。
このタイミングで出してくる意味は。
「ま、めったに会うことはないけどね。じゃ、いこっ!」
「あ、おいっ!」
少年はパッと駆け出してしまった。
俺たちは慌ててそのあとを追う。
なんだか流されてしまっているが、とりあえずはついていくしかないか。
「……はぁ」
カエデは牢でため息を吐く。
正直、ここでの暮らしは悪くはない。
食事はそれなりに豪勢だし、外に出ることを考えなければなに不自由ない生活と言えるだろう。
それでも何日も過ぎればさすがに精神的に疲労が出てくる。
「……スキルは、まだ解除されてないわね」
カエデは自分の手のひらを見つめる。
人間の領域を守る自身のスキル【守護女神】は未だ健在。
てっきり魔王軍に連れ去られた時、カエデは死を望むほどに恐ろしい目に遭うと覚悟していた。
あらゆる手で結界を解除させられたあとは、利用するだけ利用して始末される。
自分に待っているのはそんな結末だ。
カエデはそう覚悟していたはずなのだが。
『悪いようにはしないからよ』
「……ホント、調子狂うよね」
カエデは破理の言葉を思い出し、再びため息を吐きながら天井を見上げるのだった。
「……くっ! 離せっ!」
「!?」
その時、牢の外から何やら声が聞こえてきた。
どうやら新しく連れてこられた人物が暴れているようだ。
声からして女性のようだった。
「……何かしら」
ようやく起きた変化。
カエデは牢の鉄格子に顔をつけるようにして外の様子を窺った。
「くそっ! 私をどうするつもりだっ! いっそ殺してくれっ!」
「……!」
カエデはその声に聞き覚えがあることに気が付いた。
そして、それがすぐに誰なのか分かり口を開いた。
「ト、トリアっ!? もしかしてトリアなの!?」
「そ、その声はまさか! カエデ姫っ!?」
名前を呼ぶと、すぐに声の主から返事があった。
新しく連れてこられた人物は<ワコク>の先見隊として侵入していたトリアだったようだ。
「ど、どうしてあなたがここにっ!? ……いや、そっか。私を探しに来てくれたのね……」
カエデはトリアが現れたことに驚いたが、すぐに自分のために派遣されたのだと思い至り、申し訳ない気分になった。
自分のために命を賭して敵地に侵入し、そして捕まったのだから。
「姫! 姫様! よくぞご無事で!」
その後、おとなしくなったトリアはカエデの隣の牢に入れられた。
顔は見れないが声は聞こえる。
久しぶりに聞いた同胞の声にカエデはひどく安心していた。
「あなたこそ、無事で良かったわ。他の者たちは? 何人かで侵入したのでしょう?」
カエデは部下の手前ということもあって、姫としての対応を心掛けた。
本当は飛び上がって再会を喜びたかったが、トリアに心配をかけすぎまいとするカエデの思いが現れた形のようだ。
「……全部で5名で侵入しましたが、生き残ったのは私だけ、です」
「……そう」
トリアの返答にカエデは声を落とす。
そして、下手に飛び上がって喜ばなくて良かったとも思う。
こんな敵地に侵入してくるのだ。
無事で済むはずない。
「……でも、どうして私だけ生きて連れてこられたのでしょう」
「……そうね」
カエデにはある程度の想定が出来ていた。
いずれは民を束ねる身として、それなりに学んでいたからだ。
おそらく理由は2つ。
ひとつはトリアが女だから。
もうひとつは、自分への脅しに使うため。そして、2つ目の理由に1つ目を使う可能性もある。
「……」
どちらにせよ、もしそうなったら自分はスキルを解除してしまうだろう。
その結果、2人とも死ぬことになったとしても、カエデにはトリアが酷い目に遭うことを看過できなかった。
「……っ」
トリアと会えて嬉しかったが、状況は決して好転していない。
むしろ悪化したと言っていいだろう。
カエデは今の状況に唇を噛むしか出来なかった。
「……」
また、カエデにはもうひとつの懸念があった。
それは、トリアが自分からは見えない隣の牢に入れられたことだ。
カエデのスキル【守護女神】は一度展開してしまえば、カエデ自身がどこに行こうがその場に停滞させ続けることが可能だが、最初に結界を張る時はカエデがその場所を視認している必要がある。
つまり、この状態ではカエデはトリアを守れないのだ。
そして、重要なのはそれを魔族が分かっていてやっているのかどうか、ということだ。
カエデのスキルの性質を理解した上でトリアを隣の牢に入れたのだとしたら、自分のスキルを解析されている可能性が高い。
そのために時間がかかっている可能性もある。
カエデ自身への直接攻撃は結界で防がれるため、魔王軍はそのスキル自体を解析して解除しようとしているのではないか。
「……希望的なことが何も出てこないわね」
悪い想定しか浮かばない状況にカエデは苦笑いしてみせた。
「……姫様。希望ならひとつだけありますよ」
「……トリア。希望ですって?」
カエデの独り言を聞いていたトリアが隣から話す。
「私たちが魔族の領域に侵入する直前、影人様たちと連絡がついたと聞きました」
「影人様がっ!?」
トリアの言葉にカエデは隣の牢の壁に張り付いた。
「はい。きっとあの方たちなら力になってくれます。もしかしたら、ここまで助けに来てくれるかもしれませんよ」
「……そう、ですね」
強い力を持つ転生者。不思議なことに、彼なら本当に何でもやってしまうのではないかと思わせる気の持ち主。
「それとも、姫様はライズ王子に助けにきてほしいんですかね~」
「なっ! 何を言って、言ってるのよ!」
「ふふふ、照れてるんですか、うふふふ~」
「や、やめなさい! その笑いを今すぐっ!」
「うふふふふ~」
「はぁはぁ」
しばらくして落ち着いたカエデはずいぶん気が楽になっていた。
トリアとの会話で少しだけでもリラックスできたようだ。
「……それにしても、どうしてあなたたちは魔王軍に見つかってしまったの? 我が国の忍は隠密にかけては随一だと思っているのに」
冷静になったカエデは改めてトリアに問う。
敵に気付かれることなく暗躍することにおいて他の追随を許さないほどの忍たちがどうして気付かれたのか。
カエデにはそれが甚だ疑問だった。
「……街に侵ったんです。もちろん変装して。
そして街の住民に話を聞くと、そこは魔族と半魔族。そして、人間が暮らす中立の街だと言ったのです」
「えっ!? そんな街が魔族の領域にあるというの!?」
カエデは信じられなかった。
人間どころか、魔族と人間とのハーフである半魔族さえ虐げられると聞く魔族の領域においてそんな街があるなど。
「……そう。普通に考えればそんな街が存在するはずがない。そう、分かっていたはずなのに……」
「……いったい、何があったの?」
「……それは……」
カエデが言いよどむトリアを促すと、トリアはゆっくりとあったことを話し始めた。